ロールプレイ
「フィーネ様、こちらが本日分の書類になります」
世界が終わる最後の七日間の五日目、奴隷の街のスレイブタウンでシンシアは主人であるフィーネの机に大量の書類を提出した。
「こちらの書類に目を通していただき、サインを頂いた後、奴隷市場の視察、それから大手の奴隷商人との打ち合わせが3件入っています」
「やれやれ、今日も仕事が山積みだな」
シンシアから今日のスケジュールを聞いたフィーネはその激務に頭を抱えてそう言った。
「フィーネ様はここ数日、街から離れておりましたから、仕事が溜まっているんですよ」
シンシアがそんなことを口にしていると、部屋に一人の人物が入って来た。
「フィーネ様、お茶をいれました」
その人物は背中にセブンスジュエル、『韋駄天のトパーズ』を宿すセブンスの一人、獣人のヨームであった。
先日の逆さメイドとの決戦の最中、ミケの範囲蘇生魔法によって蘇ったヨームは毛むくじゃらの慣れない手つきで紅茶を注ぎ、フィーネに差し出した。
「ありがとう、ヨーム」
フィーネは一言お礼を言って、紅茶に口をつけた。
「ど、どうですか?フィーネ様」
味の感想をヨームは緊張混じりにフィーネに尋ねた。
そんなヨームにフィーネはただ一言、呟くようにこう述べた。
「不味いな」
「…ごめんなさい」
そう言って落ち込むヨームにフィーネは優しくこんな言葉を付け加えた。
「それでも…昨日よりは美味しいぞ、ヨーム」
「あ、ありがとうございます!!」
フィーネの言葉に励まされたヨームはぺこりと頭を下げた後、嬉しそうな顔をしながらそそくさと部屋から出て行った。
そんなヨームの小さな成長を見守っていたシンシアはヨームが部屋から出た後、呟いた。
「…ヨームを見ていると、少し前の自分を思い出します」
「そうだな、シンシアにもああいう時期があったよな」
「フィーネ様に拾われてから、日々が慌ただしく回り始めて、いろんなことを知って、いろんなことを学んで…あなたの側にいるだけで、見える景色がどんどん広がっていくのが分かるんです」
そしてシンシアは少し照れ臭そうに頰を赤く染めながら、嬉しそうにこう言った。
「フィーネ様、私はいま…幸せです」
そんなシンシアの言葉にフィーネは照れ隠しをしているかのようにぶっきらぼうにこう答えた。
「…私もだよ、シンシア」
そして一呼吸、幸せの余韻に浸った後、シンシアが再び穏やかな口調で尋ねた。
「もしも、この世界がふりだしに戻っても、記憶が全部無くなっても、私は必ずあなたに会いに行きます。だからその時はまた…私に指輪をつけてくれますか?」
「もちろんだ、シンシア」
世界の終わりを目前に、その部屋にはいつもの穏やかな一時が流れていた。
シンシアとフィーネの二人のやりとりの様子をモニター越しにその人物は眺めていた。
「フヒヒwwwやっぱり百合は最高でござるwww」
いくつものモニターの画面の明るさだけが照らす薄暗く、だだっ広い空間で、ゲームの管理者である萌え豚はそんなことを口にしていた。
「もうすぐ全部終わるっていうのに…呑気なものですね」
そんな萌え豚の隣でモニターを見ていたナビィはそんなことを口にしていた。
ナビィがそう口にするのは無理もなく、目の前に映っているいくつものモニターにはいつもとあまり変わり映えのしない景色が映っていたからだ。
シンシアとフィーネのようにいつものように時を過ごす者、ただひたすらに一人で黙々と熱い鉄を打ち付ける者、いないはずの神の存在を布教する者、静かな森の小さな小屋で楽しげに手を繋いだまま器用に二人で料理に勤しむ者、巨大な農園で仲間とともに花を育て愛でる者、民を憂いて国を守る責務を果たす者、ただひたすらに自らの求める芸術を追い続ける者。
そのどれもが世界の終わりを微塵も感じさせない穏やかな日常を過ごしていた。
「せっかく空も壊れて自由になったのに、どうしていつも通りの日々を過ごすんでしょうね」
そんな様子をどこか蔑むように哀れみを口にするナビィに、萌え豚はこんなことを口にした。
「某らNPCっていうのは所詮は与えられた役割を果たすだけの作られた存在、望む望まないに関わらず、某らはロールプレイを虐げられている道具。…だけど、そんな中でも彼女達は彼女達なりの楽しみや喜びを見つけた、やりがいや幸せを学んだ、自由を与えられてなお、ロールプレイを続けることを望むほどに…まぁ、例外もいるけどwww」
キーボードをカタカタと弄りながら萌え豚はそれとなく言葉を続けた。
「ナビィたんもきっと、ロールプレイの中で感じたことがあるはずでござるよwww。その上でナビィたんはどうするでござる?www。例え与えられた役割を果たす道具だとしても、誰かに作られた紛い物だと罵られても、自ら望み、選択したのだとしたら…胸を張ってロールプレイしたら良いでござるwww」
そして萌え豚はナビィの方へ向き直り、改めてこう尋ねた。
「さぁ、監視者としてナビィたんはなにを学び、何を感じ、何を望むでござるか?www」
そんな萌え豚の質問にナビィは目を閉じて深く考え込み、そして一言だけこう言った。
「少し…暇を頂きますね、マスター」
それだけ言い残してナビィは羽をパタパタとはためかせ、暗闇の中へと消えていった。
残された萌え豚は再びモニターへと向き直り、キーボードを弾いた。
「フヒヒwww某は管理者として、中立を守るでござるよwww。だけど…少しだけ贔屓はしますけどwww」
萌え豚はそう言って不敵な笑みを浮かべた。




