13. 遺物と侍女の心
迎賓館でリゼルとダグと話していると、「国王陛下がお呼びです」との連絡があった。
2人とも顔を青くして、早く行ってください! とのことで、想定より早めのお開きとなった。
ああ、朝に侍女長が商人がどうたら言っていたなあと思いつつ、クラリスはすぐに王宮へと戻ってきた。
侍女に案内された先は、広い応接間。
個人的な買い物なら白百合離宮まで来てくれるのだが、こういうお父様お母様絡みの時は必ずここで行われる。
広い部屋にはお父様とお母様と侍女長に、見覚えのない商人が2人と、従者がちらほら。
通常こういった場は王妃に任されるというか、男性はあまり興味を示さないらしいのだが、クラリスが来る時は必ずお父様も来てくださるのだ。
そして、大きな机の上全てに商品が並び、置ききれなかった物は床に豪華な敷物、その上に見事な箱、それが見渡す限りずらーっと並べられていた。
すっごい壮観。
虹色に輝くランプは、西方で最近流行りのやつかな。あ、あっちにはアクセサリーがいっぱい。きらっきらしてて、遠目からでも眩しくなっちゃいそう。
うわ、あれすごい布! 花が施されすぎてて、もはやお花畑って感じ。あ! あれこの前食べた美味しいやつ!
クラリスがはしゃいでいると、お母様が優しく声をかけてくださった。
「クラリス、待っていましたよ。今回はまた背の伸びたクラリスに、特別なプレゼントを用意しています」
「うわ、楽しみです! す、すごいですお父様、お母様! また一段と! きらきらで豪華なものが!」
素晴らしい!
こうして眺めているだけで、幸せが溢れだしてくる。
特にクラリス、きらきらした物が大好き。
高級な宝石みたいなのだけじゃなくって、そこらへんの石とかも好き。
クラリスが興奮していると、商人が深々と頭を下げ、挨拶を始めた。
「畏れ多くも高貴なる王女殿下におかれましては、本日もお健やかで何よりに存じます。私、北方より参りました、ゴールドクロウ商会を率いております、オロンと申します。後ほど私めから品物のご紹介をさせていただきます。まずは、国王陛下、王妃殿下のご用意なさった、王女殿下のためだけの至極の品をご覧ください」
そう言い終わるとオロンは恭しくお辞儀をし、後ろで待機していた従者が何やら素晴らしく豪華な箱を持ってきた。
片膝をつき、横に待機している。
開けろ、ということだろうか。
一瞬お父様とお母様の方を見て、頷かれ、箱に手をかける。
中に入っていたのは、深い赤色の分厚い、たしかベルベット生地だったかな、のドレスと、淡いモモンチョス色――ピンク色のデイドレスが1つ。そして完璧に合わせられた赤や透明に輝くアクセサリー類、また一段と豪華なティアラ。
1つ1つが素晴らしい。クラリスの大好きなキラキラが生地に練り込まれ、遠くから見るとまた違った輝きを持ちそうだ。
大興奮しながら見ていく。お父様もお母様も、心なしか商会の人も嬉しそう。
そして、次に見えたのが。
「これは……ローブ? でしょうか」
青と緑と紺の間くらいの、シンプルでだぼっとしたアウター。
今までクラリスが着たことのないタイプの服装だ。
手に取り困惑していると、お父様が説明を始める。
「……クラリスももうすぐ城を出る、身分を隠して行動することもあるだろう。だから、少しでも安全にと願いを込めて、旅のローブの、最上級のものだ。これは……父と母の、お前にしてやれる精一杯だ」
「お父様、お母様……ありがとうございま――え、めちゃいっぱいある?」
「ふふ、クラリス。状況に応じて色々な身分のローブが必要かと思いまして、ありったけのものを作らせましたよ」
手渡されたローブの下から、また別の色・形のローブが出てきた。その下にもまた別のもの。
修道女っぽい白いものや、物語の中の魔女みたいな帽子つきのもの、果ては金の輝く糸で織られたきんぴかりんまで。
す、すごい! どれもこれも新鮮で可愛い!
