千年目の初恋
夜を抱きしめた瞬間。
世界が止まったようだった。
吹き荒れていた妖気が、 一瞬だけ静まる。
提灯の灯りが揺れる。
桜が舞う。
木乃葉は震える腕で、 夜を強く抱きしめていた。
「好き」
涙混じりの声。
「千年前も、 今も」
夜の身体が小さく震える。
九本の尾が揺れ、 黒い妖気が暴れようとする。
それでも。
夜は木乃葉を突き飛ばさなかった。
ただ呆然と、 木乃葉を見下ろしている。
金色の瞳が揺れていた。
まるで。
長い長い孤独の終わりを、 信じられないみたいに。
夜は掠れた声で言う。
「……どうして」
木乃葉は顔を上げる。
涙でぐしゃぐしゃだった。
「だって、 あなたずっと一人だったじゃん……!」
夜の呼吸が止まる。
木乃葉は泣きながら続ける。
「怖くて、 苦しくて、 誰にも信じてもらえなくて……」
声が震える。
「なのに、 私のことばっか守ろうとして……!」
夜の瞳から、 ぽろり、と涙が落ちた。
木乃葉はその涙を見て、 胸が締めつけられる。
夜は泣きそうに笑った。
「……敵わないな」
その瞬間。
空の妖門が大きく唸る。
無数の妖たちが叫ぶ。
『王!!』
『人間を滅ぼせ!!』
『封印を壊せ!!』
黒い妖気が、 再び夜を飲み込もうとする。
夜は苦しそうに顔を歪めた。
木乃葉は咄嗟に夜の手を握る。
冷たい。
でも。
ちゃんと生きている。
木乃葉は必死に言った。
「夜!!」
夜の瞳が揺れる。
木乃葉は叫ぶ。
「もう、 封印なんかしない!」
銀が目を見開く。
木乃葉は夜を真っ直ぐ見た。
「私は、 あなたと一緒に生きたい!」
その瞬間。
木乃葉の身体から、 桜色の光が溢れ出した。
境内いっぱいに、 光が舞う。
夜の妖気と、 木乃葉の霊力が混ざり合っていく。
銀が息を呑む。
「……契約」
木乃葉は夜の胸へ額を当てた。
「半分こにしよう」
涙を流しながら笑う。
「苦しいのも、 寂しいのも」
夜の目が見開かれる。
木乃葉は続けた。
「もう一人にしない」
その瞬間。
暴走していた妖気が、 少しずつ静まり始めた。
九本の尾が揺れる。
黒い炎が、 桜色の光へ溶けていく。
夜は震える声で呟く。
「……木乃葉」
木乃葉は微笑む。
「うん」
夜はゆっくり、 木乃葉を抱きしめ返した。
強く。
壊れそうなくらい強く。
その瞬間。
空の妖門が激しく揺れた。
『ありえない!!』
『王が人間を選んだ!!』
妖たちが悲鳴を上げる。
夜はゆっくり顔を上げた。
金色の瞳。
だがもう、 そこに狂気はなかった。
夜は低く告げる。
「……失せろ」
狐火が空へ駆け上がる。
轟音。
妖門を飲み込むほどの巨大な炎。
妖たちが悲鳴を上げる。
空間が軋む。
やがて。
妖門は、 ゆっくり閉じ始めた。
風が吹く。
桜が舞う。
赤かった月が、 元の色へ戻っていく。
妖たちは消えていった。
静寂。
町を覆っていた異界が、 少しずつ消えていく。
木乃葉はその場へ座り込む。
力が抜けた。
夜が慌てて支える。
「大丈夫か」
木乃葉は笑った。
「ちょっと疲れた」
夜は困ったように眉を寄せる。
「無茶をするな」
「夜に言われたくない」
夜が小さく吹き出す。
木乃葉は目を見開いた。
「……今、 笑った」
「笑ってない」
「笑った!」
銀が呆れたようにため息を吐く。
「はいはい、 痴話喧嘩はあとでやって」
木乃葉が振り返る。
銀は少し寂しそうに笑っていた。
「でも、 よかった」
木乃葉は目を瞬く。
銀は優しく言った。
「今度こそ、 九条が一人じゃなくなった」
春風が吹く。
桜が、 夜空へ舞い上がる。
数日後。
町には平穏が戻っていた。
人々は何も覚えていない。
少し変わった春祭りだった、 くらいの認識だ。
木乃葉はいつものように学校へ通い、 祖母の神社を手伝っている。
違うのは。
「木乃葉」
隣に、 夜がいること。
教室では相変わらず女子たちが騒いでいる。
「九条くん今日も顔良すぎる!」
「ていうか最近ちょっと柔らかくなってない!?」
木乃葉は思わず笑う。
夜は不機嫌そうに言う。
「何笑ってる」
「別にー?」
その時。
銀が後ろから肩を組んできた。
「はいはい、 リア充爆発しろー」
「銀!!」
騒がしい日常。
だけど。
木乃葉は思う。
こんな普通の毎日が、 きっと一番幸せなんだと。
その夜。
春日神社。
石段へ並んで座り、 木乃葉と夜は夜桜を見上げていた。
提灯の灯り。
優しい風。
どこか懐かしい景色。
夜がぽつりと言う。
「……千年かかったな」
木乃葉は笑った。
「待たせすぎ」
夜も小さく笑う。
その笑顔は、 昔よりずっと穏やかだった。
木乃葉はそっと、 夜の手を握る。
冷たかったその手は、 少しだけ温かくなっていた。
夜は空を見上げる。
桜が舞っている。
そして静かに呟いた。
「……やっと会えた」
木乃葉は頷く。
「うん」
そして笑う。
「今度は、 絶対離さない」
提灯の灯りの中。
千年前、 叶わなかった恋が。
ようやく、 幸せな結末へ辿り着いた。




