第二話 力の音叉-May I Murder You?-・3
橋の上で黒澤少年を発見した秀明はおやと思った。彼の通っている高校は確かに近隣ではあるがここは明らかに彼のエリア外だったため、わざわざこの橋の上にやってきたとしか秀明には思えなかった。視界に捉えることで秀明の精神感応能力は黒澤少年の心を読み取ることは容易になったため、秀明は彼の心をまさぐる。
(いっそ死んでしまおうか)(死んでしまいたい)(誰か通りがかってくれないかな)(発見してくれないか)(助けられたい)(死んでしまう前に)
彼に自殺願望が生まれていることがわかったが、一方で救済を求めていることもわかり、であるならばたまたまここに(通りがかった)以上それは自分の役目だと判断し秀明は黒澤少年に歩み寄った。
「やあ」
と、声をかけると、彼はビクッと肩を振るわせ、ゆっくりと秀明の方を振り向いた。
「あ。店長さん」
「こんにちは」
「こ、こんにちは」(救済を)「たまたま偶然」
「そうだね」
彼の話を聞いてやれたら、彼の気分も少し和らぐのではないかと秀明は考える。
「どうしたのこんなところで」
「いや別に」
即答だったが、何か思うところがあるのはわかった。
それにより黒澤少年は落ち着きを取り戻しつつあった。
なんだ? この少年は、今、自分の心を読み取った?
まさか。まさかこの少年は精神感応能力者。そんな疑念が浮かび、秀明は黒澤少年の心を徹底的に探ることに決めた。
それが彼に伝わり、彼は少し怯え始めた。
「どうかしたの?」
と、秀明は声をかける。
「いえ。別に」(本当に感覚過敏で)(感受性が強いってことか)(どうしてこんなに感じてきちゃうんだろう)(この店長さん、僕を、疑ってる?)(——疑ってるというのとは、少し違う気がする)(心配してくれている)(ありがとう)(何か思うところが)
少年の精神の奥の方奥の方を覗き込み、遂に秀明は理解した。
黒澤少年は感情感応能力の超能力者だった。
秀明のそれとは異なり、彼の感応できるものは対象の感情だけだったが、しかしだからこそ秀明よりも感情感応は卓越していた。だがどうやら彼に自分が超能力者であるという自覚はないようであった。彼は自分の感受性があまりにも鋭いだけであると思っており、それは間違ってはいないが、しかし彼の能力は感受性が鋭いのレベルを遥かに超えていた。それだけ黒澤少年の力は相手の感情を正確に読み取ることができた。あるいは先日レコードショップで自分との会話に付き合ってくれたのも、単に受動型の特性だからというだけではなく感情感応能力者としての超能力が精神感応能力者の秀明に無意識で共感を覚えさせたからなのではないか。ここに関しては秀明の推測に過ぎないから詳細はわからない。だがしかし、今、この橋の上にいる男子高校生の間にははっきりとしたシンパシーが生まれつつあった。
超能力を発動しない状態で黒澤少年と三度もそれぞれ別々の場所で出会ったということに秀明はなかなかの運命を感じていた。そしてなんと言っても超能力者である。リアリストの秀明ではあったが、一方で超現実的存在者として運命論を無視できるほど人生を数学的には捉えていない。これは運命的邂逅と言えるのではないか。そう思うと、自分以外の超能力者と対面でコミュニケーションを取ることは秀明自身にとっても初体験だったため、秀明は自分が少し興奮状態にあるとわかり落ち着かなければならないと即座に内省に至った。同じように精神を感応できるとはいえ、精神を丸ごと読み取れる自分と感情に特化している黒澤少年の能力はやはり別々の種類だったため、秀明は、やはりそれでも迂闊に自分が超能力者であることを彼に明かすことはできないと自分を戒めた。
しかし、彼に自身が超能力者であるという自覚を与えてあげたい。それは超能力者としての、同胞を守りたいという秀明の本能であった。
「なんか、大変そうだね。色々と」
秀明に同情され、彼はちょっと喜んだ。
「わかる?」
「わかるよ。辛そうだからね」
「辛そう。うん。そうだね。辛いと思う」感情感応能力者である反面、自分の感情の動きには無頓着なのが彼の特徴のようであった。「辛いんだとは思う」
「例えば何が?」
「色々」
とはいえ彼の表層意識に「色々」な辛さはあまり浮かばなかった。パッと浮かんだのは共に同じ製薬会社に勤める両親が揃って南米へ出張しているため、現在一人暮らし状態であり家事が大変だという生々しい悩みがメインであり、そしてそれは彼の深層心理に漂う苦悩や葛藤とはあまり関係のないことであることは秀明には読み取れる。彼の生きづらさは茫漠としていた。ただ、なんとなく自分の感覚過敏の特性と合わせてあまりにも鋭い感受性により生きづらさを感じていることは、それはテレパシーの力を発動せずとも秀明にはありありと読み取れた。
「俺、柾屋秀明っていうんだ」
そういえば自己紹介をしていなかったな、と、少年は思い出した。
「僕、黒澤肇」
「黒澤くんね。柾屋でいいよ」
「じゃ、柾屋くんって呼ぶよ」
「お好きに」
へへ、と、二人は安心しきった顔で笑い合う。
「まあ、色々大変だろうけど」
「うん」
「こないだの女の子だったり、俺でもいいんだけど、誰かに話を聞いてもらうだけで回復することはあるから」
(そんなバカなことはありえない)「そうかもしれないね」
肇に何かあったことは秀明には容易に想像がつく。しかし具体的に何があったのかが肇の心象風景に一切浮かんでこないためその何かが秀明にはまるでわからない。いくらテレパスとはいえ、浮かばないことは読み取れない。
だが疑問に思う。これほどまでの生きづらさが、言語化を一切伴わず感情的にしか浮かばないことがあるだろうか。
突破口はないかと思い、秀明はふと先日の「関屋さん」の言葉を思い返した。
「そういえば、クラスで行方不明の子がいるみたいだね」
さっと肇の心に警戒信号が走る。なんだ? しかし、肇は特に何も想起していない。それではこの信号の正体は?
「うん。本郷くんっていうんだけど」
「不審者騒ぎなんだよね」
「いや、行方不明だから、噂が噂を呼んでるだけで、不審者っていうと、それは噂で」
「君も気をつけて」
「うん。ありがと」
沈黙が訪れたのをきっかけに秀明はスマホを取り出した。
「よかったら、連絡先交換しないかい」
「え。いいの?」
「いいさ。せっかく、三回も無関係の場所で会えたんだし。最初はうちの店だしね」
ちょっと戸惑いつつ、秀明の同胞を心配する意識という感情を読み取り、肇はそれに応じた。
その後しばらくどうでもいいことを雑談し、やがて二人は別れた。
「LINE? 珍しいね」
「うん。今日できた友達でね」
「そうなんだ」と、冴は興味津々だった。「どんな子?」
「超能力者だ。感情感応能力者」
「——それは、あなたのテンションが上がるのもわかるわ」
「なに、俺、テンション上がってるかい?」
「さっきからずっとウキウキしながらスマホに向かってるもの」
「初めて出会えた同胞だからね。もっとも、向こうは俺の正体に気づいてはいないが」
「ふうん」
そこで冴が微かに複雑そうな表情を浮かべ、その表情の意味はなんだろうと秀明は考える。
ハイテンション——確かに、気分がいい。初めて関わることのできた同胞。
だからこそ——気をつけなければならない。今一度気を引き締めようと、秀明は冴のした複雑な表情に感謝しつつ、肇とのLINEのやり取りを楽しむのだった。