数が多すぎて、今すぐにでもファッションショーが開けそうだ。
クラリスの身体は1つしかありませんけども。
……いやまあ、そんなものなのかな。もうわかんない。意外と無駄だと思ったものが使える時がくるかもしれないし。
丁寧に1つ1つの感想とお礼を伝えた。お2人の満足そうなお顔が見れたのでクラリスも嬉しいです。
そんなこんなで、商人が気になる品物を紹介していく時間が始まった。
全体的なイメージとしては、冬物が多いかな? って感じ。まあ北の方の商隊さんらしいしそんなものかな。
最も惹かれたのは、伝説上の魔法都市ティスランの名を冠した、宝石や小物たち。
「こちらはティスラン印、北方の山脈の頂でしか取れぬという『竜の血』と呼ばれる宝石にございます。光の加減で赤以外にも紫、青にも輝きを変化させます……殿下の溢れる高貴さをより引き立てるペンダントとして仕立ててはいかがでしょう」
「まあ……とても綺麗……」
クラリスが感嘆を漏らした瞬間、横で検分していた侍女長ヘレナがすっと前へ出た。
綺麗なものが好きなクラリスに、なんでも買っちゃいそうな父母。そこで舐められないようにだろう、ヘレナの冷ややかで厳しい視線がオロンに注がれる。
「素晴らしい輝きですわね、オロン殿。ですが、殿下が召すには少々大ぶりで悪目立ちしそうでございます。あとティスラン製のものが多く見受けられますが、どこまで本物なのか、些か疑問に思ってしまいますね。そのあたり、どうでしょう?」
「ええ、ヘレナ様のおっしゃる通り、最近は偽物が多く流通し市場で騒ぎになりました。なればこそ、です。我がゴールドクロウ商会はその面子をかけ、目利きに魂を注いでおります。こちらに並ぶ品々、たしかに本物の輝きと断言させていただきます」
ヘレナに続き、お父様の側近文官の1人が眼鏡の奥の目を光らせ、口を開いた。
「そちらの竜の血、でしたかね、中で色が切り替わるそのタイプの石は欠けが非常に出やすいものばかりだと記憶しておりますが、どうなのですかね」
「ええ、これと似た蒼紅石などでございますね、刺激を加えなくても割れるとよく言われます。こちらもたしかに比較的割れ・欠けが出やすいような種類。たしかな強度をお求めなら、こちらの大真翠石などがぴったりかと思われます」
「殿下のお召し物は赤や桃色などが多いので、そちらの色は使いにくそうですねえ」
「ほう、最近の王都競売の相場からかなり額が上乗せされていそうですが、何かこだわりのポイントなどがあるのですか」
クラリスはどう見ても舐められやすいので、こうして毎回過保護なガードがついてくる。
ありがたいことです。あと商人さん頑張れ。心の中で苦笑する。
ふと、机の端に置かれた、まだ明けられていない無骨な黒い木箱に目が留まった。
「あの、あちらにある小さな黒い箱、何が入っているのですか?」
「ああ、あちらでございますか……申し訳ございません殿下、目利きに自信のある我々でもあの品は鑑定不能なほどの珍品といいますか……」
「えぇ余計に気になる。ちょっと見せていただいてもいいですか?」
オロンが恐縮しながら開けた箱の中には、中が空洞――いや水でも入っているのか、ふよふよと宝石の浮かぶ薄汚れた玉。
玉の周りには謎の部品が上と下から伸びている。なんていうんだろ、階段の手すりの端っこみたいなデザイン。
ぴんときた。これたぶん、遺物だ。
オロンが遺物を知らないのか、これを遺物だと気づいていないかは分からないが、遺物の価値はとても高いとリゼル殿下は繰り返し言っていた。
ふんなるほど、ここがクラリスの腕の見せ所ってやつだ!
「ふーん、なんかふよふよしてて面白いね……これ、お部屋に飾ろうかな」
あくまでちょっと変なもの見つけたみたいな顔して、指でつつく。
侍女長もお父様の側近さんも、あきれたような困ったような顔でクラリスを見てくる。まあたまにはいいか、なんてそんな顔。
オロンはぱっと表情を明るくし、かしこまりました、と箱を移動させた。
……成功、かな!
これはいいぞ、また今度リゼル殿下とダグに自慢しよう。
あれもこれも買おうとするお父様お母様を止め、だけどやっぱり綺麗なものは買っちゃって、なかなか楽しそうにする2人を見て嬉しくなっちゃったりして。
あっという間に買い物は終わった。
商人が丁寧にお礼を言って、場は解散となった。
「……あのお方、遺物をご存じかもしれない。探るためにも、『アレ』を離宮までお運びするんだ」
「よろしいのですか、会長」
「ああ。もしかしたら、この国のものを回収できるやもしれん。もちろん必要ないものは殿下にお売りする。双方勝ちの素晴らしい状態に持っていくだけだ……魔眼だしな、不思議ではない」
「うーんたしかに」
気の良さそうな商人は、先ほどまでとは違う鋭い眼光でこっそりと呟いた。
外へ出ると日がだいぶ傾こうとしていた。クラリスは急ぎ足で医務室へと向かう。
ミレアのお見舞いだ。調子が良さそうなら、明日から復帰の手筈。
今日は渡したい物もあるし、いつもよりさらにるんるんで王城を駆ける。
クラリスの小さい身体じゃスピードもたかが知れてるので、特に騎士たちも注意はしてこなかった。
