第三十話
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指輪から手頃なナイフを取り出し、姫様に迫る。
「なにをっ……!?」
「がふっ!!」
二、三歩進んだ所でクロエに後ろから腹を刺され、床に縫い付けられる。こうなる事は分かっていたから衝撃に備えるつもりだったのだが、クロエの気配の無い行動にやや反応が遅れ顔を打った。物凄く痛い。
どうやら彼女は、殺気も気配も完全に殺した上で動けるようだ。見立て以上。暗殺面ではヴィクトリアより優れるか。まあ、俺なら完全に気付かせないけどな!
それにしても鈍ったか?顔くらいもう少しスマートにぶつけられたはずなんだが。幼女達に囲まれ過ぎたかね。
「殺気は無かったのでまだ殺しません。しかし、殺す気が無くとも姫様に剣を向けたのは事実。余計な動きを見せれば首を刎ねます」
流石に首を刎ねられそうになったら躱すしかないよな。久しぶりに本気で演技すとしよう。
「ぐっ…ぐふっ……で、殿下…ご覧の通り……私には殿下を殺す能力はありません……。戦う事は愚か……逃げる事も儘ならぬでしょう……。ごほっごほっ…私には仕えるという事がどういう事か分からないっ……。願わくば……今はそれで納得を……っ!」
嘘の中に真実を混ぜる。それだけで言葉に真実味が増す。
「……クロエ」
「……はっ」
腹から剣が抜けていく。そう言えば彼女何処から剣を取り出したんだ?俺みたいな収納魔道具だろうか。
「ひとまずはそれで納得するわ。今のも不問にしてあげる。ただ覚悟なさい。トリアとの取り引き期限までに、貴方に忠誠を誓わせてみるわ」
「は……はい」
俺にナイフを向けられた時は若干の焦りが見えたが、既にそれは無い。
「誰かグレンの治癒を」
こうして剣で貫かれたというのに、俺を案ずる様子も無い。俺の生死などどうでも良いとかでは無く、クロエの腕を信じているからだろう。
「い、いえ……それには及びません」
指輪から魔法薬を取り出し、飲む。強い苦味が口に広がるが、嚥下すると身体に魔法薬が染み渡るのが分かる。腹の傷が治っていく。
「「「!!!」」」
「ち、ちょっと待ちなさい!」
「へ?」
飲み干しながら触って傷の確認をしていると、姫様の焦った声が聞こえてきた。見れば信じられないものを見たような表情の姫様。クロエは相変わらずだが、周りのメイド達も驚愕に彩られている。
「貴方それ何か分かって飲んでるの!?」
「えっと、魔法薬では?」
「そんな事私にも分かっているわよ!!私が言いたいのは!それが!最高級魔法薬だって事よ!」
ほへ?最高級魔法薬?
…………最高級?
そもそも魔法薬には三つの等級がある。
まず『魔法薬』。一般的な魔法薬で市場に一番出回っている。軽い怪我程度なら完全に治す。価格は銀貨50枚前後。ラベルは赤。
そして『高級魔法薬』。当然普通の魔法薬より効果は高く、それなりに重い怪我も治せる。価格は金貨30枚前後と高くなり、平民には入手が難しくなる。ラベルは緑。
最後が『最高級魔法薬』。文字通り最高級の魔法薬。カール達が麒麟との邂逅後死に掛けていた俺の治療に使ったもの。上手く使えば瀕死の状態から回復させる程で、欠損部位すらたちどころに治る。価格は金貨800枚前後で貴族ですら入手は困難。平民は言わずもがな。ラベルは青。
俺は最高級魔法薬を使った事は無い。使って貰った事はあるが。使った事があるのは『魔法薬』のみ。商会で貫かれた時と毎朝の稽古後、そして今。
そう。俺が使用しているのはごくごく普通の魔法薬のはず。最高級魔法薬を湯水のように使っていたなんて、そんな事あるはずが……。
「赤のラベルは最高級魔法薬の証でしょう!?」
「へ?は?え?」
赤が最高級?青じゃなくて?赤が普通で最高級で?青が赤で緑が赤で赤が青で?あれ?考えがまとまらない。ずっと思考がグルグル渦まいている。
「グレン様落ち着いてください。普通は青、高級は緑、最高級は赤でございます」
