31 二つ名の聖女
ふと、懐かしい匂いがして目が覚めた。
「ここは……どこ?」
オールステニアの王城でも、竜王国の王城の部屋の天井でもない。お城よりも小さ目の部屋だけど、ベッドには天蓋が付いている。
「昨日は……あっ!」
何があった?と考えるよりも前に、体が動いてベッドから飛び出した。
ここが何処だか分からないけど、懐かしい匂いの方へと走って行く。
「お母さん!!」
「あ、茉白、おはよう」
「──っ!」
「あらあら……」
ギュゥッ─とお母さんに抱きつくと、お母さんも抱きしめてくれた。
ー良かった。夢じゃなかったー
昨日は、久し振りにお母さんと会えて嬉しくて、泣いて泣いていっぱい泣いて、泣きながらも色んな話をして──そこからの記憶が無いから、そのまま寝てしまったんだろう。なら、ここはサンフォルトさんの家だ。
「茉白、お腹空いてない?サンドイッチと玉子スープを作ってるんだけど」
「食べる!!」
2人分の朝食を机に並べて、お母さんと向き合って座って手を合わせて『いただきます』と言ってから食べ始める。お母さんの作るサンドイッチは、私が同じように作っても同じ味にはならなかった。3年ぶりに食べるサンドイッチは、お母さんのサンドイッチだ。
「あれ?そう言えば、サンフォルトさんとサリアスさんは?」
「あの2人なら、竜王国に行ってるわ。また、今日中に戻って来るって行ってたけど」
『キーキー!』
「キース!どうしてここに!?」
キースは昨日は居なかった筈。
「大丈夫だと思うけど、もしもの時の為に、カイルスさんがキースを呼び出したのよ」
「もしもの時の為に?」
隼のキースが、もしもの時の為にとは?普通の鳥…だよね?獰猛な鳥と言われているけど、キースは人懐っこい鳥で、人に危害を加えるようには見えない。
「あぁ、もしもの時は、キースが助けを呼んで来てくれるって事?」
「そう……なの?」
『キ…………』
何だろう?笑顔でお母さんがキースに圧を掛けて、キースが怯えているように見えるのは、気のせいかな?
「まぁ……何も無いと思うけどね。レナルドさんがこの家に結界を張ってるし、魔道具を身に着けてるから、私と茉白の存在がバレる事は無いから」
聞けば聞くほど、レナルドさんがいかに凄い魔道士なのかが分かる。お母さんと私を護ってくれた人。フィンとは正反対だ。
「これからどうするかは、レナルドさん達が戻って来てから話し合うとして、それ迄は何もする事がないんだけど、茉白は何かしたい事はある?」
「お母さんといっぱい話がしたい。もし、お母さんが大丈夫なら、聖女としてのお母さんの話が聞きたい」
「あ、それ、訊いちゃう?」
と、ニヤリと不敵に笑うお母さんから聞いた“聖女ユマ”の話はとんでもない話だった。
“救国の聖女”とは別に“戦闘の聖女”と言う二つ名があった。私の“聖女”のイメージは、王子や騎士に護られながら国中の穢れを祓う清い心を持つ女性。それが、まさかの『浄化も攻撃も戦闘もOK!』『男には頼らない!』なんて言う聖女だとは思わなかった。確かに、年齢よりも若く見えて可愛い容姿にしては、男気のある性格をしている。
「だって、イケメンにちやほやされて調子に乗った聖女の行く末なんて決まってるからね。聖女の力を失って、どこぞかの令嬢に弾劾されて一生幽閉なんて真っ平ごめんじゃない!それに、逆ハーレムって何!?気持ち悪いだけじゃない!」
ーラノベの読み過ぎじゃない?ー
とは言わないでおこう。
「だから、誰にも文句を言われないように力を付けた結果、そんな聖女になったのよ。最後には恋をして茉白を生んで幸せをゲットしたわ」
「お母さんは……恋をした事と、私を生んだ事を後悔してない?」
恋をした相手に番が現れて、理不尽にも命を狙われて。日本に戻れたのは良いけど、両親とは縁を切られて女一人手で私を育てる事になった。苦労ばかりの人生だ。私が居なければ、日本で両親と一緒に平穏な生活を送って、また新しい恋愛だってできた筈だ。
「私は、彼に恋をした事も、茉白を生んだ事も後悔なんてしてないわ。彼には、騎士として私を護ってくれた事を感謝しているし、好きだった気持ちも大切な思い出の一つになってるわ。茉白は私にとっては宝物よ。茉白が居たから私は強く生きる事ができているの。茉白が私の生きる理由なの」
「お母さん………私も、お母さんが大好き!!」
「ふふっ、それじゃあ、相思相愛ね!」
『キー………』
キースが……泣いている……鳥も涙を流すようだ。やっぱり、この世界はファンタジーで溢れている。
「あ、久し振りに一緒にパイでも作る?」
「作る!」
日本で、2人の休日が揃った日によくお菓子を作っていた。お味噌も作ったりしていた。
「お味噌も作る?」
「え!?お味噌……作れるの!?」
「聖女を舐めてはダメよ。土地に祈ったら大豆が育ったのよ」
「お…おう…………」
どうやら、お母さんはチートな聖女なようです。




