26 続お手紙が来ました!
登場人物紹介
メアリー・シドニー……主人公。田舎子爵の長女。勘違いしやすい性格の十七歳。
サラー・スピードマン……カルロスの妹。とてもとても美人。
§ § §
楽しい小旅行はあっという間に終わってしまいました。
元より日帰りの予定だったのです。
私としてはもっと滞在していたかったのですが、こればっかりは伯爵家の予定に合わせるしかありません。
私はただの客人ですものね。
身をわきまえる必要があるのです。
カルロス様はしばらく教区に留まるとの事で、行きと同じく私達だけの帰還になります。
そして、その楽しい小旅行から帰ってきた翌日の事、私に再びお手紙が届きました。
差出人を見てびっくりします。
なんということでしょう、エステラからではありませんか。
ついこの間まで、つまりお兄様から手紙が来るまではエステラから手紙が来ないかなぁ~と、楽しみにしていたはずなのですが、今では複雑な感情です。
私はしばらく逡巡していましたが、意を決して手紙を開封し読み始めました。
『親愛なる私の親友、メアリーへ
中々お返事が書けずに申し訳ありません。
何度もお手紙を書こうとしましたが、そのたびに筆が止まってしまう、そんな事を繰り返していました。
でもやっとこうやってメアリーへ手紙を出すことが出来ます。
そちらはいかがですか?
楽しくやっておりますか?
メアリーの幸せが、私の幸せでもあるのですから、楽しく過ごしていると信じています。
まさかとは思いますが、そちらにリーオ様がいらしていますか?
もし、いらしていた場合、私の話が出るかもしれませんが、彼の話に耳を傾けないでください。
彼は、自尊心が強く、なんでも自分の思い通りになると思っている高慢な男性なのです。
そんな男性の話をメアリーが聞いた場合、もしかしたら信じてしまうかも知れないですもの。
メアリーの人を疑う事を知らない純真さは美徳でもありますが、それで私が悪いことにされてはたまりません。
えぇ、あの困り者のリーオ様は、私に婚約者がいるのにかかわらず、何度も私に言い寄ってきて大変でしたの。
失礼の無いようにお相手するのに私が四苦八苦していたのをメアリーにも想像できると思います。
随分と前置きが長くなってしまいました。
実を言うとここからが本題なのです。
メアリーのお兄様から、何か聞いていませんか?
彼は私とリーオ様の事で、何か大きな誤解をしているようなのです。
そして、彼は誤解を持ったままここをさりました。
それきり、便りの一つも無いのです。
勿論、私にも多少の落ち度はあると思います。
リーオ様の立場を気にして断固とした態度を取れなかったのですから。
ですが、私の愛は常にメアリーのお兄様のもとにあるのです。
メアリーならば、これだけで真実を分かってくれていると思います。
メアリー、お兄様の誤解を解いてはいただけないからしら?
貴女が言えば、一定の効果があると思うのです。
なんと言ってもメアリーは長年一緒に暮らしたご家族なのですからね。
私の愛は、貴女のお兄様一人に対して向けられているのであり、そして未来も含め、私が愛したただ一人の男性なのです。
それともメアリーのお兄様は他の女性に心が移ってしまったのでしょうか?
若い男性の心は移ろいやすいものと言いますものね。
メアリーのお兄様の事は信じていますが、不安でたまりません。
そうでない事を祈っています。
本当は、私からメアリーのお兄様へお手紙を出すベき事なのは分かっています。
でもいつも、手が震えてしまって、ちゃんとしたお手紙を書く事が出来なかったのです。
それに、こんな事を白状するのは恥ずかしさでいっぱいなのですが、私の手違いでお兄様がいらっしゃるはずの住所を失念してしまいましたの。
私以外に知っている、私のお兄様もすでにここを離れているので、聞く事はできません。
婚約者失格よね、それは分かってます。
でも私をひどく動揺させ、頭をその事で埋め尽くさせた貴女のお兄様にも少しばかりの責任があると思います。
私は今日、この街を離れますので、もしお返事を頂ける場合は、私の実家までお願いします。
メアリーには教えてあるはずですよね?
