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今日は、香の面会の前に、私は、自分の部屋で、一通の手紙を探した。手紙がたくさんしまってある、引出しの隅のほうに、その手紙は、隠されていた。
それをカバンに入れて、私はマンションを出た。今日は五月晴れで、とても爽やかな風と、心地いい日の光が注いでいる。
昨日で私は、二十四歳になった。自分じゃ何となく、実感がわかない。本当に二十四歳になったのか? 多分、この先、どれだけ歳をとっても、「ホントに**歳か?」って言っていそう。
「あ」病室に入って、カーテンが替わっているのに気付いた。この前までは、少し黄ばんでた白のカーテンは、今日は純白になっている。そのカーテンを通して、さしこむ光は、いつもの数倍、綺麗に見えた。香の頬に、日差しが適度に注がれていて、今日は顔色がいいな、と思った。
「香、お久しぶり。今日は良い天気やね」鉢ごと持ってきた花と日持ちするお菓子を、香の側の、小さな木製テーブルの上に置く。
「昨日、二十四歳になっちゃったよー」椅子に座りながら、冗談めかして、香に言った。
「香は、あと四ヶ月後か」私は、少し目を細めて、香を眺めた。四ヶ月後の香の誕生日。そのとき、香は、もう起きているのだろうか。
「時効かな、と思って」言って、私は、顎を上に向けた。座ったまま、足を伸ばして、両手で、股のあたりの、椅子の端を持って、はぁっと息をはく。ある映画のワンシーンで、苦悩する男が、こんなポーズをとっていたのを、真似してみた。そう、私は苦悩しながら、今日、ここに来た。
「香に渡してなかったものが、あるんよ」カバンから、今日の朝、部屋から持ってきた手紙を出す。封は糊で、しっかり貼られてる。宛先は、昔、香が住んでいたマンション。
この手紙、書いたのは、三年前の私。私の二十一歳の誕生日に、香に向けて書いた、手紙。
「何で、自分の誕生日に、手紙を書いたかといいますと、何となく、二十一年間、生きれたことをね、改めて感謝したくなりまして。んで、香に、お礼の手紙を書いたのですよ」私は、言って、手で強引に、その手紙の封を切った。書いたけど、三年前、この手紙、香には送らなかった。送らずに、引出しにしまって、今日まで触りもしなかった。この手紙を書いたことは、一生、秘密にしよう、と、そう思っていたから。
「お父さんが、死んだときさー、結構危なかったよなぁ、私」封を切っても、中身は出さずに、私はそれをテーブルの脇にぽんと置いた。
「あのとき、香がいなかったら、どうなってたのかなぁ」