「……普通だと思っていた物が最高級だった?え?俺がそんな初歩的な間違いを?いやいやそんなまさか……はっ!?」
ある一幕が脳裏をよぎる。
思い出されるのは商会に来て間もなかった頃、この世界の事について学んでいた時だ。その日は珍しく【麒麟の角】のメンバーが全員来ていた。主に教えてくれるのはナンシーとカールで、ベルハルトは冷やかしだ。だがその日は違った。
珍しく『俺も一つ教えといてやろう。かなり重要な事だ』と言い出した。偉そうで上からなのがイラッと来たが、知らない事を教えてくれるんならと我慢して聞いた。魔法薬に関してだった。
教えてくれた後の筋肉のドヤ顔が物凄くウザかったので、聞いた事を頭に詰め込んだ後は無視する事にしたのだ。視界の端に見えた、何かを言いかけたナンシーとそれを抑えたベルハルトに、苦笑いのカールの姿と一緒に。どうせまた喧嘩だと思ったから。今思えば彼女は教えようとしてくれていたのだろう。嘘を吐かれていると。
つまり、俺はベルハルトに騙されたという事。ナンシーは兎も角カールも共犯。魔法薬は商会でも扱っているのに誰も指摘しなかったのは、商会の人間がグルだったという事。エーミルは勿論、ベンやミラも。いやミラは許してあげよう。彼女は喋らないから。エーミルも許すべきか?彼は俺が騙されているのを知ってて、『最高級魔法薬』を『魔法薬』として気前良く渡してくれたんだし。
取り敢えず主犯はベルハルトだろう。結局、その日しかベルハルトが何かを教えようとはしてこなかった。どこぞで思いつき、カールを引き込み、エーミル及び商会にも根回し。こんなとこか。
「フフフフフフフフ……フハハハハハ、ハーハッハッハッハッハッ」
いい度胸しているじゃないか。良いだろう覚悟したまえ。俺を騙すという事がどういう事か教えてやろうじゃないか。そして本当に騙すという事がどういう事なのかも、その身に教え込んでやろう。
「クハハハハハハッ!」
「ちょっと、さっきから不気味よ」
「はっ!?申し訳ありません。少々取り乱しました。どうやら間違って憶えさせられていたようです」
「はぁ。経緯は良く分からないけど気を付けなさい。最高級魔法薬は貴方みたいに弱い者が持っているのがばれると、力ずくでも奪おうとする者が現れるわ」
ここにはいないと思いたいが、まあ欲は人の眼を曇らせるからな。
「はい、気を付けます」
人目のある所では使わずにいよう。まあ当分は『魔法薬』を使う事になるだろうけどな。監視の人達にも気付かれてなくて良かった。魔法薬を飲む時はラベルを覆うように握る事になる。角度によってはラベルは完全に見えないだろう。いや~、運が良かった。
褒美云々忠誠云々、魔法薬云々の話が終わった所でデザートを持って来てもらう。濃ゆい話をし過ぎた。ここらで糖分を入れないと。
デザートはプリンだ。オーブンと冷蔵庫の魔道具もあるので簡単に作れた。
「これは……!」
「!!」
「おいしい……」
「ぐすっ」
どうやらお気に召したようだ。多めに作ったので、余った分をクロエやメイド達にも食べた貰った。彼女達にも気に入ってもらえたで、中には感涙している者もいる。
「美味しかったわ」
「ありがとうございます」
「カレーにプリン、今日は二品目だったけどまだ他にも出来るのでしょう?」
「はい。他の者は厨房の料理人達にレシピを渡しましたので、彼女達に任せるつもりです。ぶっちゃけカレーを作ったのは私ですが、プリンを作ったのは彼女達なので問題ないでしょう」
未知のレシピでもレシピ通りに作れるなら任せても良いだろう。本職の料理人である彼女達の方が、アレンジなども上手くできるだろうし。後は随時相談に乗ったりして俺は完全に手を引こう。一応ルフィーナが思いがけず俺の物になったので、影響力は残る。
それに俺は、動く肉の調理の方が得意だ。
さあ、本格的にキャメロン・コナーの件に取り組むとしよう。




