第2話 悪役令嬢アンリエットの涙
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確固たる証拠も、なく、憶測だけで始められてしまった、なんとも御粗末な
断罪の儀が終わった後。
大広間にはまだ、ざわめきが残っていた。
人々は皆、手の平を返したかのようにアンリエット・ド・ベルモンドを“罪人”のような目で見ている。
真紅の髪、白磁のような肌。
気丈に振る舞う彼女の背筋は、まるで折れそうなほど細い。
だがその姿勢だけは、決して曲げようとしなかった。
「……マリエル様。」
その声は静かで、震えていない。
けれどリオネルには、わずかに滲む痛みが見えた。
(あぁ、これが……“悪役令嬢”か)
前世の王族として、何度も見た光景だった。
政治の駒にされ、誤解され、名誉を奪われる少女たち。
けれど、この世界では“悪役”の烙印一つで終わりにされる。
リオネルはゆっくりと歩み出た。
人々の視線が彼に集まる。
本来なら、ここで黙って退場する“愚王子”のはずだ。
だが、今の彼は違う。
「アンリエット嬢。君が泣いて謝る必要はない」
その声は、驚くほど穏やかだった。
大広間に、ざわりと波が立つ。
マリエルが驚いたように振り返る。
アーロンの瞳が、わずかに冷たく光った。
「リオネル。お前は自分が何を言っているのか、分かっているのか?」
「もちろん、兄上。私の婚約者が理不尽な視線に晒されるのを、黙って見ていろと?」
「理不尽だと?」
「ええ。――私が不甲斐なかったのは事実です。けれど、アンリエットが罪を犯したわけではない」
堂々とそう言い切る王子。
侍従たちが息を呑み、マリエルは言葉を失った。
「え、……どうして、庇うの?」
マリエルの問いに、リオネルは優しく微笑む。
その笑みは、彼女の心に一瞬の“ノイズ”を走らせた。
まるで、世界が少しだけ違う色に変わるような――。
「簡単ですよ。僕は、彼女の涙を見たことがないんです。
泣かない彼女が泣いたとき、それが“真実”かどうか、確かめたくなるでしょう?」
その瞬間、アンリエットの瞳がわずかに揺れた。
いつも凛としたその瞳に、ほんの一滴、光が滲む。
「……貴方は、何を言って……」
「泣かないでください。あなたが泣くと、私の“罪”が一つ増える気がしますから」
そっとアンリエットの頬に触れ、微笑むリオネルの(イケメン)顔に
場内が息をのんだ。
誰も、何も言えなかった。
“馬鹿王子”のはずの彼が、まるで物語の主役のように、
空気を支配していた。
アーロンが冷笑を浮かべ、
マリエルが戸惑い、
アンリエットは――胸の奥に、何かが落ちる音を聞いた。
(……何、この人。どうして、こんな風に笑うの……?)
それは、恋の始まりにして、
このゲームのルート崩壊の序章だった。




