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箱庭の魔法使い-Snail and the Angel-  作者: 横谷昌資
箱庭の魔法使い-Swans Reflecting Elephants-
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第一話 そこにいてはならぬ-She knew that He was still a Child-・3

「堀口くんが木暮さんのこと好きみたいだけど」

 思い切って由魅は会話を再開してみた。

「それが?」

「ハードルの話」

「ハードル走の話?」

「そう」

「でも、それだけで?」

「堀口くん、木暮さんと同じで、なんていうか、派手な顔だし」

「でも木暮は俺のことがいいって言ってるんだよ。由魅からすれば面白くないかもしれないけど」

「私はただ、あなたが何だか気になるのよ。心配って方向で——」

 堀口武生は永遠子に一目惚れしたようで、生来の自信から永遠子を捕まえようと画策する。しかし永遠子の現在の彼氏が祥夫であることがわかり、色々な場面で祥夫と自分なら明らかに自分の方が勝っていると思うようになる。そんな中、体育用具室でハードルを祥夫は四つしか持てなかったが武生は六つ持てたことで永遠子の興味を引いたことを思う。

(私ならたくさん持たせてあげられただろうけど)(そしたら永遠子さんがわかりやすく冷めることもなかった)

 と、そこでラナンキュラスの少女は不思議なことを思った。なんだ? と、秀明は彼女の心をまさぐる。彼女の表層意識では、自分が超能力をうまく使うことで重たいハードルをたくさん持たせる振りを祥夫にさせるというイメージが生まれた。そうそれはさっきキッチンの中で遠隔操作をしてスプーンを落としたように。間違いない、と秀明は確信した。少女は念動力テレキネシスの超能力者だった。

 秀明のテレパシーのようなESP(超感覚的知覚)と異なり、彼女のようなPK(サイコキネシス=念力)という力は外界に直接影響を与える。故にその力の秘匿は秀明よりも遥かに念入りに行われているはずだった。少女はさっきから由魅と祥夫の会話で、私ならこの力を使ってこうして祥夫と永遠子を別れさせて由魅と付き合わさせてあげたのにと思っていたことを秀明は読み取った。形は違えど、テレパスとして秀明がいつも思っていることだった。そして少女も自分には決定的なことは何もできないという不甲斐なさをいつも感じている。

 とにかく、これで少女の正体が判明したわけだから、秀明としてはもうこの三人に用はないはずだったが、しかし龍介が来るまでは滞在していなければならない。秀明もこのカップルの恋の行方にある程度興味が生まれていたし、もうしばらくこの二人の意識を読み取ってみようと思うのだった。

 少女はまだ、黙り込んだ二人に会話の糸口を与えようと、今度は窓に擬似的に風の音を発生させた。

「風か」

「だね」

 由魅は紅茶を飲む。つられて祥夫もココアを飲む。

「あの時、ちゃんと出かけられたらよかった」

「怪我したならしょうがないよ」

「それはそうだけど。でもちゃんと行ってたら、今みたいにならなかったかも」

 由魅が祥夫にはっきりと想いを伝える直前、二人は遊びに出かける予定だったのだが、うっかり由魅が棚から落としたせいろで肩を痛めたことで、雨も降ってきたことによりお出かけが、要はデートが中止になったことを二人は思う。そしてその翌日、永遠子が祥夫に動いたのだ。もし少女がその場にいたらせいろのコントロールぐらい容易だっただろうと秀明は思うが、しかしそんなことをするわけにはいかない。超能力者は普通人に比べてできることがある一方で、何としてでもそれを隠し、それを最大限発揮することはできないのだから。

 二人はまだまだ向き合い続ける。

 永遠子と友達たちとの噂話を盗み聞きした由魅。だんだんと永遠子は武生に惹かれ始めている。武生は美少年だし性格も悪くないし成績もいい。特徴のない祥夫より自分に申し分ない。祥夫に情も移り始めているし、何と言っても成績のいい彼を手放すのも惜しいと思う。だが、「ま、恋はゲームよ」最終的に情熱を優先しようと考える永遠子。

 だからこそ、由魅はチャンスだと思うのだった。

「皿井祥夫くん」

 由魅はきちんと祥夫に向き合った。祥夫は少し怯む。さっきから由魅が祥夫に怒りを覚えていたのは、彼女自身の決意の表れが怒りという感情に表現されてしまっただけであることを秀明は理解した。

「なに?」

「私と付き合ってください。木暮さんと別れて」

「……」

 だが、祥夫の心は武生というライバルが現れたことで、はっきりと永遠子のものになっていた。だからこそ祥夫としては——。

「いや。それより、俺たちの関係を、もうやめよう」

 そう、それが今日、ここに来た理由。

「でも、このまま木暮さんと付き合っていてもいいことはないよ」

 噂話から全ての真実を知ったわけだから、由魅としては祥夫の今後が心配で仕方がなかった。

「なんで?」

 無邪気に祥夫は訊ねてくるが、果たして真実を教えてあげていいものなのかどうかわからず、そこで、「だって。だって」と言いながら由魅は再び黙り込んだ。

(こんな特徴のない男にあんな美少女が惚れてくれたのは——)(自分が選ばれた男だからだ)半ば祥夫はそう信じ込んでいた。

 もちろん由魅は祥夫がそんなことを考えているなどとは知らない。しかし、由魅としては、恋愛だけではなく祥夫の今後が心配になっていた。

「今度の体育祭で」

「体育祭で」

「俺、木暮ときちんと話をしようと思う」

 由魅の背中がざわついた。

「やめなよ」

「何で」

「だって。だって——」

 由魅の返答を待つまでもなく、祥夫の決意は堅かった。あんなわかりやすい美少年の武生よりも、特に特徴がないからこそ美少女に選ばれた自分の方が永遠子に相応しい主人公だと祥夫は思っていた。

 ところが噂話で大体の真相が判明している由魅としてはどうすればいいのかわからない。由魅は思う。祥夫が“きちんと”話をしたとき、永遠子はおそらく祥夫を振る。永遠子の別れの言葉で自分が選ばれた者、主人公などではないことがわかることになるはずの祥夫が不安で仕方がない。秀明もラナンキュラスの少女も、自分たちの特殊な力でちょっと工夫するだけで状況は好転することを思うが、しかしだからと言ってどうにもならない。と、そのタイミングで龍介がやってきた。

「すみません。お待たせしましたかね」

「いや。大丈夫だよ」

 であるのあればもうこの場から離れなければならない。恋模様もラナンキュラスの少女のことも気にはなるが、だからと言って龍介が来た以上ここに止まるわけにはいかないのだから。

 秀明は立ち上がった。

「じゃ、行こうか」

「はい。ところで、何読んでたんすか?」

 ん、と、秀明は鞄の中から本の表紙を龍介に見せた。

「カルメンさ」

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