殺り遂げてみせます!
会談を無事終えた私は、セレスたんと共に宮殿の一室でお茶を楽しんでいた。しばらくは他愛ない会話を続けていたが、セレスたんがふと眉を顰めて周りを見渡す。
「そういえばシャルリーヌの姿が見えないな……」
「お腹でも壊したんじゃないの」
あの後シャルリーヌは、「御不浄に……」と言ってそそくさと用を足しに行っていた。少し慌てていたようだったし、時間も掛かっているようだから多分下痢ピーなんだろう。その可愛らしい容貌からは想像もつかないが、実は小さな頃から彼女の寝相はとても悪い。今日みたいに寒い日などは、お腹を冷やして下すことなんてよくあることだった。
「そうか? それならまあ、いいが……。最近のあいつの振る舞いは少々感心できないから、心配なんだ」
「複数の殿方にもてるなんて、それだけシャルリーヌが魅力的だということでしょう? 誇るべきことじゃない」
持ち前のヒロイン力を余すところなく発揮していたシャルリーヌ。抵抗力のないイケメンは、食虫植物に引き寄せられる虫のごとくシャルリーヌに群がった。当然そうなると、女性からの風当たりはきつくなる。しかし彼女にかかれば、それすらもイケメンを引き寄せるための材料にしかならなかった。そんなわけで、彼女は無自覚にハーレムを作り上げていたのだ。
だが身内としては、いい顔をできないだろう。実際評判よくないしね。嫁入り前の娘には、かなりの痛手。それが嫉妬による中傷だとしてもだ。
「言い寄られるだけならいいんだ。しかし、それを受け入れ男を侍らせているのは感心できない。結婚もせず、行き遅れているというのに、あいつは何を考えているんだ……」
その言葉、地味に私にも突き刺さるね。まあ私は女王だし、やることいろいろあるし、結婚なんて考える暇ないんだけど。暇がないだけだから。
それは置いといて、シャルリーヌがああなってしまったのは私の教育の賜物である。けしかけた手前、彼女をフォローしなくては。
「確かにちょっと異常なことかもしれないわね。でもね、シャルリーヌに群がる集団に争いごとなんかないでしょう? 普通ああいう状態になったら、彼女を射止めようとする争いが起きてもおかしくないわ。でもそれがないのよ。彼女が皆を上手く操縦してる証拠よ。シャルリーヌには人を上手に動かす素質があるわ」
「そんなことしてどうしようっていうんだ」
「実は黙っていたけどね、あの子は自分の力を私たちのために使いたいと思ってくれているの」
「そのために男を虜にして情報を引き出そうと? そんなことせずともいいのに……」
そうだね。私はハーレムを作れとはいっていない。当初の予定となんか違う方向に行ってしまったシャルリーヌ。私がうっかり目を離すと暴走すらしてしまう……。
そういえば、シャルリーヌが全然戻ってこない。そして今ここには攻略キャラが滞在している。まさか……。
「それにしても本当に遅いわね。様子をみてくるわ」
嫌な予感を覚えた私は、お茶を中断して立ち上がった。するとセレスたんも「僕も行こう」と言って、シャルリーヌ捜索に加わった。お説教でもする気だね、これは。丁度いい。私の予想通りだったら、シャルリーヌには怒られてもらおう。
そして捜索開始から数十分後、ようやくシャルリーヌの居場所を特定。とある一室の扉の前に、彼女の侍従が控えていたのだ。おそらく彼女はここにいる。しかし私たちはその部屋には入らず、侍従の目に触れないよう隣室へ入り込んだ。宮殿のあちこちには、重鎮だけが知る隠し扉や覗き穴などが仕込まれている。私たちが入った部屋もそういった仕掛けが施されているのだ。
覗き穴から様子を窺うと、案の定私が危惧したとおりの展開が繰り広げられていた。
部屋の中では深刻な顔をしたシャルリーヌとワンコが、なにやら話し込んでいる。幸いにも彼らは覗き穴の傍にいるので、話の内容は大体聞き取れた。
君のように清浄な人は、あの女の傍にいるべきじゃない。現に二年前よりも、君の輝きは濁っている。まるであいつに侵食されてしまったみたいだ。今すぐあの女の下から離れるべきだ。
カビみたいに言われてるあの女って、まさか私のこと? そんなわけないよね。
「……女王はいずれ君にも災いをもたらす。あの全身から発せられる禍々しい気配は尋常じゃない! あれはこの大陸を覆う病原菌だ!」
私のことかよ。
……キチガイ国家の住人に言われたくないわ! 輝きとか気配とか、インチキ霊能力者みたいな馬鹿馬鹿しい発言が本当に良く似合うこと! あいつはいらない。というか殺す!
