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外道王女の行く末は  作者: 不明
10/20

おめーの席ねぇから!

「最新式の魔封じか? これの開発に、ほんの少しだが私も関わっていてね。監視の者から報告がなかったかな?」


 私の思考を読んだかのように、ラウルが笑う。つまり仕組みを知っているから、抜け道を作るのも容易いとでも言いたいのか。監視役め……。こいつに関することはすべて報告しろと言ってあったのに! テーマパークにぶち込んでやる。

 苦い思いが顔に出てしまったのか、ラウルが一層笑みを深めた。牙でも生やしたら似合いそうな、気色悪い笑顔である。どうやらこいつは私と同じ趣味をしているらしい。人の嫌がる顔を見て喜ぶなんて、いい趣味してるわ。でも友達にはなりたくない。


「ああ、グリザベラ、何ていい顔をするんだ。この娘の首を刎ねて、更なる負の感情に染まるお前をみてみたい……。しかし勘違いしないで欲しい。私はお前とは違って、お前をとても気に入っているんだ」


 うっとりと語るラウルに、私は思い切り鳥肌を立てた。うわー、本当に気色悪い奴だな! こいつに気に入られたって全然嬉しくないよ! しかも色々と私のことを見透かしているようなこの言葉、不気味すぎる……。

 などど身震いしている間に、シャルリーヌの喉から血がつっと滴った。


「お姉さま……」


 青ざめ、今にも泣きそうなシャルリーヌのか細い声に、私は反射的に行動を起こしていた。

 氷の刃を作り出し、ラウルの心臓目掛けて放つ。奴は何の抵抗もせず、笑みすら浮かべて私の放った刃をその身に受けた。


「そうだ……、それでいい……」


 満足そうに笑うラウルの口から、血があふれ出る。そして奴はゆっくりとその場に倒れた。

 私としては非常に気に入らない展開となったが、あのままではシャルリーヌは殺されていただろう。まだ彼女に死んでもらっては困るのだ。

 私はシャルリーヌの拘束を解き、彼女を腕に抱きとめた。首の皮を少し切られただけで、大事には至っていないようでホッとする。しかし彼女は恐怖からか、未だにガタガタと震えてうわ言を呟いていた。


「お、お姉さま、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「シャルリーヌ、落ち着いて。もう大丈夫よ。貴女が無事でよかった」


 シャルリーヌを落ち着かせるように、私は彼女の背を撫で宥める。その間中、視界の端に否が応でも映りこむラウルの身体に、何故か私の心は焦燥感に苛まれていった。

 しばらくそうしていると、腕の中のシャルリーヌがそっと身じろぎして、伏せていた顔をおずおずと上げた。まだ青ざめてはいるものの、その顔には気弱な笑みが浮かんでいる。どうやら、ようやく落ち着いたようだ。


「お姉さま、ありがとうございます。わたし、もう大丈夫です……」

「そう? でも念のため医者に見てもらいなさい。私もすぐ行くから」

「はい……」


 私はシャルリーヌを護衛の騎士に預けて、ラウルの傍に近寄った。当然呼吸はなく、既に事切れている。こいつが何かを成すことはもうないのだ。それなのに、この焦燥感。取り返しのつかないことをしてしまった、という思いに苛まれるのは何故だろう。奴が生きている時にも感じていたが、こいつの言いなりになりたくないという感情の他に、殺してはならないという思いが少なからずともあったのだ。

 ラウルの死に顔は、微笑を浮かべている。私には、それがまるでこちらの複雑な思いをあざ笑っているかのように思えた。怒りに捕らわれた私は、衝動のままに奴の顔面を踏み潰すべく足を上げる。まずは踵のヒールで、奴の蒼い目を潰そう――としたが、とあることに気がついて足を下ろした。建国祭の時に感じた違和感の正体はこれだったのか……。

 生前のラウルは紅い瞳だった。しかし、ここに転がる遺体の瞳は蒼である。……そうだ、彼は元々蒼い瞳をしていたのだ。それが何故……。

 そういえば、ラウルは自分のことを厄介者と言っていたのも気に掛かる。設定でも、カナイドからの情報でも、彼は少し変わってはいるが優秀な王子として評判だった。厄介者だという設定はなかったはず。

私の知らないところで何かが起こっているのだろうか。それとも、忘れているだけ……?

