最終章 これから始まる…… 7
「さあてと。もうすぐで追いつく頃だぜ」
数時間後、レンは船首の像まで駆け寄り、前方を眺めた。目の前には真っ暗な大海が広がっている。ディルは闇の中でよく目を凝らした……何かが空中に漂っている。それからすぐ、お馴染みのエンジン音と、あの騒がしい声が聞こえてきた。
「おい、ユンファ! もっと後ろへ寄れ! 前に来るな!」
「冗談でしょう? 定員三名の戦闘機に六人も乗ってるんですよ!」
「大丈夫よ。ギルファが落ちてもすぐに拾ってあげるから」
「ユンファの本名はギルファって名前だったわけ? あんまり変わらないじゃない」
「だから、私高い所苦手なんだって……もっと低く飛べばいいのに……」
「すごい、すごい! みんな仲がいいのね!」
やがて、ディルははっきりと見た。ホワゾンドープにしがみつく六人の姿を。操縦桿を握るジェオ。その横の座席には、レーインクァ国で活躍する歌手のシルヴァが座っている。ジェオの結婚相手とは、なんと、戦地で支援活動をしていたシルヴァのことだったらしい。その後部にごちゃごちゃとしがみ付いているのは、ユンファとアルマ。そして……ルーシラとラフェリだ!
「俺が朝のうちから全員をかき集めておいたんだ。俺とディルの出発を見送らせるためにね!」
ディルの驚倒した表情に向かって、レンは誇らしげに言った。南十字座への祈りが、まさかこんなにも早く届いてくれるなんて、ディルは夢にも思わなかった。そして、今はただ、仲間たちと再会できた喜びで胸がいっぱいだった。
ディルとレンを乗せた空飛ぶ船がホワゾンドープに近づくと、歓声と罵声とSOSが同時に鳴り響き、その小さな機体がグラグラと揺れた。
「やっと来やがったな! ディル、おめでとう! お前ならいつか世界を旅するカッコいい男になると思ってたぜ!」
操縦桿を片手でうまく操作しながら、ジェオはもう片方の手を振り上げ、やたらと嬉しそうに言った。
「ディルさん! きっとまた会いましょう、世界のどこかで! その時は旅の思い出話を聞かせてくださいね!」
尾翼に全力でしがみつきながら、ユンファの夢見るような顔が言った。
「あーあ。もう少しでギルファが海に落ちるところを見物できたのに……。あ、ディル! あんたは世界一の兵士だって、あたしは認めてるよ!」
頭にターバンを巻いて、ポケットだらけの商人服を着込んだアルマの楽しげな声だった。
「久しぶりに地上へ出てきたのに、まさかこんなことになるとは思わなかったわよ! レン、ディル! 今度ヴァルハートに帰ってきたら覚悟しときなさいよ!」
相変わらず全身真っ白で、相変わらず眉間にしわの寄ったルーシラは、朗らかな笑顔でそう怒鳴った。
「ディル……いつまでもあたしのこと守っていてね! あたしのこと忘れないでね! それと……今度ヴァルハートに帰ってきたら、またデートしようね!」
ラフェリが顔を真赤にして言うと、周りからひやかしの声が上がった。
「レンさん! 約束どおりサイン入りのレコード持ってきたんだけど、どうやって渡せばいいのかしら?」
シルヴァの言葉にジェオは呆れたが、みんなは腹を抱えて笑った。
みんなあの時のまま、時間が止まっていたかのように、何も変わっていなかった。ディルはあまりの嬉しさで、声を出すことができなかった。たくさんの仲間たちがこんなにも傍にいてくれる。そして、いつも自分を思ってくれている。みんなの笑顔が、たくさんの勇気をディルに与えてくれている。
『僕は何を恐れていたんだろう?』
ディルはそう思いながら、みんなに手を振った。
別れの挨拶ではない。始まりの合図だ。
「さあ、ディル、再出発だ! 目指すはまだ見ぬ新大陸!」
みんなの笑顔が去って行ったあと、レンは水平線の遥か向こう側を見つめながら、力強く指を差した。東の空がだんだんと白み始め、今日という新たな一日の始まりを告げていた。
ディルはトワメルから受け取った剣を鞘から取り出し、東の空に向かって高々と掲げた。刃にキラリと反射した決然たる勇猛な表情が、見つめ返すディルに向かってかすかに微笑んだ。
「たまに走ったり、立ち止まったり、振り返ったりしながら、生きていくんだ。未来と呼ばれる、僕たちのおとぎ話を完結させるために」
『明るい未来を……僕も信じてる。未来という名の時間の中に存在する、ほんの小さな希望が、きっと僕たちを待ってくれているんだ……。レン……カエマ女王は最後に、“ありがとう”って、僕にそう言ってくれた。だから僕は、歩んでいくよ。カエマ女王が僕に残していった明るい未来を、僕はみんなと一緒に歩んでいくんだ。これから始まる僕たちの未来と一緒に、その、ほんの小さな希望に向かって』
これから始まるおとぎ話 〜完〜
最後まで読んでくださった読者様、まずはお礼を言わせて下さい。
本当にありがとうございました!
内容の方はお楽しみいただけたでしょうか?
この小説は、2006年2月〜2006年8月にかけて制作したもので、僕が人生で初めて手掛けた長編ファンタジーです。
まだまだ至らない点がかいま見え、お恥ずかしい限りですが、僕が魂を込めて作り上げたこの作品は、大切な宝物です。
一章のあとがきにも書きましたように、この物語には姉妹編があります(続編ではありません)。
読んでいて気付いた方もいると思いますが、「これから始まるおとぎ話」には数々の謎が残されたままです。
その謎を解き明かすべく、続いて姉妹編も読んでみたいという方、そちらの作品もアップしましたので、是非足を運んでみてください。
姉妹編なだけに、どちらの作品から読んでも楽しめる内容になっております。
何だか商売文句が並び始めたようなので、そろそろ終わりにした方が良さそうですね^^;
くどいようですが、「これから始まるおとぎ話」を読んでくださって、本当にありがとうございました!
今度は姉妹編でお会いしましょう!