逃げるか戦うか
「……あんた等……こんなひなびた孤児院でなんちゅう話をしてくれてんだい……?」
ミランダの呟きにミスカとガンスも動き出す。
「……え?もしかして企業間戦争が起こるって事なん?」
「今の話やったらもう引き金は引かれてるんとちゃうか?後はどのタイミングで大火になるかっちゅう所やと思うが……」
喜多野マテリアルエリアをメインに活動して来たミスカ達も企業間戦争の経験は無い。
先ほどの話の内容ではただの小競り合いでは無く本気の陣取り戦争が行われようとしてると解釈できた。
「ラルフ、知ってたのか?」
シドがラルフに視線を送り聞く。
「……ええ、キクチからある程度の話は……」
シドの問いにラルフも認める。
「だからトウサカ都市には行くなって言ってたのか……」
「とは言え、今すぐどうこうと言う話ではありません。キクチに連絡すればすぐに情報は取締役会にも届くでしょうし、喜多野マテリアルも調査は進めているハズです。この情報が伝われば直ぐにでも防衛に動き出すでしょう」
普通に考えればこの情報のみで喜多野マテリアルが動くことは無い。
しかし、事前にこの都市には喜多野マテリアルの諜報員が入り込み調査を開始している。彼らの報告と合わせれば確度の高い情報と判断され、直ぐに部隊が派遣されることになるだろうとラルフは予想した。
「でもさ、山脈のモンスターの件はどうなんだ?あっちはあっちでかなり大変な事になってそうだけど」
「……それもありましたね……」
ダルニア都市とバハラタ都市の東方。エルドー山脈とデッドラインの交差点には南部の強力なモンスターが溢れ出し、今もその場に留まっているらしい。
そのモンスターをどうにかしなければダルニア都市に集められている執行部隊や常備兵達を動かすことは出来ないだろう。
そこでミスカとガンスがこの都市が喜多野マテリアルに独立性を訴えている部分を指摘する。
「この都市に喜多野マテリアルの軍隊を受け入れる気があるかどうかやで?」
「商人は中立。そう言い出すのが目に見えるんやが……」
ミスカ達はこの都市の視点に立って考えてみる。
企業間戦争は文字通り企業同士の戦争だ。どちらかの勢力に商人が加担する事は多くない。懇意にしている企業に対して援助を行う事はあるが、戦力事態を提供する事はほぼない。
ダゴラ都市でスタンピードが発生したとき、強力な武装を施されているトラックやトレーラーを持つ行商人達は、戦う事はせずに素早く逃げ出していた。
その構図と同じである。
「その言い分が通りますか?この都市も喜多野マテリアルの尽力で建設されているはずですよ?辺りの汚染を取り除き、ミッドガルエリアとの玄関口を作るという名目でかなりの戦力が投入されたはずです。その場所を任されたのが企業では無く、商人たちであったと言うだけです。
この都市が所属しているエリア管理企業は喜多野マテリアルなのですから、防衛隊の受け入れは当然の義務のはずです。
それに、この都市を巡っての戦争であるなら、直接的な被害を被るのはこの都市の施設や住民たちです。中立という言葉でミサイルや砲弾を防げるはずもないでしょう」
ラルフの言った通り、この都市は喜多野マテリアルが建設に大きく関わっていた。
商人たちが自分達の力で1から作った都市では無い。しかし、現在では商人の発言力が非常に強く、ブックマンと言う大陸全土に根を張る組合も絡んできており、反発の恐れがある。
下手をすればトウサカ都市の意思決定機構が無抵抗でミッドガルへ付く可能性も考えられる。
その事をミスカ達は気にしている様だが、ラルフの考えは違った。
今の喜多野マテリアルにとって、トウサカ都市の商人やブックマンといった組織はそれほど重要では無くなっている。
商人が重要視されるのは、他のエリアで発掘された遺物を自分達のエリアに持ち込んでくれるからだ。
北方や東方にある未だ多くの遺跡や高度な技術で製造されているモンスターの死体。
そこに使用されている高度な技術を南方の企業に届けてくれる。
それこそがこのエリアでの商人の価値を担保している大きな理由であった。
しかし、今の喜多野マテリアルは北方や東方の新技術を欲しがる理由が薄れている。
セントラル地下シェルター、それにダルニア都市。
あそこには未だ現人類が到達できない技術が山ほど眠っており、その教材すらも手に入る。今更商人に気を使って動くかどうかも怪しい遺物を運んできてもらう必要など無い。
物流が止まってしまうと言うデメリットはあるが、そこは自分達で物流企業を立ち上げればいいだけ。運搬能力も空間拡張技術を応用すれば今の行商人達より多くの物資を短時間で運搬することも可能である。それらの技術は、既に小規模で実用化されているのだから。
もしトウサカ都市がミッドガルエリアに靡くと言うのなら、喜多野マテリアルは都市毎殲滅する算段を付けるだろうとラルフは考える。
「トウサカ都市の運営とか防衛は俺達が考えなくてもおっちゃんやキクチが何とかするだろ?問題は俺達がどうするかだよ。戦争が起こるまでこの都市に居るのか?」
