第二十八話
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と、まあそんな訳で今日は姫様に地球の料理を披露する日。出す料理はもう決まっている。後は失敗しない様にいつも通り作るだけ。作るだけなのだが……。
「ちっ」
えー、歓迎されておりません。
背後に厳しい表情の料理人達を従え、厨房への入り口に立ち塞がる大柄な女性。
ルフィーナ・クック。姫様及び騎士団員の料理を任されている専属料理長。やや明るめの赤い髪を乱雑に縛り、190cmはあろう身長で見下ろしてくる。
「こんな坊やに何が出来るってんだい!?」
「む。失礼ですね。私は子供じゃありません!」
「はんっ」
どうしたものか。話すら聞いてもらえない雰囲気だ。
それにしても、また子供に見られた。どうしてだろうか。童顔と言う程でもないのだが、この世界に来てから子ども扱いや女扱いが異様に多い。美的感覚とかその辺を調べるべきか?
「ルフィーナ様、姫様の決定です」
「はんっ、そんな事は分かってるさね!だけど、あたい達も姫様の専属料理人として誇りを持ってやってるんだ。どこの馬の骨とも知れない奴、それも男をホイホイとあたい達の聖地には入れられないよ」
そこで再びルフィーナが俺を一瞥する。
「それに、あたいはこの男が姫様の傍にいる事自体認めていないよ。あんたも同じじゃないのか?クロエ嬢」
「……」
うん、分かってた。分かってたんだけど、何か言い返して欲しかった。本当に歓迎されてないなー。ぐすん。
「ほら見たことか。大体、姫様も姫様だよ。迷い人だか何だか知らないけど、こんな顔だけの男拾ってくるなんて」
この流れはマズイんじゃないか?姫様の陰口になってる。
「え、えっとそれ以上は……」
「ちっ。姫様も所詮は噂通りの「黙りなさい」―――っ!」
決して怒鳴った訳では無いが、その声は不思議とこの空間に響いた。
「殺しますよ」
表情は動いていない。しかし、クロエは確実に怒気と殺気をその身に纏っている。
「わ、悪かったさね。今のは口が過ぎたよ」
「……」
謝罪と同時にクロエの圧が小さくなっていく。そして魔力の気配も。
これは意図せず再確認できたな。やはり姫様に近ければ近い者ほど、忠誠心が半端ない。その様は信奉者と言えるだろう。クロエにヴィクトリアにカエデ、その他諸々。怖い職場だ。
「え~っと、それじゃ誓約紙を使いましょう!」
気まずくなった雰囲気を変える様に、明るく声を上げる。この状況を特に何とも思っていない俺が動くべきだろう。
今なら、皆俺の話をちゃんと聞いてくれるはずだ。料理人代表のルフィーナもクロエに畏縮しているし、一気に畳み掛けるとしよう。
周りの反応を待たずに誓約紙を取り出し、素早く書き込んでいく。この間商会に行った時に、エーミルから買ったものだ。ちなみにこの二週間でこっそり商いをしたので、懐はそれなりに暖かい。エーミルもホクホク顔だった。
「内容は『私グレン・ヨザクラ【甲】の作った料理をルフィーナ・クック【乙】が味見をし、納得させられなかった場合【甲】は【乙】に命を含む全てを差し出すものとする』でどうでしょう」
「「「なっ!?」」」
「……正気ですか?」
ルフィーナを初めとする料理人達が、驚きの声を上げ信じられない物を見る様な目を向けてくる。クロエに至っては正気を疑ってきた。
「勿論ですとも。私の世界の料理の知識も手に入りますよ。どうです?これでもまだ文句が?」
「……」
ある訳がない。こちらは文字通り命を懸け覚悟を示したんだ。これでまだぐだぐだ言うのは、怖気づいているようにしか見えない。それに異世界の料理もそそられることだろう。
「それとも怖いですか?」
「ちっ!良いだろう。乗ってやるさね。ただし!『【甲】の料理を【乙】が認めた場合、【乙】は【甲】に命を含む全てを差し出すものとする』この一文を誓約紙に加えるんだね」
「料理長!?」
「そんな!」
「おだまり!この坊やが覚悟を見せたんだ!あたいも同じく覚悟を見せるべきさね!」
「……へぇ。分かりました」
料理人としてのプライドが高そうだとは感じていたけど、人としても高いプライドも持ち合わせているみたいだ。中々の好人物じゃないか。仲良くなれそうな気がする。