怒りのあまり、魔法で壁をぶち破りそうになる。だが、セレスたんの震え混じりの声で、私は我に返った。
「す、凄い言われようだな……」
手で口を覆っているので、表情はわからないが、声と目は明らかに笑っている。
ちょっと、セレスたん、何笑いを堪えてるわけ? ここ、笑うところじゃないから。自国の女王をあんな風に言われたんだから、憤りなさいよ!
私は詰りたいのを我慢して、彼を思い切り睨んだ。しかし逆効果だったようで、セレスたんはうぷっと吹き出し更に笑いそうになっている。おのれえええ! どいつもこいつも!
心無い男どもからひどい仕打ちを受ける可哀相な私。だかそんな私に天使が現れた。
「……お姉さまを、陛下をそんな風に言うのはやめて!」
ワンコの話を無表情で黙って聞いていたシャルリーヌは、その表情を怒りに染めていた。
「大切なお話しがあると仰るから聞いていましたけど、陛下を侮辱するようなことばかり言うなら私、戻ります。もう二度とあなたには会いません」
おや、シャルリーヌから声を掛けたんじゃないのね。
「あなたとのお手紙のやりとり、楽しかったです。でもそれも今日で終わり。エーレンフリートさま、ありがとう。さようなら」
「シャルリーヌ!」
去ろうとするシャルリーヌの腕を、ワンコが慌てて掴む。そして引き寄せられ、彼女はワンコに強引に抱きとめられた。よし、シャルリーヌ、そこで金的をかませ!
しかしシャルリーヌは大人しく抱きとめられたまま、微動だにしない。何故だ! 強引なことをされたら、攻撃して構わないと言っておいたのに! 男は狼なんだから気をつけなさい! そしてあの無礼者を抹殺せよ!
「僕は、君のことが本当に心配なんだ。いや、君が……」
「陛下は……あなたの仰るような人ではありません。私は幼い頃から良くして頂いたのです。それに少し変わっているけど、とてもお優しい方。私、あの方を本当のお姉さまのようにお慕いしているんです……」
「……シャルリーヌは本当に君が好きなんだな」
シャルリーヌを見守っていたセレスたんが、目を細めて優しく笑う。私は「光栄ね」と適当に返事をしておいた。
セレスたんはちょっと勘違いをしている。彼女が好きなのは、私というより私の作る煎餅なのだ。これだけは間違いない。ふっ、食べ物の力は偉大ね……。
「厳しいこともなさるけど、国を統べる御方だもの。仕方ないと思うわ。それに汚れ仕事を部下にやらせず、あえて自ら行う姿勢を私はとても尊敬しているの。だから陛下を悪く言われるのは、我慢ならない」
戦争と拷問で発散しているおかげで、殺戮衝動が民に向くことは今のところない。猫を被ることも容易である。その努力が今、実を結んでいる。シャルリーヌの目には、私が素晴らしい女王として映っていることだろう。でもね、シャルリーヌ、汚れ仕事をあえてなんていうけどさ、私は好きなことだけしかしていないんだよ。拷問とか処刑とか、戦争とか裏工作とか。それで尊敬されちゃうなんて、照れるわ。
「……エーレンフリートさま、離してください」
シャルリーヌがそう言うと、ワンコは大人しく彼女の身体をゆっくり離した。そして見詰め合う二人。シャルリーヌの目には、今までにない切ない光が宿ってた。
ええー……!? まさかワンコのことを本気で好きになっているんじゃないでしょうね。あいつは絶対駄目だから。無礼なキチガイにシャルリーヌが侵食されてしまうわ!
