発達障害の悩みの頻度と深刻さ
発達障害の悩みを打ち明けると、障害の理解が薄かったり、物事の深刻さを理解していない人は決まって次の言葉を言います。
「悩んでいるのはみんな同じ。それぐらい自分も経験した」
そして「だから耐えろ」に続きます。
騒音が苦手→誰だってうるさい音は苦手。みんな悩んでいるんだから耐えなさい。
仕事が覚えられない→新人の頃はみんな同じ。
そのうち覚えられるようになるから、今は我慢が必要。
整理整頓ができない→私だって片づけるの苦手。そんな人多いでしょ?
手先が不器用→世の中には手先が不器用な人もいっぱいいるから心配するな。
おわかりですか?
この回答はなんの解決にもなっていないのです。
確かに発達障害の悩みの多くは、一見すると一般的にもよくありそうなものです。
しかしながら、「頻度」と「深刻さ」が違います。
たとえば、仕事が覚えられない。
社会人になりたてのころは何もかもが未体験ですから、覚えるのに時間がかかります。
ですが経験を積んでいくうちに学んでいきます。
ところが言われたことをメモできなかったり、すぐに忘れてしまうとしたら?
当然ながらいつまでも仕事を覚えられず、自己肯定感は下がっていく一方です。
仕事を覚えたい。でも短期記憶が弱いから、話を聞くのに精いっぱいで内容をメモすることができない。紙に書いたものや映像なら何度でも見返せるだろうし、すぐに覚えられるのに。
何度も同じミスを繰り返し、仕事は覚えられないし迷惑をかけてしまう。
何かいい解決方法はないかな、どうすれば自分は人の役に立てるのだろう?
誰か助けて―。
「仕事が覚えられない」の裏にはこれだけ多くの言葉が隠されているのに、相談した人にそれを読み取る能力がな、単なる経験不足で一蹴されると、悲劇です。
整理整頓ができないも同じです。
仕事が忙しく、ついつい部屋の片づけが後回しになってしまった。
これ自体はよくある悩みです。
でも、物事の優先順位がつけられなかったり、片づけ方を知らなかったとしたら?
当然、ごみはたまります。
何を捨てていいのか判断できないし、方法もわからないので行動することができません。
整理整頓もできないので部屋の中は常にグチャグチャで何がおいてあるのかわからない。
いわゆる汚部屋状態で生活もままならない。
どこに置いたのかわからないから探すのに手間取って大変だし、自己肯定感も下がる。
単なる「時間がなくて掃除ができない」という話ではありません。
「優先順位がつけられない。気が散る。方法もわからない」というレベルなのです。
ここまで追い詰められて悩んでいるのに「よくある話」扱いをされたら――悩みの出口が見えません。
相手の悩みをしっかりと聞き、その背景にある真の悩みを読み取り、適切な対策と助言をしてあげる――ここまでして初めて問題の解決までたどり着きます。
非常に難易度が高いとは思いますが……
近頃は発達障害の認知度も高まってきましたが、個人的な実感として悩みの感覚に対する溝はまだまだ埋まらないのかなと考えています。