「……グレン様。一応あなたは姫様の物なのですが」
「あははは。大丈夫ですよ。勝てばいいんですから。勝てばね」
「はっ、あんたに勝てるわけないでしょ!」
「そうよそうよ!」
わお。料理人の皆さんに睨まれた。
これだけのやり取りで、彼女達がルフィーナを慕っているというのは物凄く伝わってきた。だからこの反応も納得できる。ただ俺の料理の腕前も知らずになぜ断言できるのか。出来る事はおよそ全て極めている俺の料理の腕前も勿論、プロ級だと言うのに。
それにしても、普通に勝っても彼女達とは不和が生じるだけな気がする。勝った後のフォローも上手くやらないと。
「では調理に入りましょう。厨房入らせてもらいますね」
「ふ~ん。そんなことがあったの」
厨房前より所変わって、屋敷のとある一室。クロスの掛けられた大きなテーブルと椅子が並べられ、上座には姫様が座っている。その前にはパンやサラダ、そしてクロッシュで蓋をされた一品。
俺の料理だ。試食したルフィーナはあっさり俺の料理を認めた。これに他の料理人達が騒いだが、一口食べただけで皆唸り悔しそうに感嘆の声を挙げた。料理人としてのプライドが美味しい料理を貶すことは出来なかったようだ。
今彼女達にはレシピを渡し、デザートに取り掛かってもらっている。試食の後は元気の無かった彼女達も、未知のレシピにテンションが上がっていた。今頃厨房では狂喜乱舞だろう。結局彼女達は、何処まで行っても『料理人』だったという事だ。
料理披露の前にそんな厨房での一件をクロエが報告する。最初は不機嫌そうに聞いていた姫様も、話が後半に移る頃には上機嫌になっていった。
「つまりここにある料理には期待しても良いのね?」
「勿論です。……ではどうぞお召し上がりください」
クロッシュが取り除かれ、その料理が現れる。
瞬間、芳醇な香りがその部屋に広がり支配した。
その香りは数多のスパイスによって作られ嗅覚を刺激するだけに留まらず、食欲をも刺激する。
「これは……!?」
目の前の料理の放つ香りに姫様が目を見開く。
今厨房に居るルフィーナ達も、完成する前からこの匂いに涎を垂らしていた。料理において第一印象は、見た目では無く香りで決まる事がある。目論見は成功したと言っていいだろう。
「カレー、と言う料理に御座います」
『カレー』多種類のスパイスを併用し、食材に味付けをするインド料理。実際にはカレーと言う名称はイギリス由来のもので、インドでは種類ごとにいくつかの固有名詞が存在する。
今回作ったのは、米が手に入らなかったのでルゥを使った日本人に馴染み深いものでは無く、硬めのパンを浸して食べられるスープカレーに近いものだ。米はやはり大和で作られているらしいが、完全国内消費で輸出などはしていないらしい。その事実を知った時、いつか必ず大和に行く事を密かに決心した。
具材はシスターと共に八百屋のおばちゃんに揶揄われながら買った旬の野菜に、肉屋のおっさんの嫉妬による殺意に染まった視線を向けられながら買った、ワイルドボアとか言う猪型の魔獣の肉。
この世界にも四季はあるが、暖期・猛暑期・寒期・間期で地球の春夏秋冬とは違う。今は暖期に移る短い間期で、寒期の間に栄養を蓄え甘みの増した野菜が採れる。また魔獣と言うとちょっと躊躇われるが、その実態は普通の動物が魔素・魔力により進化・変化したもの。つまりワイルドボアなる魔獣は、猪の上位種とでも思えばいい。その肉は普通の猪より格段に旨い。ちなみに魔物の肉も、食べられる肉とさらに途轍もなく美味い肉が存在するようだ。
「それじゃあ早速……」
「お待ち下さい、姫様」
姫様がスプーンを手にした所で、傍にいた二人のメイドが待ったを掛ける。
二人はそれぞれスプーンを手にすると、カレーに手を伸ばす。堂々とした盗み食いなんてことは無く、恐らく毒見。一見普通に見える銀のスプーンに魔道具のスプーン。どちらも毒に反応するらしい。
二人は最終確認とでも言うようにカレーを自身の口に運ぶ。あのメイド服のやや膨らんだ所には解毒薬が入っているのだろう。
「「っ!!」」
声にならない声を上げる二人。
「どうしたの!?もしかして毒?」
いつも徹底して毒見役に徹しているであろう二人のいつもと違う反応に、姫様がまさかと声を上げる。




