第九十四話
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そのビンタは避けられるはずだった。魔力を纏っていたりなど、特別なビンタでは無く、普通のビンタだったのだから。
だが、避けられなかった。理由は単純明快。母さんが、後ろから抱き付いて来たから。そして、ジョゼにビンタされるなんて、毛ほども想定していなかったから。
「え?」
思わず、呆けた声が漏れる。
「甘えたかったのよね?」
「え?い、いや……」
パァァァァンッ
再び小気味良い音が響いた。
「甘えたかったのよね」
「……」
パァァァァンッ
「甘えたかったのよね!」
「……はい」
それはもう、確認では無かった。何がしたいんだ?
避けようと思えば避けられる。でも、そうなると母さんの腕を、振り払う事になる。だが、俺にはそんな事出来ない。
「そうよね!寂しかったのよね!」
「……はい」
俺は何の茶番に付き合わされているのか。妙に輝く、ジョゼの顔が直視できない。
そして、ジョゼには周りを見て欲しい。何をやっているのか、と皆が疑問符を浮かべてらっしゃるから。
「まぁまぁまぁ!だったらしょうがないわ!甘えたくなるわよね!」
「……はい」
素直に『はい』と返事するのは、もうビンタは嫌な為。
殴られるのも、蹴られるのも耐えられる。だけど、ビンタだけは耐えられない。上手く入れば痛い、というのもあるが何より、心が痛い。本当に何故か、ビンタは身体よりも精神に作用する。相手が女性ともなれば、尚更。
うん。現実逃避は止めよう。母さんの入れ知恵だ。
俺がどういう風に育てられ、どういう人間になったのか。そんな事まで恐らく話してる。このビンタなんて、反抗期にやられた躾の一つだ。否定を許さないその手管に、俺の反抗期は一ヶ月も続かなかった。
「ふふふふ、私が甘えさせてあげる!」
「……は?」
「さぁ、おいで?」
そう言って、両手を広げるジョゼ。まさか、そこに飛び込めと?無茶な事を仰る。
「流石にそれは……」
「おいで」
「いや、え?あっ、ちょ……!」
俺の意に反して、体がジョゼの方へ進む。後ろから母さんに押されたのだ。思いもよらない、裏切りだった。
それなりに強い力で押され、思いもしなかった展開に、俺の体は上手く動かす事叶わず。ジョゼのそこそこ豊かな胸に飛び込む事となった。
「あん」
「「「「っ!!」」」」
嬉しそうにジョゼが声を上げると同時に、各所から色々な負の感情が飛んできた。
「まぁまぁまぁまぁ!新しい子供が出来たみたいで嬉しいわ!」
「……そうですか」
俺はもう子供じゃない。勘弁してくれ。
「そうだ!ねぇ、シアと結婚しない?そしたら、本当の親子になれるわ!」
「「「「っ!?」」」」
またも、驚きの展開だ。
前回赤ちゃんをねだって来た事から考えると、いっそ不自然だ。何か、嫌な予感もする。なにより、王様が一言も発しないのも不気味だ。
クロエ達は、王妃様の言葉に口を挟む事はしないようだ。
「ちょっと、お母様!?」
「シアは黙ってなさい。欲しいのでしょう?レンちゃ……グレン君の力が。だったら、まずは貴女が覚悟を見せなさいな」
「うっ」
またしても王妃の顔になるジョゼに、圧倒されっぱなしの姫様。俺を鞭で叩いた時や、座ってきた時みたいな、女王様っぽい勢いを出せばいいのに。さっきと言っている事が違う事には、気付いていないのか。
「ジョセフィーヌ様。申し訳ありません。私にそのつもりはありません」
「え?ど、どうして?シアは良い子よ?ちょっと甘い所も青い所もあるけど、聡明だし。何より可愛いわ」
「どうしてもです」
俺の言葉に戸惑い、一瞬母さんに視線を送ると、再び手を振り上げる。ビンタは母さんの入れ知恵だったのかもしれない。
俺はそれを一切気にも留めず、ジョゼを見つめる。
「うっ」
俺は引くつもりが無いという事を理解したのだろう、力無く、手が下げられる。考えが読めない。本当に、俺と姫様が結婚する事を望んでいるように見える。
「うっ」
泣きそうになっているようにも見えるジョゼの姿に、今度は俺が呻く。そして、嫌な空気になった。男共は黙っているだけで、女性陣はどこかピリついている。
今度こそ、と助けを求めて王様を見る。
「……コホン」
咳払い一つ。だが、その一つでこの場の空気をすべて支配した。そこには王がいた。
「戯れはここまでだ。ジョゼも今日は引け」
引っ掛かる言い方だなぁ。
「……分かったわ」
「本題に入ろう。コナー家の一件に関する事だ。皆元の席に戻れ」
やはり、コナー家に関する話をするらしい。そして、後半の言葉は俺達に向けられたもののようだ。素直に席を立つ。その際、母さんの懐に紙を忍ばせる。ちゃんと気付いたようだ。返事はウインク。
元の席に戻ると、俺は姫様とヴィクトリアに挟まれる。物凄く居心地が悪いが、何でもないように振る舞う。今日だけで、胃へのダメージは相当なものだ。
