序章 異国の少女
天正10年
紀州雑賀 十ヶ郷
既に深夜を向かえているなか、雑賀孫三郎は森を郷に向けて歩いていた。
その様子は、がっくりと肩を落とし寂しげであった。
頭領を務めていた兄が郷を発つと言ったのは今朝のことだった。
本能寺にて明智光秀に討たれたという知らせを受けたのが数日前。そこから既に行動がおかしかったのかもしれない。
家臣達が懸命に説得を試みたものの、既に意思は硬かったようで止めることはかなわなかった。
夜になり、郷はさらにあわただしくなった。
孫三郎の兄が突如として姿を消したのだった。
思い当たる節のあった孫三郎は紀の川にて待ち伏せをし、最後の説得を試みた。
だが、結果は先述の通りである。
失意のまま帰路につく孫三郎であったが、その途中で妙な物音を聞いた。
「あれは?」
物音のするほうに向かうと、銀髪の少女が一人で倒れていた。
少女は鎧のような物を身につけていたが、この国のものではないと思われる。
「うう……」
何かにうなされているようだ。
夜もかなり深い。孫三郎はひとまず屋敷へ連れて行こうとしげみを抜けた。
「そなた、うなされておられるか」
「っ!あなたは……」
「この近くの郷の者だ。ここは女子一人では危険だぞ」
孫三郎は少女を引き起こすと、怪我の有無を確認した。
幸い、怪我はないようだ。
「この辺りは獣も多い。今夜は私の屋敷に泊まるといいだろう」
直後、辺りを遠吠えのような聞いたことのない音が取り囲んだ。
気づけば周りを鬼のような者達が二人を囲んでいる。
どうやら、獲物として認識されたようである。
「っ!」
「待て、ここは私が相手をしよう」
孫三郎は少女を制し、刀を抜く。
敵は一瞬たじろぐがすぐに向かってきた。
その手には三ツ又の槍を構えている。
「ひとつ、ふたつッ!」
孫三郎のかけ声とともに、二体が切り捨てられる。
さらにもう一体が迫っていた。
「やぁあえィッ!」
迎撃するかたちで突っ込んで来た一体を始末すると、孫三郎は少女の手を取り郷へ向けて走りだした。
後から、敵も追ってくるが振り向いている暇はない。
ひたすら走り続けると、郷が見えてきた。
郷の入り口を抜け、ようやく足を止める。
振り向くと、敵は既にいなかった。なんとか、撒くことに成功したようだ。
「なんとか、助かったか」
「孫三郎殿、どうされました」
警備の足軽が二人に駆け寄った。
「火を焚いて警備を固めろ。鬼が現れるかもしれんから、応戦するんだ」
「鬼……にござりまするか?ご冗談を」
「私が冗談をいう言う人間に見えるか、すぐに警備を固めるんだ」
「はっ、直ちに」
孫三郎に命じられた足軽はその場を去った。
嫌な予感しかしない。その気持ちを反映するかのように雲も怪しく流れていた。
その横では、よほど疲れていたのか少女が寄りかかるように眠っていた。




