116 アケチミツヒデとの対峙
その日は王都に入るのも遅かったので、王には使者だけ送って、後日、あいさつにうかがうと告げて、少しゆっくりとすることにした。
俺は自分の部屋にケララを呼びつけた。
「本日はどういったご用件でしょうか?」
丁寧に頭を下げるケララ。どれだけ高官になっても、こういった挙措は何も変わらない。
「一つ、今日は故実に秀でているお前に尋ねたいことがある。まあ、椅子にでも座ってくれ。立ち話ですますようなことでもない」
静かに椅子を動かして、ケララは着席する。
「かつて、王を経験した者を王族でもない者が討つことは許されることか?」
ケララがさっと顔を上げて、俺の目を見つめた。
「つまり、前王のパッフス六世を殺めるということですね」
「そういうことだ。俺は摂政として陛下に歯向かう者を倒す使命がある。これまでは取るに足らない身分の者だったが、その点で悩むことはなかった。しかし、いかに陛下を苦しめる存在とはいえ、前王はやんごとなき身分だったお方だ。小領主出身の俺が討ってよいのか?」
「少し、失礼いたします」
メモ用の紙にペンでさらさらとケララは名前を書き出していった。それは殺された王の名前のリストだとすぐにわかった。
「過去に王が戦死した事例は五例です。その中で二例は次の王朝に取って代わられたので、滅亡時のことです。残り三例はそもそも相手も王を名乗っていたので、家臣が殺したという例ではありません。なお、かつて王だった方が殺された例はありません」
たしかに前王が流浪の身になっていたなどという話は過去には聞いたことがない。
「そうか。ちなみに前王を殺すことは可能だろうか? それができないなら、捕縛するよりほかに手がない。まあ、捕縛して王都まで連行した時点で、陛下はおそらく処刑を命じるだろうが」
自分の王位を脅かす一族はすみやかに根絶やしにしようとするだろう。過去の対立からしても、生かすとは思えない。甘く見積もっても、まともに生活もままならない離島に流すといったところか。
「摂政が独自に兵を動かすと多少怪しいところがあります。が、摂政とはつまり陛下の代行者です。なので、結局は陛下が前王を倒すことになり、問題にはならないと考えられます」
「なるほど。陛下に追討を命令されたなら、かまわないということだな」
「はい。陛下からの命に従わないというほうがはるかに問題としては大きいでしょうし、これで不忠となることはありえません」
俺は力強くうなずいた。ちょっとしたつっかえが一つ取れた。
「よし! ならば、早く陛下の治世を確立するためにも逆賊を討たないといけないな。今度の敵は大物だが、必ず仕留めてみせる!」
だが、そこでわずかにケララは顔を曇らせた。
俺はそれを見逃さなかった。
「ん? 何か俺の言葉におかしな点でもあったか?」
「いえ……たいしたことではありません」
「ウソをつけ。お前が懸念を持っていることはすぐにわかるぞ。言ってみろ。どうせ、ほかに誰もいないのだから。なんだったら、この場で神に誓おうか?」
まだケララは迷っていたようだが、やがて観念したように口を開いた。
「その……閣下は本当に国土の統一を行ったあとも、サーウィル王国の秩序を守ろうとなさるのでしょうか……?」
俺の表情から笑みが消えた。とはいえ、怒っているわけではない。
慎重にその先を見極めたい。
「言っている意味がよくわからんな。国土が統一されることこそ、王国の秩序の回復だろう。国内で反乱が起きているほうが異常なのだ」
「もし、閣下が摂政として前王とその一味を滅ぼせば、閣下に対抗できる勢力は王国から消えます」
その先をしぼり出すようにケララは言った。
「その時、閣下は王国を譲られてもおかしくないような立場にいらっしゃるのではと……」
ケララはうつむいていた。ケララにしては、明らかに取り乱している。いつも冷静沈着なはずのあのケララとは思えない。
「もっと、はっきり言えばいい。王国の簒奪者になるつもりなのか? そういうことだろう?」
「は、はい……」
だいそれたことなので、ケララは声を落とした。
「では、逆に尋ねる。お前は俺が王になるべきと思うか、それともならないべきだと思うか?」
俺のほうから本心を答える義務はない。あくまでもケララは俺の家臣だ。俺に従わねばならない。
ケララの顔がさらに下を向く。とても視線を合わせられないといった様子だった。
――おい! どうしてこんな危ないことをする!
オダノブナガが頭の中で叫ぶ。
――こんな危険な試し方があるか! この場で斬りかかられても文句は言えんようなことをお前はしているぞ! どうして核心に触れるのだ! この女が過去の秩序を正しいとする性格だったら終わりだ!
オダノブナガ、たしかにアケチミツヒデって奴は守旧的な奴だったかもしれないし、ケララもその要素がなくはないけど、それだけで人間は裏切ったりはしない。
それはこれまで生きてきたなかで感じ取った確信だ。
オダノブナガだって昔のあり方を重んじるためだけに、アケチミツヒデが自分を殺したとは信じてないだろ? 人間はもっと利己的だ。大義だけじゃ動かない。
――それはそうだが……危険があることには変わりはないぞ。
このまま、疑ったままケララを使うのが嫌だったんだ。
なにせ、ケララは俺の妻の一人だからな。
「ケララ、どうだ? これは家臣に対しての諮問だ。お前の意見を言ってくれればいい。様々な意見があって当然だからな」
ケララの頬から汗がぽとりと落ちた。
「私は……この世界の平和のためなら……王となることも可であると考えます……」
ついに、ケララはそう答えた。
「その答えにウソはないな?」
「はい……」
ゆっくりとケララは顔を上げた。
決意に満ちたような目だった。