 思えば、ラウルに関する記憶は妙に欠落した部分が多い気がする。昔のことを思い出そうとしても、思い出せないのだ。奴と何かを約束したことは覚えている。だがその内容がさっぱり思い出せない。セレスたんやシャルリーヌとの記憶ならありありと思い出せるのに、どうして……。


 約束は果たされた――。


 懊悩する私の耳に、聞こえるはずのないラウルの声が聞こえた。思わず死体を見たけれど、動いた形跡はない。

 しかしそれもすぐにどうでも良くなった。不思議なことに、私の心は、霧が綺麗に晴れたように爽やかな気分になっていたのだ。その上、身体から力が湧き上がるような感覚と幸福感に包まれる。

 何を思い悩むことがあるんだろう。ラウルは死んだのだ。だから、私は夢に向って邁進することができる。この力があれば恐れることは何もないのだ。

 私は腰を下ろして、ラウルに向って微笑んだ。そしてそのまま顔を近づけて、彼の血にまみれた唇に、自らの唇を重ねる。あれほど彼を不愉快な存在だと思っていたのに、どうしたことか今では愛しさすらこみ上げてくる。

 触れるだけの口付けを終えた私は、唇についた血をぺろりと舐めた。口いっぱいに広がったのは、鉄錆ではなく、甘酸っぱい果実のような芳香と味。……何これ、凄く美味しいわ……!

 もっとラウルの血を啜りたい。でもそんなことをしたら流石にやばいのは自分でも分かる。絵面的に危なすぎるわ! 清廉な私のイメージが総崩れだ。体面を重んじる私は、何とか衝動を堪えてみせた。


「レオン、ラウル王子の首を斬り落として、カナイドに送り届けて差し上げて」


 こうして私は、カナイドに対して素敵な手土産と共に、宣戦布告を送りつけた。そしてランシュテールとカナイドの戦いの幕が切って落とされる寸前のことである。チキジマとメルグから、カナイドを交えた四カ国で、会談の申し入れがあったのだ。

 メルグはカナイドと相互防衛条約を結んでいるから、口出ししてくるのは理解できる。現在メルグは世紀末国家群と交戦中なので、ランシュテールにまで戦力を割く余裕がないのだろう。まあそれを見越しての宣戦布告だったわけだけど。

 チキジマにはカナイドからの支援要請でもあったのだろうか。あちらは巫女姫が代替わりしたばかりだと聞く。新しい巫女姫パウリーネは、苛烈だった先代と違い、比較的穏やで慈悲深いそうだ。同情した巫女姫が、支援に応じたのかもしれない。しかし国主が変わったからといって、体制がすぐ変わるわけもない。神聖国などと名乗っているけど、あちらもカナイドを狙うハイエナだ。どんな要求をつきつけてくることやら。


 そして迎えた四カ国会談。話し合いは、我が国の都市リカバホーアで行われた。大使にはなんと、メルグからは眼鏡、チキジマからはワンコが参加。二年ぶりだね、懐かしい。眼鏡は変わりなかったけれど、二年の時を経たワンコは厳しい雰囲気の青年に成長していた。シャルリーヌもワンコの成長振りには驚き、どきまぎしているようだった。視線を交わらせた二人の間には、なんともいえないじれったさが漂っている。うーん、あともう一息というところだろうか。会談中に落とせればいいのだけど。

 何にせよ眼鏡がいるなら、ランシュテールに有利な方向に持っていけそうだ。眼鏡はシャルリーヌ会いたさに来たのは間違いなさそうだもんね。ワンコも多分、と言いたいところだが、確定的でない限り当てにしないほうがいいだろう。

