107 最も簡単な戦い
剣を振って、ブランドの短剣を弾き飛ばした。
ブランドは一瞬驚いていたが、そこでぼやぼやしているほどの愚か者ではない。すぐに身を退いた。
オダノブナガのおかげで、戦場での身体能力は頭抜けているんだ。少しばかり、ちょこまかと近づいたぐらいじゃ止められない。
ブランドが退いたことで敵軍は撤退する流れになっている。
そこに轟音が響く。
鉄砲が逃げる者の背中を撃ち抜いていた。
形勢は完全にこちらの側に傾いた。あとは俺が狩る側だ。
といっても、ここで連中を全滅させるのは無理だ。まずはネイヴル郡を奪還しただけでよしとしないといけない。俺のマウスト城を攻めている敵の別動隊を滅ぼすほうが順序として先になる。
「おケガはございませんか?」
さっと、ケララが俺のそばにやってきた。
「問題ない。それよりもさらに攻め込むから、部隊を整えておいてくれ。どこから攻めればいいか、すべて頭に入っている」
「まるで、自分の領土だから弱点を知っているというより、昔から滅ぼすべき土地だったというようなおっしゃりようですね」
ケララは俺の自信に満ちた言葉が意外だったらしい。
「そのとおりだ。俺はネイヴル城を落とすことを考えて生きないといけない時期があったからな」
いつか兄と戦うべき時が来る、それを俺は覚悟していた。結論から言えば、兄の側が墓穴を掘って、自分から俺を招き入れて殺されたわけだが。
「この土地に思い出はある。しかし、それで剣が鈍るようでは話にならない。敵を討つ」
俺の軍は、敵のブランドの軍が撤退するのに合わせて追撃を行った。
とはいえ、ブランドを殲滅するのが目的ではない。経路はそのようにはとっていない。
どこから攻め込めば、敵の後ろに回れるか、さらに奥へと侵入できるか、すべて予習はできていた。じわじわと敵を後退させていく。
密使を送って、ブランドが拠点にしているオルビア県の態度を決めかねている小領主に対して、俺の側につくよう要請した。具体的にはブランドの領内で軍事行動を起こせと記している。
すでにエイルズ・カルティスとブランド・ナーハムの計画は失敗したとはっきりと書いた。おそらくポーズだけでも、ブランドの領土を攻めてくれるだろう。それで十分だ。ブランドは山深いオルビア県に引っ込むしかなくなる。
その日の夜、俺は郡内の村に逗留したが、もはや敵の退勢は決定的だった。敵の中からは脱出した小領主も現れはじめているらしい。こちらに出頭してきた者もいるほどだ。
ラッパの代表であるヤドリギが俺の部屋に入ってきた。
「エイルズ・カルティス、ブランド・ナーハムの部隊はそれぞれ本拠へ戻っていっております」
「ネイヴル城はどうなっている、ヤドリギ?」
「信頼できる将に城を任せて、その間に逃げていく作戦のようです」
捨て石か。かわいそうに。
「小シヴィークにネイヴル城は三千の兵で囲ませるか。ほか東に進んで、マウストのほうに向かう。俺の家臣で裏切った者がいるからな。そいつらは必ず、処刑する。リストはあるか?」
ヤドリギは役職名と名前とを列挙していった。
一言で言うと、官吏に当たる者が多い。
王都で試験をして、優秀な者が増えたからな。活躍の場を奪われた者が俺に反抗したということか。
「自分たちが無能であることをよくわかっているじゃないか。マウスト城を守っている年寄りのほうのシヴィークに挟撃する旨を伝えてくれ」
「承りました」
「それと……タルシャに部屋に来るように呼んでおいてくれ。それと、一時間ほど経ったら、ケララを、さらに一時間経ったらラヴィアラを」
激しく戦った日は体がやけに熱くなる。
タルシャは昂ぶった心を戦場で静められない時に誰かを求めると言った。俺の認識はむしろ逆で、戦場に出るから心は昂ぶってしまう。
「あまりお体を酷使するべきではないと思いますが」
「もはや正念場は過ぎた。俺はそう考えるが」
「同意します。では、言われたとおりに取り計らいますので」
俺はちらっとヤドリギの瞳を見つめた。
「時間があるなら、お前も俺の相手をしてくれないか。正念場だったというのは本当だ。このままではまったく寝付けそうにない」
その夜は自分の中でも異常だった。
ラヴィアラには「女性のにおいがしすぎます」と叱られてしまった。
●
翌日、俺はマウスト城のあるキナーセ郡に向けて兵を出した。
といっても、すぐに城に入る気はないし、入れるとも思っていない。その間に取り残された敵軍がいる。
どうして取り残されたかといえば、この連中はそもそもマウストの周囲で働いていた官吏や捨て扶持で保護されていた旧領主たちの集合体なのだ。だから、エイルズ・カルティスもどうでもいいと判断したのだろう。
大将こそエイルズ・カルティスの子息であるダッカールだが、エイルズがこの部隊でマウスト城を落とせると考えたかははなはだ怪しい。
あくまでも牽制が目的で、大軍で俺のいる部隊を叩くしかないと考えていたのではないか。
俺が布陣時にはダッカールとその側近たちはすでに逃げ出したと連絡が入った。乗せられた者たちはみんな正式に見捨てられたらしい。
「敵将はすべて殺せ。ただし、降伏した場合は生け捕りでいい。情けをかける必要はない」
マウスト城からシヴィークが兵を出したこともあり、あっさりと敵軍は壊滅した。俺が戦った中で最も簡単な戦だった。なにせ、戦う前から敵が崩れているのだから。
官吏が多かったからか、生け捕られて俺のところに引っ立てられた者の数は想像以上に多かった。俺はそいつらを引き連れて、マウスト城に戻った。
ここまで膿を出すつもりはなかったのだが、出てしまったものはしょうがない。
数だけではかなり多くの者を処刑することになった。
――有能な者がいれば、また使えばいいのだが……あまりそういう者もおらんな。
そういうことなんだ、オダノブナガ。
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