閑話1
一昨日の作戦は無事終了した。
主だった二人の拘束、『誓約』の委譲、奴隷達の解放といった作業を終え、一同は拠点に戻っていた。
解放軍に参加する唯一の貴族コルベール家の別邸にて、夜中になっても光が落ちない部屋がある。
日中は人が集まり会議を開く場所でもあるそこに残るのは、黒縁眼鏡をかけたニルスだった。今も難しい顔をして何かの書類を読み込み、かつかつとペン先で机を叩く。
「おやま、難しい顔してるねぇ、参謀さん?」
きぃっと音を立ててその部屋に入った人影は、ひょいと机に向かうニルスの顔を横から覗き込む。その明るく笑う解放軍のリーダーとは逆に、相手の表情は硬い。
「この間の作戦で、少々気になることがありましてね」
「へえ、何々?」
「最近の士気の低下、キアラはどう思います?」
険しい表情で話題を振られたキアラは、うーん、と悩む。
「多少の浮き沈みは人間ですから許容していたのですが、どうもよくない雰囲気が蔓延しているような気がします」
「多分、色々考えちゃってるんじゃないかな」
「色々、とは」
「この先どうなるんだろーとか。目標の無理さ加減に気づいてると思う」
「…この解放軍の、ですか」
「そうそう。解放軍の目標は『奴隷を開放するぞー!』でしょ?それで、今までそんなこと考え付かなかった人たちにとっては眩しい希望の光に見えたんだと思おう。で、実際悪い貴族や裕福な平民を懲らしめることができて満足してた。やればできるじゃん!って。これが第一段階」
人差し指を立てたキアラは、次に、と中指を立てる。
「だけどそれが当たり前になりつつある今、今度はじゃあ、その先はどうなるんだろうって考える。するとさ、頭打ちになっちゃうんだよ、きっと」
「新たな『誓約』を恐れて平民に戻ることもできず、結局貴族に怯えることしかできない生活しか思い描けない、と」
苦い顔をするニルスに、そうだねーとキアラは頷く。
「こんなこと続けて何になるんだろうって考えちゃうんじゃないかな」
「愚かですね」
「そう言えるのは、あたし達が先を信じられるからでしょ?」
キアラはにこりと笑って諫める。
「解放軍がまだ、たった数名だったころは皆が皆、全員しっかりした道筋を描けていたよ。だけど、人が増えれば増えるほど見えにくくなった。…ううん、終着点までの道筋を、他の人に見られるわけにはいかなかった」
「計画のとおりです」
「そうだね、だから皆の悩みは当然のことだよ。最後まで見せられないけど、ちゃんと道はあるんだよって、あたし達がきちんと導かなきゃいけない。…本当の光を見せてあげられないのが、とっても悔しいけどね」
困ったように笑うキアラは、脳裏にその光を思い描く。
「少なくともあたし達はこの計画が無謀なものじゃないって理解しているし、信じている。だけど、ついて行く人にとってはきっとても不安なんだよ。だからこれからは、その不安を抱える皆とも向き合わなきゃいけない」
「少々面倒ですね」
「そんな渋い顔しないでよ参謀殿」
「俺の領分じゃありません」
「初期メンバーとして頑張ってもらいたいんだけど?あの人も、それを望んでいるだろうし」
それにぴくりと反応するニルスは素直だ。
「……やりましょう」
「相変わらずの主馬鹿だなぁ」
「当たり前です。主様は俺の希望であり、唯一の人です」
「はいはい、ぶれないねぇ」
「ぶれることなど在り得ません」
「あはは、ちょっとはその一途さ、報われると良いね」
そうキアラは苦笑して、あんまり根詰めないようにと忠告してからその場を去る。
「報われる…ですか」
キアラの残したそれに、ニルスはふっと笑う。
「既に報われてますよ。主様は、壊れた俺の心を掬い上げたんですから」