ラルフが物騒な事を考えていた時、シドが現実的な問題を提起する。
此処にいるのは少数のワーカーチーム、行商人、そして孤児院の運営者だ。都市や戦争の行く末を考えた所で意味などない。
自分達が巻き込まれないようにするにはどうしたらいいのか?その一点だけを考えれば良いのだ。
「そうですね。至急キクチに連絡を取り、情報交換を行います。我々が持っている情報以外にも何か判断材料を持っているかも知れません」
ラルフは端末を取り出すとポチポチと文章を打ち込み始める。
「私らも動く事考えなあかんか……」
「賠償金はどうなるんや?このままうやむやにされたら堪らんゾ?」
「そこは心配ないでしょう。交渉相手はトウサカ都市では無くブックマンです。この都市を起点に交渉しているだけですので、場所が変わっても話し合いの継続は可能です。ブックマンとのやり取りはお二人をメインに私も参加させて頂きたく思います」
「それは助かるわ。私等だけやったらなんやかんやで減額されそうやからね」
「お任せください」
端末でキクチに上げる報告書を作成しながらミスカ達に笑顔を向けるラルフ。ブックマンへの攻撃の手を緩めるつもりなど一切ない。
<子供たちはどうなるのでしょうか?>
そこにイデアから念話が届く。
行商人であるミスカとガンスや、ワーカーであるスラムバレットは自由に都市間を移動できる。
その為、企業間戦争が起こるのであればこの都市から逃げだせばいいだけだ。しかし、この孤児院に所属する者達は違う。
ミランダやエミリー、それに20人ほどいる子供達は移動手段すらない。
親がこの都市にいる子供たちは親に任せればいいが、孤児としてこの施設に登録されている子供たちは確実に巻き込まれる事になるだろう。
タイラントであればギュウギュウ詰めになれば乗れないことは無い。ミスカ達の大型トレーラーならば余裕で乗せることが出来る。しかし、この都市から逃げ出して新たな生活基盤が築く事は用意ではない。
<う~ん……連れて逃げるって言っても簡単じゃないよな……>
<聞いてみよっか…>
「ミランダさん。他の都市に移るって事は出来ませんか?」
ライトがミランダへと尋ねる。
紫煙を大きく吸い込んだミランダは、それを吐き出しながら首を横に振った。
「無理だよ。アタシは中央から出て来た鼻つまみ者さ。企業が支配してる都市でラミリス教の施設が運営できるわけがないからね。この都市はそう言った意味でアタシには都合が良かったんだよ……そのせいであのボンクラ共の拠点もこの都市の近くに有るみたいだけどね……」
商人たちは企業よりも中央に甘い。
自分達が割を食う事がほぼ無い為だろう。そのせいでトウサカ都市には中央崇拝者達が寄ってくる事にも繋がっているらしい。
「そもそも足が無いしね。あの人数を運べるような車も無ければ護衛も雇う金もないんだ。戦争が起こったらこの施設で小さく丸まってるしかないだろうね」
やはり移住は無理だとミランダは答える。
移動だけならどうとでもなる。シド達はこの都市を出てダゴラ都市に戻る予定なのだ。
あそこは喜多野マテリアルの完全な影響下にある。
あそこまで行けば中央崇拝者や他企業からの攻撃にさらされる事は無い。しかし、移動した後の生活までは面倒を見る事は出来ない。
<ならば、本格的な企業間戦争にこの都市を巻き込むことを阻止するほかありませんね>
<そんな事俺達に出来るか?唯のワーカーチームだぞ?>
<状況によります。キクチからゴンダバヤシに連絡が行き、早急に喜多野マテリアルの軍団がこの都市を包囲すればティアーズが攻め込んでくる可能性は低くなるでしょう。
それに、いま私が追跡しているクズ共の発言内容に無視できないものがありました>
ラルフは端末から顔を上げずにイデアの言葉に反応する。
<それは?>
<近々大きな作戦を控えていると言っていました。その作戦とやらがティアーズが攻め込む口実になる様に仕組まれている可能性です。
その場合、クズ共を一掃すればティアーズがこの都市に攻め込む口実を消滅させることが出来る上に、中央崇拝者の存在を表に出せば喜多野マテリアルがトウサカ都市を包囲する口実にもなります>
イデアの考えはこの様な物であった。
ティアーズはかなり前から企業間戦争を計画していたのではないか?という物である。
現状を鑑みた完全な推測であり、証拠など何もない事を前置きしてイデアは語る。
ティアーズの目的がマキョウの言う通りエルドー山脈を管理区域に取り込む事が目的だとすれば、このトウサカ都市とバハラタ都市の攻略は不可欠である。
それを前提に考えれば、デッドラインを超えてモンスターがバハラタ都市の東方に姿を現した事と、トウサカ都市で中央崇拝者の活動が活発化している事にも意味が生まれてくる。
バハラタ都市をモンスターに攻撃させ、トウサカ都市では中央崇拝者にテロを起こさせる。
