第3話 静かな訪問 ― 崩れゆくルート
断罪の翌朝。
王都の人々は、昨日の一件をまだ噂していた。
「リオネル王子が“悪役令嬢”を庇ったらしいぞ」
「まさか、あの顔だけ王子が?」
「いよいよおかしくなったんじゃ……」
そんな中、当の本人は、静かに馬車に揺られていた。
目的地は、アンリエット・ド・ベルモンドの屋敷。
(昨日のあれで、どれだけ話がややこしくなったか……まあ、知ったことじゃない)
窓から差し込む朝陽に、金髪が淡く光る。
その顔だけは、誰が見ても“王子の顔”だ。
だが――
その表情に、昨日までの空虚な笑みはなかった。
アンリエットは、邸の応接室で待っていた。
断罪のあと、ほとんど眠れなかった。
それでも、いつも通り完璧な姿で王子を迎える。
……はずだった。
「突然の訪問をお許しください。昨日の“儀式”の件、少し話をしたくて」
「儀式……ですか。断罪と呼ばずに、ですか?」
リオネルは微笑んだ。
柔らかく、けれどどこか寂しげに。
「断罪って言葉、好きじゃないんです。罪を決めるのは“人”で、赦すのも“人”だから」
その言葉に、アンリエットは息をのんだ。
この王子、いつの間にそんなことを言うようになったのだろう。
いつもは、気取って笑うだけの“飾り”みたいな男だったのに。
(顔だけはいいと思っていたけど……今日は、なんだか違う)
「アンリエット嬢。僕のせいで貴女の名誉を傷つけた。……本当に、すまなかった」
そう言って、彼はテーブル越しに深く頭を下げた。
それだけで、心臓が跳ねた。昨日は一人称が私だったのに、僕に戻ってるのも効果をなした。
「……っ! お顔をお上げください、王子がそのような……!」
「顔は上げたほうがいいですか? よく言われます、“顔だけはいいんだから”って」
アンリエットは、思わずびっくりした表情を出してしまう。
慌てていつものおすまし顔に戻す。
「……それは、貴方の顔が、あまりに完璧だから…」
「でも、“顔だけ”って言葉、結構痛いんですよ」
リオネルは肩をすくめた。
だが、その眼差しは真っ直ぐだった。
まるで彼女の奥を覗くように、静かで温かい。
「だから、顔だけじゃないってところ……少しずつ見せていけたらいいなって。
昨日、君の涙を見てそう思ったんです」
「……リオネル様……」
アンリエットの胸が、静かに波打つ。
この人は、何故こんな風に話すようになったのか。
昨日までの彼は、ただの“噂通りの王子”だったはずなのに。
(どうして……どうして、こんなにキュンとするの!?)
アンリエットの耳から首にかけて、朱く色がさした事をリオネルは見逃さなかった。
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その頃。
マリエル・フロレンスは、自室の鏡の前でため息をついていた。
「どうして、あの人が庇うの……?
あんなの、シナリオにないのに……!」
彼女の瞳には、確かに焦りがあった。
そしてその奥に、ほんの少しの――
嫉妬のような色が混じっていた。
(リオネル王子……ただの“顔だけ王子”だったのに。
昨日のあの声、あの笑顔、どうして……)
マリエルは、自分でも気づかないまま、
“攻略対象外”の男に、心を乱され始めていた。
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「……リオネルの動きが妙だな」
王宮の奥、アーロン王子は書類から目を上げた。
完璧な顔立ちが、わずかに冷たく歪む。
「弟が女の涙にほだされたとでも言うのか。……ふん、愚かだ」
だが、その声には焦りが混じっていた。
弟が“愚か”なままでいるはずがない――そんな予感が、胸の奥をざわつかせていた。
「……監視をつけろ。あいつがどこまで動くか、確かめてやる」
その命令が、新たな波乱を呼ぶことになる。




