第壱章 十ヶ郷
……まぶしい
……日の光なの?
……そして、わたしは誰?
翌朝、少女が目を覚ますとそこは見慣れない部屋だった。
同時に壁らしきもののほうから話し声がした。
「参ったものだな。頭領は連れ戻せなかったうえに、鬼が郷の近くに現れたという話だ」
「私も信じられんが、実際にそいつを斬っているんだ。現実として信じるほかないだろう」
「だがなぁ……」
襖の向こうでは孫三郎ともう一人が昨夜の出来事について話し合っていた。
加藤勝四郎、雑賀家の家臣の一人にして孫三郎の親友である。
勝四郎がため息をついた直後、襖とともに少女が倒れてきた。
「す、すみません……」
「しかし、お前にしてはいい土産を連れてきたものだ」
「そういう言い方はないだろう」
勝四郎は孫三郎が連れてきた少女の格好を見ながら、感心してみせる。
昨夜の鎧のような物を纏った姿と違い、孫三郎達と似たような服に着替えさせられていた。
「この格好は一体……?」
「すまんな、そなたが寝ている間に女中へ命じて着替えさせた。母上の形見だが、今はそれしかなかった」
「いえ、なんか気に入りました」
「そういえば、自己紹介がまだだったな。私は雑賀孫三郎、隣にいるのが友人の加藤勝四郎だ」
「よろしくお願いします、孫三郎様、勝四郎様。ただ……」
急に少女の顔が曇る。
「わたし、誰なのかわからないのです」
「それは確かか」
「はい……」
「参ったな、少なくとも名が解ればいいのだが。ひとまず呼び名を考えるか……」
孫三郎は少し考える。
「そうだ、沙也可でどうだろう。少々安直かもしれないが」
「いえ、ありがとうございます。見ず知らずのわたしをここに置いてくれることも含めて」
少女……沙也可にとって孫三郎の優しさはまぶしいものだったかもしれない。
そのとき、家臣が一人駆け込んできた。
「失礼します、頭領はどちらに」
「兄上なら、もう郷に戻らないとの意思を示された。当面は私が代理を務めよう」
「では、孫三郎殿。見張りよりの報告です」
孫三郎が昨夜命じた通り、入り口を警備していた足軽達は火を焚いて警備を強化した。
孫三郎の言っていた鬼は現れなかったが、別の勢力が現れたという。
それは数年前より仲が悪くなっていた、隣の郷の勢力だったという。
「まずいな、織田と仲のよかった頭領不在が知られれば……」
「少なくとも、雑賀の主導を取り戻しにかかるだろう。向こうの先代との件もあるからな」
「それに加えて鬼への対応。付け入る隙は十分だな」
「万が一のことがある、すぐに戦の準備を進めよ。警備の者達は引き続き警戒を怠るな」
「はっ、直ちに」
孫三郎の指示を受け、家臣は去っていった。
「戦……、ですか?」
「どこでも起きている時勢だ。つい最近まで、近江の信長殿が天下人とされていた頃は多少安定していたのだが」
孫三郎はため息をつく。事実、数年前は石山の合戦にて彼の属する雑賀衆は織田氏と敵対する側として参加をしていた。しかし合戦終結後、兄の方針変更により雑賀衆のうち十ヶ郷の勢力は織田に協力するようになった。
その後、当時反織田派として一帯の主導を握っていた隣の郷と対立し、相手の先代頭領暗殺という最悪の事態を引き起こした。結果、これが周辺との仲が悪くなる原因ともなってしまった。
「そんなことが……」
「あまり事を起こしたくはないが」
「孫三郎殿、合戦の準備が整いました」
「よし、行くぞ。沙也可殿はここで待っていてくれ」
孫三郎達は戦場へ向けて軍を進めて行った。