それが原因で両都市に壊滅的な被害を出させれば、喜多野マテリアルの統治能力に疑問を突き付けることが出来、その状況を準備万端なティアーズが解決すればこのエリアを喜多野マテリアルから毟り取る事が可能となる。
南方に位置するカナエ都市が崩壊したのもこの作戦の一環ではないか?とイデアは推測したらしい。
<この推論には穴がありますし、証拠もありません。しかし、可能性としては無視できないと私は考えます>
<……確かに確定的ではありませんが……状況だけを見ればそう考えられますね>
<マッチポンプここに極まれり……な考えだけどね>
<……それならなんでディスパー達はこの都市の近くで撃ち落されたんだ?下手に騒げば露見する可能性もあるだろ?高速飛行艇を攻撃されたからおっちゃん達はトウサカ都市に諜報員を送り込んでるんだよな?>
<その行動がこの推測の的中率を上げているのです。この作戦が成功するには喜多野マテリアルの目がトウサカ、バハラタに向いていない事が条件となります。しかし、喜多野マテリアルはミリタリービルの完全攻略を宣言しました。そうなれば、大部隊がバハラタ都市周辺に展開される事になる。その可能性を探る為に高速飛行艇の行き場所を確定させたかったのでしょう>
<ならもう失敗してないか?ダルニア都市はもうガッチガチに固められてるだろ?>
<そうです。しかし、この規模の動き出した作戦を止める事は非常に難しい。強行する可能性も大きいと考えます>
<………今は推論の穴を塞ぐ議論では無く、戦争を止める。もしくは小規模に抑える議論を行う時です。それで?イデアはどう小規模に抑える積りですか?>
<この都市を攻撃する為のトリガーの1つを潰す事が先決かと考えます>
<……中央崇拝者ですか……>
<彼らが行動を起こす前に殲滅出来ればティアーズがこの都市に乗り込んでくる口実を減らせます。もう1つの理由は我々ではどうにもなりませんが>
<もう1つ?>
<はい、この都市の意思決定機関がティアーズによって買収されている場合です>
商人であるなら金で付く側を決める可能性もあるのでは?とイデアは考えている様だ。
確かに、その場合であればワーカーに出来る事など無い。
だが、中央崇拝者だけならば可能かもしれない。
<トウサカ都市攻撃を止める事は出来なくても、遅らせる事は可能かもしれません。我々が行うのは喜多野マテリアルがこの都市に駆け付けるまでの時間稼ぎです>
戦争は止められない。ならば、喜多野マテリアルの防衛体制が整うまでの時間を稼ぐ。その可能性に賭けて行動しようとイデアは言う。
<……ワーカーの仕事ではありませんよ>
ラルフは一応苦言を呈した。この程度でこの2人と1体が止まることは無いと分かっていても。
<それでも中央崇拝者は潰す。あいつらも俺らのホームに爆弾撃ち込んだ連中と同様のクズみたいだからな>
<ボクも同意>
シドとライトにも中央崇拝者を見逃す理由にはならなかった。
殲滅を前提に動いているイデアは言わずもがなである。
<私は調査を続けます>
<ああ、ラルフはキクチに報告。俺とライトはここで待機。今はこの流れでいいか?>
<あ、ボクはワーカーオフィスに行って長距離通信を借りてくるよ>
<ん?長距離通信?>
<うん、万が一の為の保険?みたいな感じ>
<それなら私も行きましょう。報告書の容量が大きくなるのでしっかりとした設備がある方が都合がいいですし>
念話会議終了。時間は1分ほどであった。
「孤児院の事はミランダさんの判断に任せるしかないけど、最悪逃げ出す算段はしておいた方が良いと思いますよ?」
ライトの言葉にミランダは苦笑いを浮かべて答える。
「はっ……アタシ等を受け入れてくれるようなところがあればね……」
そんな所などこの都市以外に無い。
ミランダの表情はそう語っていた。
「ラミリス教を捨てないといけないからですか?」
「そんまモンいらないよ。体にべっとりと張り付いたヘドロみたいなもんさ。捨てられるなら捨てたいくらいだね」
「なるほど……わかりました。ちょっとボクはもう一度ワーカーオフィスにいってくるよ。長距離通信を借りてくる」
「それなら私も行きますよ。今日の報告書は分厚くなりますからね」
ライトとラルフは席を立ち部屋から出ていく。
その背中を見たミスカとガンスも席を立ち、万が一の為に準備をしてくると同じく部屋を出て行った。
「……さて……俺は何をしようか?」
特にやることが無いシドが呟くと、キッチンの扉が開き、そこから顔を出したエミリーがシドに声を掛ける。
「シド君?でいいかな?……手が空いてるなら晩御飯の支度を手伝ってもらってもいいですか?」
先ほどまでの話を聞いていないエミリーは普段通りであった。
「ああ、いいよ」
エミリーの言葉に頷いてシドも席を立つ。
エミリーと共にキッチンへと消えていくシドの背中を見送ったミランダは、新しい煙草に火をつけ深く紫煙を吸い込んだ。
「スーーーー………フ~~~~~……………どうしたもんかね………」




