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箱庭の魔法使い-Snail and the Angel-  作者: 横谷昌資
箱庭の魔法使い-Atavism of Twilight-
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第一話 嘘と罪悪感-Realistic Romantic-・3

「え、じゃ、柾屋先生はいらっしゃらない?」

 がっかりしている一方でホッとする辰彦に龍介は説明する。

「すれ違っちゃったね」

「残念無念……しかし、良かったのかも」

「ファンって複雑だなぁ」(兄貴はそりゃ複雑だけど)

 今、シャハシュピールには秀明と龍介と、やってきた辰彦の三人がいる。冴と七瀬はせっかくだからと秀隆を駅まで見送りに行ったのだ。

「でも店長さんに会えて良かった」

「こちらこそ」と、秀明は微笑む。「いつも話は聞いてますよ」

「えっ、どんな話で?」

「素敵なお兄さんだ、と」

「なんだなんだ、こいつぅ」と、辰彦は龍介を小突く。やめてよ、と言いながら龍介も満更ではない。「ほんとにもうねぇ、龍はいいやつで」

「まさにまさに」

「先輩、あんまり調子に乗らないでください。調子に乗らせないでください」(相性は良さそうで良かった)「いい気になるんだから」

「かわいい弟の兄貴だもの」

(こういうことを人前で言うのがなぁ)「こういうことを人前で言うのがちょっとね……」

「素晴らしきかな兄弟愛」

「先輩、ちょっと。もう、兄貴は純粋なんだから」

「純粋ね〜」

 と、辰彦は内心そこで困ったが、昔から明るく話す兄だからか龍介はそれには気づかなかった。

 実際、龍介の心象風景から辰彦が“いいやつ”であることはわかってはいたが、実際に対面してみるとそれがよくわかる。龍介の兄だけあって純粋な人だった。ただ龍介と異なり、辰彦は“純粋”という自分のイメージに若干の抵抗があるようだった。

(純粋ね)(昔からそう言われてた)(馬鹿にされてる気分で)(龍みたいに素直に喜べばいいんだろうけど)(俺は面倒臭いのかしらん)(悪い気はしないんだけど)

 純粋と、そう言う側は言われる側よりも自分を上の立場に置いていると辰彦はずっと思っていた。実際にそれはその通りだろうと秀明は思う。それで、だからこそ辰彦は自分の職業に探偵という他人の粗探しをする仕事を選んだという側面がある。多少なりとも世の中の毒気に当たりたい、というなんとも奇妙な動機だった。ただ結果としてはその純粋で素直な性格からどちらかといえば傷つくことの多い仕事人生になってしまっているが、ただ探偵業をやりがいだと感じているというのも事実だった。昔からホームズに憧れ続けていたのだ。

「ところで仕事の方は順調?」

 兄弟愛から話題を逸らそうと思った龍介だが、途端に辰彦は、う〜ん、と、唸った。

「あれ、どうしたの」

「困ったちゃんの依頼主が現れてね」

「どんな?」

「猫を探している」

「ねこ?」

「高校生の子で」辰彦の表層意識には秀明たちと同じ高校の制服を身に纏った少女が現れた。「その子が飼っていた猫がいなくなってしまった、ということで捜索が依頼され」

「猫なんてそんな簡単に探せるのかなぁ」

「それはまあ仕事だから探すしかないとして——いやいや、困った」

 辰彦の想起域を覗き込む秀明。

「何に困ってるの?」

「それはまあ、守秘義務なので」(今のところ内緒にしておこう)

「じゃ、ま、それはいいんだけど」

 猫をなくした少女・楠本真琴くすもとまことがあるサラリーマンを疑っている。そのサラリーマンが猫の“カッツェ”を誘拐したと少女は思っている。辰彦の調査ではそのサラリーマン若林瑛貴わかばやしえいきがいわゆる弱者男性であることはわかった。仕事があまりできない男のようで、会社では弱い立場らしい。行きつけのバーで話を盗み聞きをする中では、どうも幼少期に虫を殺すのが趣味だったようだ。今の趣味はアニメ鑑賞。だがそれを真琴に伝えるわけにはいかない。半ばパニックに陥っている真琴に瑛貴のこのささやかなプロフィールを伝えたら“怪しい”と思われるのは間違いなかった。辰彦も自分のことをやや弱者男性だと思っている。その“弱者男性”という言葉の定義もあやふやではあったが、しかし世間的に表現されるその言葉は犯罪者予備軍を思わせるものだと辰彦は感じている。しかし瑛貴がカッツェを攫ったという決定的証拠などはまるでないため、困っている。猫を探さなければならないだけではなく、瑛貴が関係者であるかどうかも調べなければならない。

 そんな中、辰彦としては、その少女が“嘘を吐いている”と思っているようだった。その根拠はプロの探偵としての勘だった。

 だが猫がいなくなってしまったということ自体は本当だった。

 辰彦は少女の“猫がいなくなってしまった”原因に嘘があると思っていた。

 それが何なのかが辰彦にわからない以上は、秀明にもわからないことだった。

「猫探しってどうするの?」

「まあポスターを貼るとか、いろんな人にこの子見ませんでしたかとか。猫の集会に行くとか」

「なんか地味だね」

(無駄に派手だ)「仕事ってもの自体が地味だ」

「そう?」(そうかなぁ。シャハシュピール楽しいけど)「俺は働いてて楽しいよ」

「そう言ってもらえて嬉しいよ」

 秀明に対してにこにこ笑う龍介に対して、辰彦は(猫探し)について悩んでいた。それは同じ“弱者男性”として瑛貴の無実を晴らしたいという願望と一緒に。

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