もし忘れてしまった場合でも、貴女のお兄様ならきっと覚えていると思います。
私達が初めて出会った場所で有り、何度も逢瀬を重ねた場所でもあるのですから……。
お願いです。
どうかこの手紙を読んだらすぐにでもお兄様に手紙を書いてください。
そしてついで構わないので、私にも書いてくれたらより嬉しいです。
かしこ
メアリーの親友、エステラ・グレーヴスより』
はぁ……。
私は手紙を一読すると、溜息をつきます。
今更、こんな、見え透いた手紙で、私をだませると思ったのでしょうか?
私も随分と甘く見られた物です。
そもそもでいえば、エステラもお兄様の居場所を知っているはずであり、自分でお手紙を書けばいいじゃありませんか。
それを住所を忘れたですって?
そんなはずはありません。
きっと、自分が書いてもちゃんと読んでもらえないから、私に頼んだんだわ。
えぇ、そうに違いありません。
このお手紙の事は、無視しましょう。
そう思って、お手紙から目を逸らした時、私にお手紙を渡してくれたサラー様が心配そうに私をじっとみつめているのに気が付きました。
それに気が付いた私は、慌てて笑顔を作ると、
「サラー様が以前言われた通り、エステラとリーオ様は別れたようです」
そう言って、読み終えた手紙をサラー様に渡します。
サラー様は渡された手紙を一読すると「はぁ……」とため息を吐いて、
「またリーオお兄様が他人の恋路を壊してしまわれたのですね」
と、悲しそうに言いました。
「このような事は何度もあったのでしょうか?」
「はい……。リーオお兄様が本当の所、何を考えていらっしゃるのか妹の私にもわかりません。ですが、他の女性の心を無暗に掻き立てるような真似をしている事は見ていて分かっております」
「そうなんですか……。ではやっぱりリーオ様は最初からエステラの事は何も想っていなかったのでしょうか?」
「実際の所、どう思っていたのかまでは……。ですが、結婚する意志はなかった事だけは確かだと思います」
「私のお兄様とエステラとの仲を引き裂くのが目的だったのですか?」
「いえ、それは違います。リーオお兄様はきっと恋の戯れを楽しんでいただけで、自分の行動がどんな結果をもたらすかまでは深く考えていなかったのではないか、と思います」
「そうですか、エステラはリーオ様の休暇の間の暇つぶしだったというわけですね」
「リーオお兄様の行動については大変申し訳ないと思っています。でもこれだけは言わせてください。ご自分の愛した女性が、他の男性から好意を受けている事で、怒る男性いらっしゃるのでしょうか?」
「……それはどういう意味ですか?」
その私の疑問に、サラー様は酷く真面目な顔をして答えました。
「つまりはこうです。シドニー様のお兄様が婚約を破棄なされたのは、ご自分の婚約者が他の男性から好意をうけていたから、では無く、ご自分の婚約者が他の男性の好意を受け入れるような真似をしたからではないでしょうか?」
「それは……」
「ごめんなさい。このような言い方をすれば、貴女のご機嫌を損ねるのは分かっております。でも……シドニー様がご自分のお兄様の味方をするように、私もリーオお兄様の味方をしないといけないですもの。自分の家族さえ味方をしてくれない、なんて事をしったらリーオお兄様が可愛そうですから」
そう言ってやさしく微笑むサラー様の顔を見ていると、先ほどの手紙に対する様々な感情はすっかりなくなってしまいました。
そうですね、人には様々な立場があり、その立場によって物の見方は変わってしまうものなのです。
私はリーオ様の事をよく知りません。
ですので、リーオ様の事を一方的に悪く思うのはやめる事にします。
ですが、同時にエステラの事を許せないという気持ちを抱いたことは忘れません。
そしていろいろな事を考えた結果、この手紙の事は忘れる事にしました。
返事は勿論出さないし、この手紙の事はお兄様にも話しません。
これでいいよね?
そう、これできっといいのだ。




