第二十九話
ブクマ・評価ありがとうございます。
この部屋に居るのは姫様とクロエ、毒見役のメイドに何かしらの世話をする数人のメイド。そして俺とその監視2名。クロエは彼女達の反応の理由が分かっているから無反応だが、それ以外の俺を除く全員が不穏な空気を漂わせ始める。
ヴィクトリアが居なくてよかった。彼女ならこの時点で既に動いているはずだ。俺をボコボコにせん、と。ちなみに彼女は父オスカーに呼ばれ、王都にある実家の屋敷に帰っている。今頃メイドに頼み込んで運んでもらったカレーを食べて、悔しそうにしているに違いない。『くっ、悔しいっ。でも食べちゃう……!』みたいな感じで。
「い、いえ!毒なんかじゃありません!はい!」
「今まで食べたこと無いくらいにとても……あ、あとは姫様ご自身で」
漂い始めた不穏な空気を振り払うかの様に、毒見役の二人が慌てたように弁明する。
ふっふっふっふ。美味かっただろう。胸を張ってドヤ顔でもしておこう。もしかしたら俺を嵌める為に、知らない所で毒でも入れられたのかと少し焦ったのは内緒だ。
「そ、そう。では改めて……っ!?」
カレーを一口、口に入れた姫様は驚きに目を見開くと黙々と食べ進め始めた。
野菜野菜肉肉肉野菜肉パン浸吃驚!食事にがっつくのは王族として淑女としてどうなのかと思うが、それだけ美味しいという事だろう。作った側としてはただただ嬉しい。あっという間に皿がキレイになった。まぁ。がっついていると言ってもその所作は綺麗なモノだが。
「……美味しかったわ」
「ありがとうございます」
「カレーだったかしら。これは貴方の世界の料理においてどの位置付けなの?」
「……私の世界には貧富の差はあれど身分の差は殆どありません。言うなれば9割が庶民です。その庶民が余程貧しいとかでなければ、当たり前のように口に出来る料理です」
「!?……そう」
マズい事でも言っただろうか。姫様も王族だからコース料理にすべきだったとか。分かるのはカレーとさっきの説明が何か姫様の琴線に触れたという事。
そのまま姫様は何かを考え込んでしまった。
そして、姫様が熟考に入って十数分。何かしらを決意した顔を向けてきた。
「褒美をあげるわ。欲しいものを言いなさい」
「褒美ですか?私は一応奴隷ですし必要ないのですが」
褒美とは。十数分も褒美の事を考えていたのか。
「私は貴方の忠誠が欲しい」
「!?……忠誠ですか」
「だから今考えてみたけど、何も思いつかなかったわ。自ら奴隷になるような貴方に地位は必要ない、でしょ?」
「……まあ」
確かに。後々必要になるだろうからある程度の地位は欲しいが、少なくとも今は必要ないな。
「お金に関してもある程度持っている様だし、何かマフション商会と商談したのよね?こっそり。黙って」
「あははは。……すみません」
黙ってたつもりは無いんだけどな。教える必要が無いと勝手に判断しただけで。どうせ監視とか付いてるし、本気で隠そうとしない限り耳に入るだろう。
「後は、女。だけど貴方はこれにも靡かないのでしょうね。二週間近くここに居て、誰一人そういう目で見られたと言う娘は居なかったわ」
「まあ、この美貌ですし。その気になればいくらでも女の子は寄って来ますからね!あっはっはっはっは」
「……いつも思ってたけど、貴方それほどカッコよくは無いわよ?」
残念なモノでも見るような目が向けられる。
「へ?いやいや、そんなまさか……」
「確かに顔は整っているけど弱そうだし、覇気は無いし。そのせいで幼く見えるし、女々しいし。寄って来ても馬鹿っぽい女だけじゃないのかしら」
コクコク、と周りのメイド達も姫様の言葉に同意する。
「な、なんだと……!?」
え、俺カッコよくないの?幼いころからカッコいいと、イケメンだと言われ思ってきたのだがまさかの勘違い?いや、姫様は俺の顔を整っていると評した。ってことは大丈夫。俺は美形だ。となるとこの世界のカッコいい男の条件は『顔が整っていて、強くて凄い奴』だという事か。
あれ?本当の俺ってめちゃくちゃモテるんじゃないか?それこそ元の世界以上に。最近会ってないけどナンシーはある程度俺の事を知っているから惚れてくれてるんだし。最近積極的なシスターは顔だけで妥協したって所か?失礼に当たるから考えないようにしていたけど、彼女婚期を焦っているような気がするし。エルフだしやはり相当な年齢なのだろうか。まぁ、深くは考えまい。
兎に角、俺はカッコいいという事だな。フハハハハハ。
「……話を戻すわ」
「……はい」
「私には目的があるの。一生を懸けてでも実現させたい目的が。あの時拾った旅人が、迷い人であると報告があった時、狂喜に身が震えたわ。迷い人は何時だってこの世界に影響を及ぼしてきたから、必ず目的実現の糧となってくれると」
「……」
少しだけ佇まいを正し、真面目に姫様と向き合う。
「たった二週間ではあるけども予想以上だったわ。貴方のお蔭でサブリナは大きく変わり始めてる。でもやはりそれはほんの一部。私の目的においてサブリナは、最重要拠点。分かってると思うけど今の貴方には見せられない事の方が多いわ。武力ではトリア達が居る。それ以外では貴方の力が欲しい。だから褒美をあげるわ。欲しい物を言いなさい。私に忠誠を誓ってくれるなら何だろうと用意するわ。私は貴方を手放す事だけは避けたい」
