112 悪女と聖女
ブランド・ナーハムはアルティアと娘と話をした後、独房で首を吊って、自害した。
ほかの男の親族や重臣たちも謀反の参加に積極的だった者は処刑し、それに異議を唱えていた者や、不利を悟って事前に密告に来ていた者たちを登用することにした。
約束どおり、ブランド・ナーハムの根本の所領だったオルビア県のタクティー郡・ナーハム郡はシヴィークに与えたが、年齢的にシヴィークの直接統治は難しい。シヴィークの重臣を代官として置いて、ナーハム家の旧臣を適宜使いながらの統治ということになる。
とはいえ、まともに民政を考えるのはもう少し後になりそうだ。
これで謀反人の半分はつぶした。残りはミネリア領のエイルズ・カルティスだけだ。
もっとも、危機的状況は俺がマウスト城に戻った時点でなかば過ぎ去っている。ブランドも早期に討ったことで、今からのんびりと反乱に回る領主が出てくる確率はほぼない。
ユッカが側室になって姻戚関係にあるニストニア家は周辺の小さな反乱をほぼ制圧しているし、王都のほうでも王のハッセ自身がまた挙兵して、反乱軍の芽を摘んでいた。
軍事力としてはハッセのことはあまり考慮に入れていなかったが、うれしい誤算だ。考えてみれば、俺が倒れたら、ハッセの権力も崩壊する可能性が高い。現時点では俺たちは間違いなく運命共同体なのだ。
とはいえ、あまり王が兵を率いてその指導力を強めていくと、いずれ俺と対立するかもしれないが、今は反乱を鎮めるのが先だ。
そして孤立しつつあるエイルズ攻めの前に俺は王都から妻の一人を呼び戻した。
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「今になって、わたしと相談することなんて何もないでしょう」
セラフィーナは俺と顔を合わせると、ふぅ、とわざとらしくため息をついた。
「今後、ミメリア領の者が罰を受ける時、その嘆願を行って、最も効果があるのは、摂政の側室であるセラフィーナだからな。それにセラフィーナのいないところで残酷な刑を連中に課して恨まれるのは御免こうむりたい」
セラフィーナは椅子に座ると、横を向いて、わざとらしく右のてのひらで顔を支えるようにした。
「そのことならすでに話しているはず。わたしは旦那様のために戦うわ。わたしは英雄の妻として、この世界が変わっていくのを見たいと言った。その気持ちに変化はないし、それが理解できない実家が滅んでもしょうがないと思ってる。湿っぽいことは、わたし、嫌いなの」
同じことを蒸し返されて、それに実家が滅んでいくのをそばで見るのが気に入らないってわけか。セラフィーナらしくはある。
「じゃあ、本音を話す。これでセラフィーナがムッとするのか、さすがだと褒めてくれるのか、判断ができなかったんだ」
「ああ、本題はちゃんとあるのね。ぜひ聞かせて、聞かせて」
途端にセラフィーナが乗り気になって顔をこちらに向ける。不満顔だったのも、案の定、演技だったらしい。
「カルティス家をひっかきまわすに足る奴に、セラフィーナから『密書』を送ってくれないか?」
俺は率直に目的を告げた。
「君が送ってくれれば、俺が送るよりも効果があるかもしれない。なにせ、セラフィーナが勝気な性格だってことは、実家の総意だろうからな」
つまり、内通者を作り出すのに、セラフィーナの力を借りるのだ。
敵の内部で裏切りを起こさせて弱体化を図るのは戦争の常套手段だ。まして、状況的に俺の側が圧倒的に有利になっている今なら、それはよく効く。
しかし、仮に俺やその家臣の名前で内通を求める書面を作っても、どこまで信用されるかわからない。あとで、そんなものは知らないと内通者を殺すことは容易だ。戦争が決着してしまえば、どうせミネリアのカルティス家は滅亡しているのだから、話が違うと逃げ戻る場所もない。
ならば、セラフィーナの立場から、あなたを助けるために尽力しているから、どうかこのようにミネリアのカルティス家を裏切ってくれと書いてもらうほうが説得力がある。
セラフィーナは、「ふふふ」と最初小さく忍び笑いしたかと思うと、とても楽しそうに笑い出した。
「いいわ、旦那様! そうこなくっちゃ! 力押しでも勝てる敵をさらに確実に叩きつぶす、そういった気持ちでなければ、全国を支配することはできないものね!」
「ひとまず失望されてはいないようで、ほっとした」
俺がやろうとしていることは、妻まで妻の本家を倒すために全力で利用しようということだ。そこまでするかと言われたら、俺も謝らないといけない。
しかし、何もかも杞憂だったらしい。
「そうよね。わたしの実家が滅んでもまだ天下は収まっていない。西側の前国王を奉じている連中を倒さなければ統一もままならない。それなら、一兵でも損なわずに勝たなければいけないわ。今回のことだって過程なんだから」
力強く、セラフィーナはうなずいた。
「任せて。実家だからこそ、手玉にとってあげるわ」
そうやって笑うセラフィーナを見て、俺は思った。
セラフィーナを妻にできて、本当によかったと。
俺は座っているセラフィーナの後ろにまわりこんで、そっと腕で包んだ。
「もし、セラフィーナのことを悪女だとか書く歴史家がいたら、俺が全部ぶっ殺してやるからな」
「当たり前でしょう。私の職業は悪女じゃなくて、聖女なのよ」
得意げにセラフィーナは言った。俺、本当に言い出すまで不安もあったんだけど、そんな心配していたのがバカみたいだ。人間としておかしいと言って、抗議のために神殿にでも引きこもられてもおかしくない策を提案した自覚はある。
むしろ、生き生きと協力してくれるあたり、セラフィーナはなんというか、変わっている。
「エイルズがセラフィーナの嫁ぎ先がなくて悩んでいたと言っていたのを思い出したよ」
常識だけでは、セラフィーナを理解してやることはとてもできないから。
「そうかもね。でもね、変な言い方だけど、わたしは旦那様に本当に感謝しているのよ」
俺の手を両手でセラフィーナはつかんだ。
さっきの快活な様子とは違った、やさしい手だ。
「どうせ自分の一族に幕を下ろすなら、自分の手でやりたいの。けじめとしていいし、どうせ一族を滅ぼしたことを将来悔いちゃうことだって、人間だからあるでしょ。それなら他人任せにする部分は減らしたいのよ」
セラフィーナが俺のほうを向く。
セラフィーナだってもちろん心の痛みはある。それを乗り越えてきただけなんだ。
静かに、俺たちはくちづけをした。
妻を癒すのは夫の役目だ。
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