第一話 嵐の前
時は西暦1867年
世に言う幕末の時代
徳川家康が幕府を開き200年以上続いたこの江戸時代も
今では混迷を極めていた。
年々勢いを増している倒幕派の動きがより強くなているのを感じている。
「江戸に帰ってくるのも久方ぶりだが、町並みは変わっておらんな。」
笠を被り腰に大小の刀を差した女性は言う。
彼女の名前は紫藤紗月
歳は19で出身は相模(今の神奈川県)の小田原
相模では名門と呼ばれた紫藤家の長女である。
紫藤家は代々女性が後を継いでいた為、現在は紗月が紫藤家の当主である。
紗月は一年ほど里帰りで小田原に帰っていた。
そしてたった今江戸に戻ってきたばかりである
紗月が江戸にいるのは幕府の護衛の職に就いていたからだ。
「しかしなにやら活気がないような…」
紗月が笠を少し持ち上げ周りを見ると以前の活気が嘘のように静かだった。
「それもそうだろう。なにせここ最近倒幕派があちこちにたむろしてるって話だからな」
紗月の後から一人の男が話しかける
「冬十郎。」
紗月に声をかけた男は黒い着物に身を包んでおり
いかにも冷静そうな性格をしている。
名前は猪瀬冬十郎という。
「久しぶりだな紗月。戻ってきてたのか。」
「今しがたな」
冬十郎の言葉に少しの言葉で返す紗月だった。
冬十郎は共に幕府の護衛の仕事仲間であり相棒のような存在でもある
「そういえば小田原にも倒幕派がたむろしていたな…」
「奴らは江戸のみならず各地に倒幕派に加担する奴らを集おうとしているようだからな」
冬十郎の言葉に紗月は眉間にしわを寄せる。
「倒幕派の大将は確か…」
「大野瀬藤五郎だ」
「大野瀬か…」
大野瀬藤五郎は倒幕を指示する人物でその為ならば手段を選ばない男である。
紗月は眉間にしわを寄せながら
「大野瀬がいつ江戸に来るか分からん。最悪を想定して対処せねばならんな…」
紗月の言葉にうなずく冬十郎
「あぁ。」
二人の間に重い空気が流れ出したその時遠くから
「幕府が何だってんだ!!もう幕府は古いんだよっ!これからは尊王の時代だっ!!」
倒幕を目的とした尊王攘夷派の面々が怒号を上げて歩いていた
「尊王攘夷派の奴らがご丁寧に演説しているな」
冬十郎の目が鋭くなる
「これ以上彼奴らの好きにさせるわけにはいかんな」
紗月は刀を握り冬十郎と共に駆け出す。
「退けテメェら!尊王攘夷派に逆らう気か!!」
相変わらず怒号を上げて堂々と歩く尊王攘夷派の男達の前に紗月と冬十郎は道を塞ぐ
「静かな街で騒ぐのは辞めてもらえるか?尊王攘夷派のクズ共が…」
紗月は怒りを露わにして睨みつける
「んだテメェ…尊王攘夷派の邪魔をするなら女であろうと容赦しねぇぞっ!!」
「騒ぐしか能がないなら尊王攘夷派もそれまでだな。」
冬十郎は静かに睨みつける
「もう容赦しねぇ!テメェらやっちまえ!!」
男は部下に命じると部下は刀を抜き襲いかかる
「紗月、やれるか?」
「無論だ。冬十郎こそ訛っておらんだろうな?」
「当たり前だ」
フンっと鼻を鳴らして紗月と冬十郎は刀を抜き襲いかかる尊王攘夷派を斬り伏せる
返り血を浴びながら一人また一人と互いに連携しながら斬り倒す。
「はぁっ!!」
紗月の渾身の縦切りで身体を真っ二つにする
「ふっ!!」
冬十郎の鋭い突きが体を貫く。
二人の足下には力なく横たわる尊王攘夷派の男達の姿があった。
「どうした?幕府は古いだの尊王の時代だの大口をたたくだけでその程度とはな…」
紗月は返り血を浴びたその顔で冷たく睨む
「全くだ。これならまだ主人に忠実な犬の方が利口だな」
冬十郎と同じように言い返す。
「くそっ…覚えてやがれ!ほら行くぞっ!!」
男は苛立ちながら残った仲間を引き連れて去って行く
「情けない奴だ…」
紗月はそう呟くと刀を軽く振るい刀身に付いた血を払ってから懐にしまってある懐紙を取り出して残った血を拭き鞘に納刀した。
冬十郎も同じように納刀して一息つく
「騒がしい奴はいなくなったが、このゴミを何とかしないとな。」
冬十郎は死体を見ながら言った。
その目は人を見ると言うよりゴミを見る目に近い
「その内誰かが身ぐるみ剥いで川にでも放り投げるだろう。」
紗月はもはや死体に目もくれるつもりもなかった。
「この一年でこうも変わるとはな。この先どうなることやら…」
紗月は空を眺めながら時代の変わりを嘆くように言った。
こうしてこの日はこれ以上のことは起きなかったが、
この年、1867年の10月14日一つの出来事が起きる
大政奉還である。
京都の二条城にて徳川慶喜が明治天皇へ政権返上をしたのである。
これにより民衆たちの間では新しい時代の期待と不安が
大きかった。
「慶喜公が、政権を返した…だと?!」
大政奉還の話を聞いた紗月は目を大きくして驚いた
冬十郎はこの後に付け足した
「だが将軍様はただ返上したわけではないらしい。
確かに政権を天皇へ返したものの徳川家主導の政治体制も残すつもりらしい」
「そんなことが可能なのか?」
「分からんが、一筋縄ではいかんだろうな」
実際、後の研究で分かったことは、大政奉還が朝廷に認められる前に明治天皇が薩摩藩、長州藩に【徳川慶喜を討つ】という密命を得ていたのが分かったという。
しかしそんな慶喜公の思惑も二ヶ月後の12月9日に砕け散ったのである。
それがあの有名な王政復古の大号令であった。
この王政復古の大号令により江戸幕府は完全に撤廃され
慶喜の権力は全て無くなり明治維新の幕開けとなったのである。
「やはり、尊王攘夷派…いや新政府の連中は手を打っておったか…」
紗月は唇を強く噛み拳に力をを入れている
その拳は怒りで震えていた。
冬十郎は江戸城を眺めながら言う
「長く続いた江戸の世も終わりを告げるのか…」
民衆も相変わらず期待と不安が渦巻いていたのが目に見えて分かった。
冬十郎は紗月に質問する
「紗月、お前はどうするつもりだ?」
紗月は質問の意図を即座に汲み取り答えた
「無論新政府の連中を討つ。奴らの思い通りにはさせん」
冬十郎はその言葉を聞き目を丸くするが決して無理なことだとは思わなかった。
「そうか。それを聞いて安心した 俺もお前と同じだ。共に徳川政権の元に育った身だ。新たな事大党ほざく新政府軍に痛い目を見せてやろう。」
その言葉に滅多に笑わない紗月もニヤッと不敵に笑い答えた
「あぁ。我らを軽んじたこと後悔させてやろう。」
こうして時代に抗う女剣士は相棒と共に荒れた時代を駆け抜けていくことになった。
例えこの先にたくさんの困難や絶望が待ち受けていようとも彼女たちは止まることをしなかった。
第一話 完