やっぱりあったか目的。一生を懸けて、という事はそれだけ困難だと言う事。
だから考え込んでいたのか。俺を縛り付けるには何が効果的なのか。そして思いつかなかったから直接問うた、と。
確かに俺は姫様を気に入っている。もし今の立場を失っても、陰ながら力になろうと思うくらいには。だが、忠誠を誓える程ではない。だからこの問いには答えられない。
「……買い被り過ぎです。それに、姫様の直感通り私は嘘吐きですから」
誤魔化し、話を逸らす。
「グレン」
「それに忠誠は物では買えませんよ。ヴィクトリアさんやクロエさん、カエデさんや他の娘達。彼女達は褒美の為に忠誠を誓っている訳じゃないでしょう?」
「それは暗に忠誠を誓えるだけの器量を示せと私に言っているの?随分と上から目線で言ってくれるじゃない」
あれ?姫様の様子が……。
青筋が浮かびピクピクしている。雰囲気が先程までとは全然違う。まるで被っていた猫を放り投げたような。
「跪きなさい」
「へ?」
そこには初めて見るアリシア・フォン・カーネラが居た。
分かっている。たった二週間で人の事を理解できる事など少ないという事は。だが……
「聞こえなかったの?この鈍間」
だが、これはいくら何でもありえんだろう。別人じゃないか。今まで強い意思を宿していた瞳は、がらりと変わり強い嗜虐性を宿している。また口元に浮かぶ微笑みも今までの穏やかなものでは無い。
そして何より口が悪くなった。
「クロエ、お願い」
「はっ」
気付けばクロエが背後に回り込んでいた。
「でっ!がっ!」
膝カックンの要領で膝を折られ、強制土下座をさせられる。そのまま背中を強い力で押さえつけられるた。この感触は足で踏まれているようだ。
勿論抵抗する。精一杯加減した全力の力で。
「あ、あれ?う、動かない?んーっ!あはは、そんなバカな。クロエさんちょっと重た過ぎぐぉぉぉ!」
背中への圧力が増す。やはり冗談でも女性に体重の話題はタブーのようだ。
「ふふふふ。良いザマね」
そこで寄って来た姫様の足が置かれる。俺に頭に。
何なんだこの状況は。二人の美女に片や背中を、片や頭を踏まれている。その道の変態共なら喜びそうなシチュエーションだが、俺にそのケは全く無い。
助けを求める意味で動かせない首の代わりに視線を周りのメイド達に配るが、彼女達は一様に顔を逸らしていた。
――ピシンッ
「それじゃあ、オシオキね?」
「へ?い、いや。あ、そんなっ。あ、あ、あ、ああああ――――っ!!!」
「くすん、くすん……」
何か大事なものを失った気がする。
何処からか取り出した乗馬用の鞭で、俺にあんな事やこんな事をする姫様の姿がフラッシュバックする。実に楽しそうな表情。トラウマになりそう。いずれ今日の事を笑って話せる日が来ればいいものだ。
ただ気になるのは、終始違和感しか覚えなかったという事。
さっきまでの姫様は何処かおかしかった。いや、普通に考えればおかしい所だらけなのだが。何と言うべきか。無理していたというよりかは、演じていた?もしくは誰かを真似ていた?
「さて話を戻すわ」
心なしか肌艶が良くなり、スッキリとした表情になった姫様。考え込む俺を余所に、何事も無かったかのように言葉を続ける。
「……」
今考え込む事では無いか。
「私は貴方の能力を気に入っているわ。でもグレンという人間は気に入らない。言葉は空っぽで嘘ばかり、慇懃無礼な態度で敬意の欠片も無い。そして何よりあなたを縛るものが無い」
「……奴隷契約ですか」
今の俺は一応奴隷と言う立場だが、奴隷紋は消え去り契約内容は履行されない。つまり俺はいつでも去れるし、いつでも裏切れる。
「そう奴隷契約。契約内容である私に対して直接的にも間接的にも実害を与えない。これが今の貴方は破ることが出来るわ。この間は忠誠は要らないと言ったけど、撤回するわ。貴方は多彩過ぎる。そして自由過ぎる」
「だから忠誠を誓え、と」
忠誠を誓う、か。人に仕える事が初めてな以上、それがどういう事か分からない。個人的にはYesマンと捉えているんだが、商会でのヴィクトリアの行動を考えるに必ずしもそう言う訳では無いのは分かる。
姫様を気に入った。その瞳で見ているモノを見たいと思った。力を貸そうと思った。それだけじゃダメなのか?それともこれが忠誠か?
分からん。全く分からん。忠誠とは何だ。
「トリアの槍に貫かれても動じず。女だらけの場所に放り込まれても動じず。敵、とまでは言わないものの、味方のいない状況にも全く動じず。農業だけでは無く産業においても知識を発揮し、商業においてもその才を見せる。出来ない事と言えば戦闘関係。余りに私にとって都合が良い存在。貴方は私達には理解不能で、野放しにするには危険だわ」
「……私は殿下を気に入っております。力を貸そうと思うくらいに。それではいけませんか?」
「それが上から目線なのよ。力を貸そうじゃなくて、力を貸したいて思ってこそ忠誠でしょう?」
「っ!」
そうか。『気に入った。力を貸そう』どこから見ても上からだ。王様に誘われた日、確かに姫様のなかに『主』を見たが何処かでまだ見縊っている証拠だろう。さて何が足りないのか。
考えても分からん。取り敢えず動くとしよう。