俺が元の席に戻るのを確認すると、王様が口を開いた。
「さて、まずはアリシア達に謝っておこう。済まなかった」
そう言って、王様は頭を下げた。
「おと、陛下……!」
慌てふためく、姫様。俺も少し驚いている。
「儂らはコナー家の闇など、グレンに頼む前から知っておった」
「「!?」」
驚いているのは、姫様とヴィクトリアだけだ。俺も顔だけは一応驚いている。
「奴らの事はずっと前から調べていたからな。だが、上手くいかなかった。密偵などが、悉く処理されておったからだ。夜魔族の手によってな」
そんな感じの話は、ヘレンから聞いた事がある。彼女達は申し訳ない事をした、と反省していたが、今とは立場が違うから気にしなくても良い、と言っておいた。実際、仕方の無い事だったんだし。
「夜魔族の存在に気付いたのは、グレンに頼む二ヶ月程前の事だった。そして、コナー家の闇に関する情報も掴んだ」
恐らく、親父と母さんが来てからの事だろう。時期が重なる。
「そして、儂らは自分たちの手でコナー家を処分する事を諦めた」
「な、なぜ……?」
ヴィクトリアの小さな疑問が、不思議と響く。
「儂の主導でこれに当たれば、それはもう国の意思となる。目的はコナー家を潰す事でも、過程では異なる結果が出来上がってしまう」
「あ……」
「そう。カーネラ王国が夜魔族を排した、とな。それも国王の主導で」
カーネラ王国は種族による差別をしないと公言している。もし、不本意であっても夜魔族を排してしまえば、それは付け入る隙を与える事になってしまう。他国にも、佞臣にも。
どこから情報が洩れるからは分からない。例え、夜魔族の事を隠していたとしても、下手すればそれは明るみに出る。
「だから、諦めた。直接奴らを暗殺する事も考えたが、結局は夜魔族とぶつかってしまうからな」
そこで、王様は一度姫様を見る。
「キャメロンはあくどい事に、英雄としての姿も持っていた。王として、そのような者を無下に扱う事は出来ぬ。だから、アリシアの婚約者にしたのだ。その時は、嫌な感じがする。そんな程度の疑惑しか、持っておらんかったからな。だが、あわよくば尻尾を……とも思った。だから、謝るのだ。本当に済まなかった」
「お父様……」
王として、王女を利用する。それは恐らく、間違っていないのだろう。だが、そこには父親としての葛藤が生まれる。
姫様も、王様の言葉の端々にそれは感じたのだろう。感じ入るように、父を呼ぶ。
「グレンよ、お主には感謝している。お主のおかげで、娘を悲しませる未来を避けられた」
「いえ、姫様が悲しむ姿は私も見たくありませんので」
視界の端で姫様が僅かに、身じろぐ。クロエ達の気配も揺れる。
「それでも感謝する。本当にありがとう」
そう言って再度頭を下げる王様は、父親の顔をしていた。
「……」
黙ってそれを受け取る。今回に限っては、謙遜などは失礼だ。
「そして、お主には深い謝意も示そう。儂はお主も利用したのだから。迷い人なら、何か結果を残す筈、と」
「王としては、当然の選択かと」
「ああ、儂もそれは疑っておらん。だが、一人の人間として謝罪する。娘を守ってくれた大恩人だからな」
「受け取っておきましょう。ですので、それ以上気にする必要はありません。私は気付いていて踊らされていたのですから。これが、姫様の配下として認められる為の試験だという事も、陛下がコナー家の闇に気付いているであろう事も、直接動けない理由も。そして、この件の解決に何が何でも一枚噛みたい事も」
王として、コナー家の闇が明るみに出た時、何も出来なかったなんて恥さらしも良い所だからな。
「……そうか。恐ろしい程に聡いな」
王様は苦笑いだ。
「だから、連絡員という二重の意味での監視の役割を担う人に話を通して、オスカー様を動かして貰ったのですから。私も最初の活躍にしては、得られる名声が大きくなりすぎると思っていたので。利用したのはお互い様かと」
これで良い。嘘の中に真実を織り交ぜる。
これは、即興の茶番。知らない側である姫様達を、納得させるための茶番なのだ。王様の気持ちとかは本音のようだけど、それくらいの真実の方が丁度良い。
「ふっふっふっ、お主とは仲良くやっていけそうだな」
「それは、光栄に御座います」
王様と笑みを交す。一瞬の事だ。
即座に王様の顔が引き締まり、再び口が開かれる。
「さて、今度は本題の方だ」
「「「?」」」
姫様達の首が傾げられる。そうこれは本題じゃない。
「キャメロン・コナーとダリル・コナー。この両名が、地下牢で死んでいるのが確認された」
「「「「っ!?」」」」
奴らの死を知らなかった姫様が驚きからか口を開け、王子様も目を見開く。ユーゴも腰を上げかけ、オスカーの眉が大きく寄せられる。ヴィクトリアは立ち上がっていた。
……ユーゴっていつからいたっけ?




