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次の日の昼過ぎにオマール達幹部は会議室に呼ばれていた。
そこでは今後解放軍の動きなどが理論立てて説明され、それに沿って動くようにとリーダーと参謀から言い渡される。
「しかし他の貴族が動くとは思えん」
反論したのはオマールよりも長く解放軍に参加している老年の男で、この屋敷の末席だと言う青年貴族を見る。
「スース殿のように手を貸す酔狂な貴族など、少なくともわしの奴隷生活では会えなかった」
ご指名された青年貴族は肩を竦めておどけて見せるが、隣の参謀に小突かれて背筋を正す。
「確かに多くはありません。ですが、僕の盟友達は必ず協力してくれます」
「今まで何の音沙汰も無かったと言うのにか?」
「彼らは状況を見据えていただけで、見捨てたわけでも日和見なわけでもありません。解放軍なる組織がどう議会に影響を及ぼすか、です」
「ではこれから解放軍は貴族と協力体制になるということか」
「そこですが」
青年貴族はにこりと人懐こい笑みを浮かべる。しかしオマールにはそれがどうにも胡散臭く見えるのは、貴族と言う色眼鏡のせいだろうか。
青年貴族はその笑みで、今はまだ公には出さない方がいいとオマール達に口止めした。
現在貴族間でも解放軍の話が大きくなっており、皆が皆慎重になっていると言う。解放軍に協力しているのが地方貴族の末席に連なるこの青年貴族だからこそ、奴隷増加を目論む王侯貴族に見逃して貰えている状況だ。これが中央の貴族だったら、即刻目を付けられて貴族もろとも拘束されるだろう、と。
「ただ及び腰になっているだけじゃないのかしら」
今度はオマールより年上の女性が不信感を露わにする。それには参謀の横にいた参謀補佐が前に出て応える。
「今この場で証拠を並べることはできませんが、それだけは絶対にないと断言します。決して彼等はぼく達を見捨てない、それだけの覚悟や意志があります」
まだ少年の域である参謀補佐だが、口調の強さから絶対的な自信が伺える。後ろに控える者達も一様に瞳に強い光を宿して頷いた。誰もが信じているということだ。
「…だけど、それだけじゃ俺達、納得できないよ」
少々気弱な男は本音を吐露する。そう、そんな言葉だけで信じて突き進めるほど現状は甘くない。奴隷の、多くの者達の命運がかかっているのだから。
「納得できないのはわかるよ。でも、じゃあ、元の生活に戻るのも納得できないでしょ?」
今まで黙っていたリーダーが、諭すように口を開いた。
「酷いこと、理不尽な暴力、やりきれない怒り…沢山あたし達は見てきたよね。ちょっと気に食わないって理由だけで、簡単に奴隷の身分に落とされて、その先で見てきたのは地獄のような光景だった。だからもう、あたしはそんな生活に戻りたくない、絶対に戻れないよ。条件付きだけど、こうして一度手に入れた自由は手放せない。何があってもこの自由を守るために最後まで戦うよ」
それに、と続ける。
「あたしが戦って、この国の身分制度の何かが変わるならそれに賭ける。賭けるだけの意味は、あると思ってる。皆はどうかな?今のままでいいって思っている人は少ないだろうけど、変えたいって思うなら…あたしについて来て。後悔、させないから」
ぐるりと見渡し、そして言う。
「さっき、うちの参謀補佐は証拠がないって言ったよね?でもあれ、一つだけ、不確かだけどあるよ。貴族があたし達の味方だっていう証拠」
それにざわりと場が騒然となる。泰全とした笑みを浮かべて、リーダーは言う。
「これはここだけの秘密、ここにいる皆が幹部だからきちんと言うけど、口外しないでね?…あたし達の主はとある貴族、それも中央の人間なんだ。だけどスースが言ったとおり、中央の人間が解放軍に絡んでいるって、まだ公にできない」
そう言って、リーダーは右胸に手を添えた。そこに、『誓約』の証がある。
「あたし達の主が、あたし達に言ったんだよ。この国で生きる人間全員の、命の権利を守ろうって、人として自由に生きる道を作ろうって。皆と主が異なるのは、あたし達がその人について行こうって決めたからなんだ。だから、スースを主にできなかった。あたし達に希望をくれて、今も中央で動いている主がいたから、あたし達は解放軍を作った」
迷いのない、真っ直ぐなその姿を見守るオマール達を惹きつけるだけの何かが、このリーダーにはあった。
「決してあたし達は孤立していない。解放軍は、確かに貴族とも…ううん、この国を憂いるどんな身分の人間とも繋がっている。そのことだけは忘れないで」