131 タルシャの決意
タルシャはマチャール辺境伯の拠点であるウルヒラ城に入り、諸将をねぎらった。
この時、ようやく伯爵身分にふさわしい姿で姿を現した。
「この引きずるマントはどうも落ち着かないものだな……。いずれ、慣れるのだろうか」
皆が息を呑んだ。
気品と美しさと勇ましさをすべて兼ね備えたような、理想的な若い君主がそこにいた。
列席していた俺も感嘆した。
「摂政閣下、貴殿のおかげでこの地位につくことができました。なんと礼を言ってよいか」
タルシャが頭を下げる。
これまで俺のことを呼び捨てにしていたのに、ちゃんとそう呼べるんじゃないか。
「王国はあなたを支えることを誓いましょう。北方の安寧のため、一層の奮戦を期待いたします」
「承知いたしました。心置きなく征西にご出発なされるよう、陛下にお伝えください」
形式的な会話だが、タルシャも俺も楽しんでやっていた。その役になりきるというのも、それはそれで面白いものだ。
「それで、新辺境伯、婿にはどなたを迎えるおつもりでしょうか?」
冗談半分で俺は言った。
「まだ、この地位についたばかりで、そこまで頭はまわりません。ただ、かなうとすれば――」
タルシャは俺の目を見て、笑った。
「息子でも娘でも、摂政閣下のような強い子供が生まれればよいなと思っております」
俺たちの関係をおそらく知らないだろう、重臣たちからも笑い声が漏れた。
これは、タルシャ、本気だろうな。
「摂政閣下、本日はお疲れでしょう。ごゆっくりとお休みください」
その夜は、なかなかタルシャに離してもらえなかった。
「まともに戦もできないままだった。このようなつまらぬ戦の連続では、我の昂ぶった心を冷ますことができない……」
賓客をもてなす部屋に入っていた俺のところにタルシャがやってきたのだ。
居城に入った日から、こんなことをやっているとあまり知られるべきではないと思うが、タルシャは気にせず、俺の体にぴたりとへばりついている。
このあたり、タルシャは自分の信念にも、欲望にも、忠実だ。ある意味、わかりやすい生き方だと言える。
やってることもやたらと激しくて、愛し合っているというより、一生懸命子作りしているという印象だ。
「いや、お前の性格は知ってるけど、さすがにどうにかならないのか? ずっと俺がそばにいるわけにもいかないし……」
俺はあくびを噛み殺しながら言った。いいかげん、寝かせてほしい。移動が多くて疲れている……。
「なんなら、お前と真剣での勝負するのでもいいのだぞ? それでも昂ぶりは収まるからな。しかし、それではお前が命を落としかねないだろう?」
自分が勝つ前提か。まったく、とんでもない女領主だ。
「俺としても、お前を辺境伯にした日にお前に死なれたら、何もかも無茶苦茶になる。そんなバカな話を受けられるか」
「だろう? だから、こうでもするしかないのだ」
文句を言っても聞かないだろうから、俺は嘆息で返した。
少なくとも、信じられる人間に北方を任せることはできた。俺の側に流れは大きく傾いている。
「それに…………どうせなら、我の跡継ぎはお前との子供がいい」
しぼり出すように、ゆっくりとタルシャは言った。
言葉にするのはためらいがあるのか。変なところだけ奥ゆかしいな。
「辺境伯はたんなる善人ではつとまる役職ではない。わずかでも弱味を見せれば、乗っ取られる。命も奪われる……。だから、お前の子ぐらいでないと、きっと断絶するだろう。だから、だから……」
そういえば、オダノブナガがシンゲンの子供について話をしていたことがあったな。
まさにオダノブナガはシンゲンの息子を倒して、その一族を滅ぼしたのだ。
しかも、シンゲンの息子は、オダノブナガの子供との縁組ができないか模索していたという。
もしかすると、無意識のうちにタルシャは俺を求めているのかもしれない。
もちろん、はっきりした答えなんて出ない。ただ、俺がタルシャのことを好きだという事実があればそれでいい。
「わかった。じゃあ、しっかり俺の子を生んでくれ」
何度目かわからない抱擁をタルシャとした。
「けど、絶対に出産の時に命を落としたりするなよ。俺は自分に関わった女を不幸にしたくないんだ」
セラフィーナの職業である聖女の加護も遠方のタルシャにまでは届かないだろう。出産時に死ぬ女の数は決して少なくはない。それはいくら戦場で武勇を誇っても、ありうることだ。
「生きるさ。ここで死んだら、お前の計画だけでなく、我の一族の歴史も閉じてしまうではないか。血族でとてもまとめあげられる者はおらんしな」
タルシャは今、マチャール家の盛衰の責任すべてを自分の両肩にかけている。
それはどんな強く見える人間にとっても、過重な負担のはずだ。ある種、安定した時期の王などよりはるかにつらくて難しい。
俺にとったら、計画は総仕上げに着々と近づいているけど、タルシャにとってみれば今がはじまりなのだ。
大海原での舵取りを任されて、そして、タルシャは俺に賭けることにした。
俺を選んでくれて、ただ、うれしかった。それ以外の感情は今の自分には浮かばなかった。
「タルシャ、必ず、お前を幸せにしてみせる。お前と俺の子の血筋が何百年も続くようにしてやる。もうちょっと待っていてくれ」
「当たり前だ。アルスロッド、新しい王になれ。くだらぬ王朝にとどめを刺すのはお前が最もふさわしい」
戦友の俺たちはベッドの上で覚悟を語ったあと、一緒に声を上げて笑った。
「まずは近隣の領主たちを我に完全に服従させる。北の地で、お前に刃向かう者は一人も出さない。後方の心配は無用だ」
「ありがとう。でも、本音を言うと、お前、もっと戦って暴れたいだけじゃないのか?」
タルシャは笑っていたから図星だったらしい。
GAノベル2巻は11月発売です! それ以降も、アルスロッドの天下統一までは本でもやっていけるかと思いますので、よろしくお願いいたします!




