第1話 令嬢のお楽しみ
「ローザ様、聞いてくださいませ」
真剣な表情の女性が私の前に座っています。
ここは、お城の中のとある部屋。
普段は人の気配はなく、ほぼ忘れられた場所でした。
……ええ、ほんの数ヶ月前までは。
◇
筋肉質の俺様マッチョに、強引に引き寄せられたい……。
いえ、内気な紳士が、躊躇いながら手を伸ばすシチュエーションも、捨てがたい……。
『ローザ、君は僕だけの物だよ』
……私、ローザ・リードリッヒは、前世の記憶があります。
ただ、その記憶は、恋愛小説に限定されたものでした。
前世の私は、恋愛小説をこよなく愛していたようなのです。
いやはや、まったく役に立たないことを覚えていたものです。
貴族の令嬢の私には、溢れる恋愛小説の記憶を生かす場面などありません。
役に立たない前世の知識は、やがて妄想のネタになり、次第に様々な妄想をする楽しさに目覚めてしまいました!!
時間に余裕があるのをいいことに、
今日も庭園で、ダージリンを飲みながら、妄想にふけっていました。
二杯目をいただこうとした、その時です。
「ローザ様、ちょっとよろしいでしょうか?」
「あら。リリー、どうしたの?」
突然話しかけられ、素早く妄想を振り払いました。
メイドのリリーは、キョロキョロと周りを確認すると、私のすぐ横に来ました。
「実は、相談がありまして……」
「なにかしら?私でよければ聞くけれど」
脳内で妄想していた後ろめたさで、精一杯微笑みながら答えると、リリーは、ほっとしたように言いました。
「紅茶を仕入れるお店に、ちょっと気になる人がいるんです」
「ローザ様は、恋愛の達人だと聞きました。親しくなるのに、よい方法はありませんか?」
恋愛の達人??
誰がそんなことを言ったのでしょう。
頭の中では、あんなことや、こんなことを考えていますが、恋愛経験は、皆無なのです。
はっ!!
もしかして、恋愛の妄想話をメイドたちにしたのがいけなかったのかしら?
きっとリリーは、そこにいたメイドから話を聞いたのでしょう。
しまった、調子にのって話さなきゃよかった……。
後悔しても、どうしようもありません。
私は、恋愛小説の知識を引っ張りだしました。
「そ、そうね……。親しくなるには、挨拶が基本よね」
頼られると、何とかしてあげたい。
そんな性分の私は、なんとか知恵を絞りました。
「挨拶ですか?」
リリーが、首をかしげました。
「そうよ。気持ちの良い挨拶ができる人は、好印象なのよ」
「それから、意外性よね。あなたは、いつも一つでまとめた髪型をしているけれど、おろした髪型も似合うと思うわ。髪をおろして薄化粧をしてごらんなさい」
「それから、眼鏡。眼鏡を、お店に入ったらさりげなく外すのよ。そうね、『目が痛いわ』みたいな感じで。いつもと違うあなたにドキッとするに違いないわ」
そう。それが恋愛小説の定番よね。
日頃考えていた恋愛の妄想を、心置きなく出せることに楽しさを感じてしまい、慌てて自分にストップをかけました。
こ、こんな感じで大丈夫かしら?
ちらっとリリーを見ると、パッと晴れやかな顔になりました。
「ローザ様、ありがとうございます!私、頑張りますっ!」
リリーは、元気よく帰っていきました。
良かったです。どうやらアドバイスになったようです。
飲みかけたダージリンを手に取り、また妄想に戻るのでした。