医務室の奥、重厚なドアを勢いよく開けたクラリスは、目を丸くした。
「ミレア! ミレア、気分はどう……って、あれ?」
「で、殿下。どうしてここに」
ベッドの上でしおしおと寝ているはずのミレアが、あろうことか姿見の前でナイフを振り回していたからだ。
クラリスに気付いたミレアは跳ね上がり、手に持った複数のナイフを背中に隠して直立不動になった。
その頬にはすっかり健康的な朱が差し、瞳にもいつもと同じ輝きがある。
完全に全快の顔つきだ。ひとまずはよかったね。
「……調子はどうか見に来たけど、その様子なら大丈夫そうだね。邪魔してごめんね」
「殿下待ってください。これはほら、殿下をお守りするための護衛術の練習で。決していい感じのポーズを探ったりはしていなくて」
「あは、もうミレア嘘だよ。私のために騎士の領分まで習得してくれたんでしょ? そんなの感謝でしかないよ。実際ミレアのナイフ捌きはすっごい上手だしカッコいいし」
専属侍女といっても通常はせいぜい護身用の短剣やナイフを1本持つのみ。戦うのはもっぱら騎士の仕事。
だが、ミレアは専属侍女としての仕事に加え、クラリスを守るためにと剣の扱いまで覚えたというのだ。
しかも結構強いらしい。クラリスの前でおいそれと刃物を振り回すことはないため、ほとんど見ることがないのが残念だが。
噂では、剣での真っ向勝負では力負けするからと、暗殺者にナイフを教わっているらしい。本当ならめちゃめちゃカッコいい。クラリスそういうの大好き。
「顔色も良くなったね。なんなら前より元気そう。ダグと色々あった時はどうしようかと思ったけど……あ、そうそうミレアにいっぱい話聞いてもらいたくてさ、けどそれは明日だね。今日はどうしてもこれだけ、ミレアに渡したくて」
ミレアはダグの名を聞くと「なぜ殿下が呼び捨てを?」なんて言いたそうに片方の眉がぴっと上がった。
まあ、ミレアから見た印象は最悪なまま止まってるだろうしね。それは後々本人に時間をかけて誤解を解いてもらうとして。
クラリスは胸ポケットから遺物――吸魔球を取り出し、ミレアに渡す。
「殿下、これは?」
「吸魔球っていう遺物だって。リゼル殿下にいただいたやつ。これがあれば、魔力を吸ってくれるから耐性のない人でも1人だけ一緒にいられるらしくて……うわなに、え、大丈夫? やっぱり体調悪かった?」
ミレアが固まり、そしてぎゅっと寝具に縮こまった。
クラリスが心配していると、ミレアが首を大きく横に振り、ゆっくりと喋りだす。
「いいえ殿下……これが、これがあれば私も殿下と共に、これからも一緒にいられるのですね? 本当に、殿下と離れることになったらどうしようと思って……私……」
「うん、そうだよ! だからミレアさ、私がゼルスに行くことになっても、ついてきてくれる……? もしミレアがそんなところに行きたくなかったら何とかするからさ、えっと」
クラリスが口をもごもごしていると、ミレアは周りを見渡し、誰もいないのを確認する。
ここは医務室奥の個室。部屋の外には騎士たちが待機しているが、近づいて小声で喋れば会話の中身までは聞こえないと判断したのだろう。
ミレアはクラリスの手をぐんと引っ張り、顔があわやぶつかるかと思うところまで近づくことになった。
「……クラリス、私はクラリスと一緒がいいの。これは1つしかない? 耐性ない人も何人かは行けるの?」
「1個だけ。すごく珍しいものだってリゼル殿下がおっしゃってたから、もうないと思う。だから途中までは騎士たちもついて来るだろうけどさ、ゼルスに入ったら確実に残れるのはダグだけだよね」
「そう……クラリス、私さ、こんな時にこんなこと思っちゃうのは不謹慎かもしれないけどさ……これを貰えるのは私だけってことだよね、ちょっと……いや結構、嬉しいかも」
ミレアは困ったように無邪気に笑う。
「これを貰った時にすぐミレアの顔が浮かんでさ、でも受け取ってもらえなかったら、行きたくないって言われたらどうしようって思ってちょっと不安で……ありがとう、これで本当に場所がどこになろうと関係ないや! だってミレアがいてくれるんでしょ? 最強で最高じゃん」
クラリスもくししと笑い返した。
「当たり前でしょ。私、結構強いからね? クラリスは知らないだろうけど」
「知ってるよ! エレノア姉さますら『クラリスの子じゃなかったらウチに来てほしかったわ』って言うほどだし」
「ふーん、ごめんけどクラリス以外にお仕えするぐらいなら冒険者にでもなるかな」
万が一にでも城の誰かに聞かれたらおおごとになるような発言。普通に言うもんだから、笑っちゃった。
ミレアって結構大胆でさっぱりしているというか、他のどんな令嬢とも違う面白さがあるよな。
そこまで言うとミレアは少し後ろに伸びをして、クラリスと近かった顔を離した。秘密のお喋りは終了みたい。
「それでは殿下、お陰様で体調は万全、明日より復帰予定です。この度は大変ご迷惑をおかけいたしました」
急にいつもの専属侍女が戻ってきて、おかしくてまた笑う。
静かな医務室は、深い愛に満ちた温かな空気に包まれていたのだった。




