124 妻との友情
そこまで言われて、セラフィーナの意図が読めた。
「つまり、俺がマウストに引き籠っている間に西征を王とその仲間にやらせてしまえっていうことだな」
「もちろん、旦那様抜きでは軍の数も知れてるから、前哨戦しかできないし、敵のほうも何万という軍は用意して来ないと思うけど」
ハッセだけで操れる王国常備軍と周辺諸侯の兵はどれだけ過大に見積もっても、二万は超えないだろう。それもあくまでも全軍でそれだ。王都に一兵も残さずに進撃することはできないし、緊急事態でもなければ、半分強の動員しかできないだろう。
だとしたら、敵もそれに抗するのに足りるだけの兵しか出してこない可能性は高い。敵の本拠ははるか後方なわけだし、いきなりいちかばちかの総力戦は挑まないはずだ。
セラフィーナもそのあたりのことはよくわかっている。俺も間違っているとは思わない。
「だからこそ、マウストから安心して見ていられるじゃない。一度の敗戦で危急の事態になるということもないだろうし」
「そこで王国軍が連敗続きなんてことになれば、そりゃ、俺のありがたみがわかるだろうけどさ、もし俺抜きで王国軍が勝ち進んだら、その時はどうするんだよ」
前哨戦からハッセが苦戦続きになるという根拠はとくにない。
敵が複数の小さな城砦で時間稼ぎに出ることだってある。後方に中心となる軍を置き、それまでに敵の消耗を強いる時に使う手段だ。その場合、表面上は途中までハッセ軍の連戦連勝ということになる。
そうなると、かえってハッセに権威と権力が集まることにもなる。
しかし、セラフィーナは落ち着いていた。
「それならそれでいいわ。なにせ旦那様の兵は一人も損なわないわけでしょう? ゆっくりと力をためておけばいいのよ。今後の計画を練るには十分な時間がとれるわ。危険人物と思われないし、ちょうどよくないかしら?」
なるほど。王位簒奪の志がないと見せるには悪い手ではないか。
そして、マウストでルーミーと語り合うこともできる。
「ありがとう。マウストに戻るのに気持ちが前向きになった」
「そうよ。これは撤退ではなくて、攻勢なの」
くすくすとセラフィーナは笑ったあと、俺の手をとった。
「今夜は帰らないで。正妻が身重な間はわたしが正妻代理よ」
妖艶な挑発するような目が俺に向けられる。
「わかった。元正妻を愛することにするよ」
俺はセラフィーナを自分のほうに引き寄せた。俺に身を任せた時のセラフィーナは驚くほどに軽い。
そのまま二人でベッドに入った。今日のセラフィーナは俺の肩に少し爪を立ててくる。飼い猫がじゃれているようだと思った。
「古来、王以上の権力を持ちながら失脚した人間はいくらでもいるわ。ここからが大事なところよ。誰もが旦那様を注視しているわ」
「そうだな。俺はとにかく牙の生えてないトラだということをアピールしないといけない。暗殺だっていつも気をつかってる」
「西方作戦がどうなるかわからない間に暗殺しようってバカはいないと思うけどね。ただし、前王の息がかかってる暗殺者は除くけど」
俺もセラフィーナと同じことを考えていた。仮にハッセの周辺人物が俺を恐れても、まだ俺を殺すことはできない。そんなことをすれば、前王派が勢いを盛り返す。
「旦那様は、自分の協力者を増やす準備をしておけばいいわ。マチャール辺境伯サイトレッドの妹も妻にしたでしょう? ずいぶんと奔放な子みたいだけど」
「タルシャだな。あいつは根っからの武人だ。北方人の性質なのか、血の気が多い」
捕虜にしたようなものだったけれど、やけに息があって、軍団の一つを担当させてもいいぐらいだ。その程度には俺も信任している。
「ああいった勢力をしっかりと抱き込みなさい。そしたら、最悪、王家を奪うことはできなくても、そちらに独立国を作れる。前王派と今の王がつぶしあって疲弊しちゃえば、新国家を打倒する力は残ってはいないわよ」
本当にセラフィーナはぺらぺらと構想を口にする。とても閨房の話じゃないなと俺は苦笑する。
「もうちょっと、ベッドの上では艶っぽい話題にできないものか」
「私は覇王の妻になりたいのよ。その夢は今だって何も変わってない。いいえ、むしろ、夢が近付いてきて、わくわくしているぐらい」
ぎゅっとセラフィーナは俺に抱き着く力を強めた。
俺もそれに合わせて、腕に力を込める。
でも、多くのことを語るセラフィーナがまだ口にしてない話題があった。
このまま話さないのもいいかと考えたが、それは不誠実な気がした。政治のことをセラフィーナに隠したことはない。
「ルーミーに子供が生まれたら、セラフィーナの子供を王にするのは、難しくなるかもしれない」
数年先の政治状況はわからない。俺すらわからないのだから、国民のほぼすべてはさっぱり読めないだろう。だから、そんな未来を語るのはあまり建設的ではないかもしれないが――
もしも俺が王家を簒奪した時、王だったハッセ一世の妹婿という立場をとる可能性はかなり高い。
ルーミーの子供は王家の血を間違いなく引いている。セラフィーナとの間の長男よりも、はるかに説得力のある後継者になる。
「痛いところを突かれたわね」
セラフィーナは寂しそうに笑った。ただ、その様子はどことなく、本気ではないようにも見えた。
「私もね、本音を言えば、自分の息子を王にしてあげたいわよ。でも、そんな革命が成り立つと考えるほど、お人よしでもないのよね。いっそ、もっとわがままで周りが見えない性格だったらよかったんだけど」
「すまない。嫌な話かもしれないけど、セラフィーナにはすべて話しておきたかったんだ」
「かまわないわ。その代わり、私はこれからも旦那様のすぐそばで覇業をずっと見続けておくからね。ルーミーやラヴィアラさんよりももっと近くで」
俺はセラフィーナとの間に、友情のようなものをずっと感じている。それはこれからも変わらないだろう。