しばらくそうしていた二人だったが、先に動いたのはワンコだった。奴は辛そうに顔を伏せ、
「済まなかった」
と言って歩き出した。すれ違いざま、シャルリーヌがハッとしたように振り返る。そして部屋から出て行くワンコをずっと見つめていた。
一人残されたシャルリーヌは、のろのろと椅子に腰掛けぼんやりした表情を浮かべている。ああー、もう、好きになってるんじゃん! 人の心ってままならないものね! でももうお別れしたもんね。シャルリーヌが危ない色に染まらなくてよかった。
「シャルリーヌは彼が好きだったんだな……」
妹の失恋を切なそうに見守っていたセレスたんだったが、今度は難しい顔をしてぶつぶつと呟きだした。
「好きな人がいたのにあんな集団作って、どういうつもりなんだ……。会えない寂しさからか?」
「そうかもね。ということで、大目に見てあげてよ。あの子を慰めに行きましょ。さりげなーくね」
しかしセレスたんは、シャルリーヌに会うなり覗き見していたことをあっさりばらした。
「男と二人きりになるなんて、どういうつもりだ? もうちょっと危機感をもちなさい」
「ちょ……」
さりげなーく、と言ったのに! セレスたんってばKYなの? まるでウザイ父親のようだ。
だがシャルリーヌはそれに怒ることなく、私を見た後、顔を真っ赤にして両手で口を覆った。
「え……!? 見ていらしたんですか!?」
「ええ、まあ……」
気まずいながらも同意すると、シャルリーヌの目は途端に潤みだした。まあね、ラブシーンみたいなところを見られたら恥ずかしいよね。しかも失恋場面だもんね。
「ねえ、セレスたん、シャルリーヌと二人きりにしてもらえる? 言いたいことは色々あるだろうけど、今回はちょっと、ね……?」
今にも泣きそうなシャルリーヌがちょっと哀れなので、気が利く私はセレスたんを追い出した。
「お姉さま、ごめんなさい……」
二人きりになった途端、シャルリーヌはぼろぼろと涙をこぼし始めた。ごめんって何だ。ってあれか! まだ彼女にはワンコ攻略中止の旨を伝えていなかったのだ。というか伝える暇がなかった。
「いいのよ。彼のことはもういいの。シャルリーヌ、今まで良く頑張ったわね」
そう言ってシャルリーヌの頭を撫でると、彼女はワーッと更に激しく泣き、私の胸に飛び込んできた。
「良くありません! エーレンフリートさまは去り際に、私のことが好きだった言ってくださったのです。私たち両思いだったんです! 攻略まで後一歩だったのに! でも、お姉さまのことを悪く言われて、つい……。ごめんなさい、ごめんなさい……!」
この悲壮っぷり。ワンコだけは心の底から好きだったというつもりだろうか。気持ちに偏りがあると困るのだ。まだメルグ制圧も残っているというのに。
「両思い? 彼のことが本気で好きだったの? ヴァルラムさまの事は? チャ……ラチャラした感じのエストラーナ人は?」
「もちろん、皆好きです!」
シャルリーヌは即答した。皆同じように激しく好きってことなのか。恐れ入るわ。
「落ち着いて、シャルリーヌ。エーレンフリートさまはあれでよかったのよ。彼は私たちの国づくりには障害となるのだから」
「障害……?」
呆然とした表情で、私を見上げるシャルリーヌ。まあそうだよね。攻略しろって昔からいってたのに、突然しなくていいって言われちゃね。
「ごめんなさいね、今更こんな事を言って。でもね、彼は自分の信念を曲げないでしょう。あなたでも手に負えないと思うわ」
しかしこの発言は逆効果だったようだ。
「……そんな、そんなこと……。いいえ、お姉さま、私、ぜったい彼を攻略してみせます!」
シャルリーヌは涙を引っ込め、今度は拳を握り締めて瞳に闘志を滾らせている。なんてこった。全力で止めさせたいが、ここで言っても火に油を注ぐだけだろう。……ここは彼女を信じてみるのも一つの手か。
「……わかったわ。そうね、あなたにならできるかもしれない。シャルリーヌ、任せたわよ」
「はい! 例えどんな手を使ってでも、私はやり遂げて見せます!」
私としては殺り遂げてほしいんだけどね。