 三ヶ国の大使が揃ったところで、カナイドの大使は別室にご案内。


「何故! 我々は当事者ですぞ!」

「盗人猛々しい。カナイドは我が国の信頼を裏切り、賠償をすべき立場。それなのに、自らの正当性でも訴えるおつもりですか」


 抗うカナイド大使に、セレスたんの痛烈な一言。おお、言うようになったねセレスたん。最近のセレスたんは、迷いなく有用な政策を立ててくれるし、外交だって弱腰対応じゃないから頼もしい。場数を踏んで成長したのかな。セレスたん、かっこいいよ!


「ですが、王子のしたことは王も我々も与り知らぬこと。我が国の総意ではないことを分かっていただきたく……!」

「知らなかった、で済まされる問題ではない」


 ばっさり切られたカナイド大使は、助けを求めるように眼鏡を窺う。


「話しをややこしくされると困るので、別室でお待ちください。穏便に済ませるよう努力しますので」

「そんな……」


 しかし眼鏡の冷たい発言に、カナイド大使は項垂れた。ワンコはワンコで話しかけるなオーラを全身から発している。素敵な支援国家様だね。寄る辺なき小国って哀れだわ。

 ということで、カナイドを血祭りにあげる会談を開始。各国適当に挨拶を済ませ、本題に入る。まずは私から一言。


「大前提として申し上げます。非は全面的にカナイドにあるこということをお忘れなき様に」


 私の役目はこれで終わり。あとはセレスたんにバトンタッチして、事の成り行きを背後に控えたシャルリーヌと共に見守るだけ。


「賠償として、クルールを差し出せとはいささかやりすぎでは? 流出した情報に値する、カナイドの技術提供でよろしいでしょうに」


 ワンコの鋭い眼差しが私に注がれる。言外に、そんなものがあるのならな、と言っているのがよくわかる。

 思い切りシャルリーヌを意識している眼鏡とは違って、彼女には目もくれず冷静さを保つワンコ。うーん、成長したワンコは扱いづらそうだ。たとえ落としても、女のために情報を売るような真似はしないかもしれない。やっぱこいつはいらないや。シャルリーヌには後で言い聞かせよう。


「等価交換というわけですか。話になりませんね。信用の回復には至らないでしょう」

「物で取り戻せる信用ですか。随分と俗物的ですね」


 ワンコの意見に、眼鏡が薄っすら微笑んだ。


「お若い方らしい意見だ。国家とは利益を求めるもの。絵空事では成り立ちませんよ。確かにランシュテール側の言うとおり、信用の回復には誠意を見せるべきだと私も思います」


 微笑む眼鏡と、ムッツリ顔のワンコの間に火花が散る。ライバル同士の戦いだね。ちょっとわくわくするわ。

 そしてしばらくは私を楽しませるようなちくちくした会話が続き、三ヶ国の意見をまとめた結果がこれである。


「カナイドはクルールをランシュテールに割譲し、ランシュテールはこれ以上領拡大しないという条件でいかがでしょう」


 まあ、大体は私の望み通りだ。こちらを窺うセレスたんに、私は頷き合図を送った。


「ええ、それで構いません」


 こうして話はまとまり、私は協定書に署名を認めた。

 ことの全貌を眼鏡から聞かされたカナイド大使は涙ぐんでいた。負け確定な戦争が回避できて良かったじゃん。眼鏡に感謝しろよ。あー、緊張した空気から解放されたら眠くなってきちゃった。


「過去の過ちはなかったことにはできません。ですがカナイドが要求を呑んだことにより、誠意が示されたのです。また以前のようなお付き合いが出来ればいいですね。何かあればお力になりますよ」


 思い切り欠伸する私の横で、セレスたんがカナイド大使を慰めている。でも今の状況でランシュテールから慰められたって、ムカツクだけじゃないかなあ? セレスたんってば、ナチュラル外道。


○ュ○○○会談(;゜∀゜)

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