第6話 ルベリーはやはりしくじった。
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この話で最終話になります。
カリナンの嫌がらせにより、修道院に逃げ込んだルベリー。幸せになる為には、どうすればいいのか。
修道院を目前にした、大木の下にその人はいた。
「やあ、ルベリー」
ルベリーはむくれた。
「よくもわたしの人生の邪魔ばかりしてくれるわね」
睨みつけてやるとカリナンは、夜でもダイヤモンドのように輝く瞳を、楽しそうに細めた。
「素直に戻っておいで。形だけマルクルと結婚して、その後、私が君を見初めたということにするから」
にこやかにカリナンは、近衛兵の一人を犠牲にしようとしている。これには、ルベリーもブチ切れた。
「うるさい!マリシェ様が忘れられないクソ男のとこなんか、誰が戻るか!」
カリナンの瞳に動揺が走った。
「カリーはマリシェ様しか愛せないから、わたしがいじめられようが、アメリが痩せ細ろうが、お飾りの奥さんがいれば、後はどうでもいいんでしょ!ほんと、あんたみたいな顔しか取り柄がないクズ、死んでも無理!」
ルベリーは走ってカリナンの横を通り過ぎた。自分の前にカリナンの婚約者だった、マリシェ様。
六年前に隣国との戦争を回避するために、人質として嫁いだ、可憐ではかない、カリナンの再従姉妹で婚約者だったお姫様。
所詮、自分もアメリもカリナンの縁談避けだ。
すっきりしない気持ちを抱えながら、ルベリーは修道院の戸を叩いた。
老婆の修道女に案内され、ルベリーは小さな部屋に通された。
いったい自分はどこに行くのかー、誰も教えてはくれなさそうだ。だから、自分の道は自分で切り開くのだ。
修道院も牡蠣小屋と同じで朝が早い。ルベリーは慣れたもので、人一倍仕事をこなした。お后教育でやった洋裁(主に優雅な刺繍)も、ずいぶんと役に立った。
レース編みもできたので、牡蠣小屋でのお給料から材料を買ってきて、新人からの贈り物として、修道女全員に、レース編みのヴェールをプレゼントした。皆、たいそう喜んでくれた。
そのヴェールが、一番似合う女性がいた。
ルベリーは溜め息をついた。
彼女は病弱の上、低血圧なので、滅多に部屋から出てこないのに、物をもらうときはしっかり出てくるちゃっかりさんだった。
普段、当番を代わりにやらされている他の修道女達が苦い顔していた。
何かと言えば、「私が悪いのです」とこちらの方が悪くなるような空気を作る。
「ルベリーさんはとてもお身体が頑丈ですのね。羨ましいわ」
朝から晩までとまることを知らずに動き回るルベリーは、修道女達から可愛がられた。彼女はそれが気に食わないのか、少し含みがある言い方をする。
「いえいえ」
「私も健康だったら、皆様のお役に立てるのに……」
ルベリーは笑った。
「病弱だから役に立てないなんて、それは変ですよ」
美しき修道女は目を丸くした。
「姫様より病弱でも、少しでもできることをされてる人はたくさんいますわ」
彼女は裏で姫様と呼ばれていた。
あっ、やばい、まぁいいか。
「ーー健康な人に気持ちをわかってもらおうとは思わないわ」
姫様はふぅー、と息を吐いた。
「なら、姫様。姫様でもつとまる仕事、ご紹介しましょうか?」
「えっ?」
「ここにいても役に立ちそうじゃないし、姫様も彼の噂は耳に入ってますよね?」
姫様は黙った。
「ねえ、姫様。いえ、マリシェ様?」
「マリシェ……」
カリナンが呆然とした顔でマリシェを見ている。六年前に引き離された、かつての婚約者だ。
ルベリーもマリシェの顔を見たときには、本当に驚いた。マリシェがルベライトのことを覚えていなかったので、ルベライトだと言い張り、無理矢理連れ出した。
彼女(自称病弱)を背中に担ぎ、牡蠣小屋に戻ったルベリーは、船長に頭を下げて近衛兵マルクルのところに連れて行ってもらった。
船長は大喜びで連れてきてくれた。
マルクルはルベリーを見て、話がついているのか、すぐに、カリナンに取り次いでくれた。
そして、彼は感動の再会を果たしている。本気で号泣しているアメリの横で。
「わ、わたしは、なんの為に、ルベライトを、殺したの?」
告白に王宮が荒れた。
マリシェは嫁いだ隣国の王子から、すぐに離縁され、ずっとヤイル修道院に隠れていたらしい。
「私の元に、すぐに帰ればよかったのに……」
マリシェを抱きしめてカリナンは言った。王宮女官達が嫉妬に狂った目でマリシェを睨む。
カリナンは美談のように思いたいのだろうが、マリシェが何もしなかったから、追い出されたのだろう。
マリシェは、ほほほっ、と微笑んだ。
「身体を壊しているので、小さなお部屋をいただいて、ひっそりと暮らしたいと思います」
その言葉に、男女の反応が割れた。
男性は
『なんと、はかなげで控えめな方だ。まさに深窓の姫君』
女性はもちろん、
『部屋もらえて当たり前なの?何も仕事しないでぐーたらすんの?いい性格してますねー』
である。
カリナンも、それを健気と取ってしまった。
「わかった。側にいてくれるだけでいいよー」
はいー、あほ〜。
と、ルベリーは無駄にきらきらするカリナンを、同情する目で見た。
「ねえ、アメリ。わたしの退学を取り消して」
「はあ?」
「それでチャラにしてやるわよ」
ルベリーの言葉に、アメリが目を大きく開けた。
「そんなことー、許されるわけないわ」
「あら、じゃあどうするの?あなた?修道院にでも入る?」
アメリは力なく笑った。
「それも、いいかも。王太子の婚約者は、辛すぎたわ」
うんうんそうでしょ、とルベリーは頷いた。
「あなたはいいの?」
アメリの言葉にルベリーは言った。
「あいつのことだから、面倒な事はこっちに押しつけてくるわよ。その前に、学院に逃げるわ」
ルベリーは元気よく走り出した。
カリナン、バイバイ。
最後まで、素直にはなれなかった。
好きと言えば彼は、変わってくれただろうかーー。
「しくじったわね」
自分を皮肉る。
ルベリーはしくじったのだ。
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