27 衝撃的な出来事!
登場人物紹介
メアリー・シドニー……主人公。田舎子爵の長女。勘違いしやすい性格の十七歳。
サラー・スピードマン……スピードマン伯爵の娘。カルロスの妹。とてもとても美人。
§ § §
今日で、私が伯爵家に来てから一ヵ月がたちました。
そう、こんなにも長い間、お世話になってしまったのです。
チェルトナムでの滞在期間も含めると二ヵ月以上になります。
そろそろ私は伯爵家からお暇しなければと考え始めました。
定期的に手紙は出していますが、そろそろ両親も心配するでしょうし、何よりこれ以上滞在したら邪魔者扱いされるかも知れないからです。
今は伯爵もカルロス様も所用で出かけていていらっしゃいませんし、私はサラー様にその話をする事にしました。
「あの、私はそろそろここを離れなければ、と思っています」
すると、急にサラー様が悲しそうな顔になりました。
「えっ!?」
「ご厚意にずるずると甘えてしまって……。これ以上それに甘んじるわけにはいきません」
「そんな……。まだまだいてくれるとおもっておりましたのに……。もしかしてご家族から戻ってくるように催促でも御有りだったのでしょうか?」
「いえ、両親からは何も……。ただこれ以上滞在するのはご迷惑にならないかしら?」
「迷惑なんてトンデモない!私は貴女という貴重な話し相手を得られていますもの。正直にいいますと、貴女がいなくなると私はこの館で寂しく過ごす羽目になるのです」
「私も、気持ち的にはあと何週間も滞在したい気持ちでいっぱいです。……でも、こちらに滞在して一ヵ月にもなります。そろそろご迷惑になるのでは?と思ってしまったものですから」
「我が館が嫌になったのでなければぜひこのまま続けて滞在してください」
「はい!」
私は喜んで返事をしました。
やったー。
どうやらまだ、邪魔者扱いはされてないようですね。
サラー様と楽しくお散歩したり、お茶を飲んだり、娯楽小説について語り合ったりする生活はまだまだ続くのです。
それにカルロス様の事もあります。
このころになると私はすっかり彼に心を奪われてしまったのです。
彼とお話をしたりするたびにドキドキが止まらなくなります。
そしてそんな私をみて、サラー様も優しく言うのです。
「シドニー様のような方が私の家族にいてくれたら、私も毎日が楽しく暮らせますわ」
それを聞いた私は、顔が真っ赤に染まるのを感じながら、恥ずかしさのあまり俯くのです。
そう、そんな楽しい生活がもうしばらくは続く、……その時はそう思っていたのですが。
その夜、あんな事が起こるとは思っても見なかったのです。
§ § §
その日は、朝から厚い雲が空に漂った、嫌な天気でした。
それでも、サラー様との楽しいお散歩を済ませ、館に戻って来てしばらくしたころにポツリ、ポツリと雨が降り出したのです。
雨はそのまま降り続き、少しづつ雨足が強まります。
そして夕方にはすっかり土砂降りになってしまい、夜には嵐となりました。
そんな夜の事です。
私は外で吹き荒れる風の音に交じって、妙な音を聞きました。
馬のいななくような音です。
こんな天気ですが、誰かが帰って来たのでしょうか?
今この館には、私と使用人の他はサラー様しかいません。
と、いう事はご家族のうち、伯爵とカルロス様、そしてリーオ様は出かけているというわけで……。
こんな夜更け、しかも嵐の夜にお客様が来るはずもないですし、きっと三人のうちのどなたかが帰宅したのでしょう。
伯爵やカルロス様ならいいけれど、もしリーオ様だったら嫌だなぁとか思っていた時です。
私の部屋の前でかすかに足音が聞こえた、ような気がしました。
そしてそれは私の部屋の前で止まり、それきり何も起こらないのです。
一瞬だけ気のせいだったのかも?
と思い始めたその時です。
微かなノック音が聞こえたあと、私の返事も待たずにドアが少し動いたような気がしました。
私は瞬間的に、この館に来る前のカルロス様のお話を思いだします。
『この辺りには何か不思議なナニカを見たという者がいるのですが、私は見た事がありませんし、お客様も”きっと”大丈夫だと思います』
私は思わず身震いしました。
勿論、頭の中ではそんな事はない、あれはカルロス様が私を怖がらすために言った作り話だ。
という事は分かっているのですが……。
若しかして、という気持ちが振り払っても、振り払っても沸いてきます。
それでも私は勇気を振り絞ってドアに近づき、そっとそのドア開けると……!?
なんということでしょう!
そこにいたのはサラー様だったのです。
その事実に、私はほっとしました。
やっぱりあのお話はただの作り話だったんだなって。
でもサラー様の顔を見て、私も驚きます。
だってその顔はとてもとても真っ青で、何時もとは雰囲気が全く違ったのですから。
私はそれに気が付き、一瞬ためらいましたが、
「サラー様でしたのね。さぁお入りになってください」
そう言って部屋に招き入れました。
部屋に入ったサラー様の顔色は変わらず悪いままです。
これは『何か』とんでもないことが起こってしまったのでしょうか?
「どうされましたか?さあ、お座りになってください。きっと何か悪いことがおきたのですね。私で良ければ何でも相談に乗ります」
私は、水差しから水をくむと、サラー様にコップを差し出しました。
「どうぞ、お水でも飲んで落ち着いてください。私は急ぎませんから、十分落ちついたらお話ししてくださいね」
すると、サラー様は頭を振りながら、
「やめてください、私にこれ以上優しくしないでください。……私は今から貴女にとっても無礼で……失礼な事を伝えに来たのですから」
そう言って俯いてしまいました。
「えっ!?」
「そうです、だから私に優しくする必要はないのです」
「ど、どうされたのですか?サラー様。私に何を伝えに来たのでしょうか?」
「……先ほどお父様が帰宅なされました。そして言ったのです。家族全員で出かけるので、シドニー嬢にはここを離れてもらうように、との事です」
「……そうなのですか」
「そうです、私の希望でシドニー様には滞在を延長してもらいましたのに、こんなにスグその約束を反故にする羽目になるだなんて……お詫びのしようもありません」
「そんなに悲しい顔をしないでください。勿論、私もここを離れるのは寂しいです。でもご家族で出かけられるのならしかたありませんから」
私はそう言ってサラー様を慰めます。
「それで、いつ出かけられるのですか?」
「……明後日になります」
「そうですか、急ですけど、分かりました。私もそれまでに帰宅する準備を終えておきます。当日はどなたかお供を付けて頂けるのですよね?」
私がそう言ったとたん、サラー様は一層悲しそうな顔をして、
「……いえ。シドニー様は明日、朝いちばんに出発してもらうとの事です。もう馬車は手配済だそうです。……それに申し訳ありませんが、貴女に供はつきません」
「……は?」
それを聞いて私は絶句してしまいました。
明日の朝いちばん?
それにお供も無し?
どうなってるの?
……基本的に、女性は一人旅なんてしません。
道中なにがあるか分かりませんからね。
少なくとも男性が一人以上付くのが、世間の常識なのです。
ここからわが家までは、どう見ても二日……、いや三日はかかるでしょう。
その間、私の一人きり?
うそでしょ?
ありえません!
「自分がどんなに失礼で非常識な事を言っているのか十分わかっています。私もそれを聞いて思わず自身の耳を疑ってしまいました。……けれど、この家ではお父様の言う事は絶対で有り、私には何の力も無いのです」
そう言ってサラー様は俯き黙り込んでしまいました。




