第百三話
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商会を出て帰路に就いていた俺は、途中で予定を変え、『リキユール』にクロエを引っぱった。
「はぁ~、クロエ……。外でそんなキラキラした目して、俺を見るな」
「そ、そんな事は……」
ここに連れてきた時から、妙にソワソワしているクロエが、俺の言葉に目を逸らす。
「無いとは言えんだろ。母さん達からどんな話を聞いたかは、だいたい予想できるが………。ほら、写真出せ」
「っ!?」
分かり易くビクつくクロエ。何も持っていないのに、その手を背中の後ろに回している。
「別に没収とか言わねぇよ。ただの確認だ。ほら」
「……」
訝し気に、俺の言葉の真偽を探ろうと覗き込んでくるクロエの瞳を、真正面から見つめ返す。やがて、真っ赤になりながら顔を逸らすと、十枚ちょっとの写真が差し出される。
「おーおーおー、これはまた色々と」
それらは、赤子の頃から二十歳になるまでの写真だった。成長が分かるような数年間隔の、的確なチョイスの写真。しかも、中学生当たりのからは、ちょくちょく仕事中の写真も入っている。
まったく……。いつ撮ったんだか。母さんの持つ、この辺の変態的な能力には素直に脱帽する。
「さてと……」
写真の内容を確認するのが、目的じゃない。いや、それもあるにはあるが、本来の目的は別。
この写真に魔力が有るかどうか。
「?」
「あー、これは……ダメか」
魔力が有る。母さんの複製魔法で複製された写真である以上当然か。
「あの、何がダメなのですか……?」
俺の呟きに、恐る恐るといった表情でクロエが問い掛けてくる。
「ん?ああ。違う違う。大した事じゃない。だからそんな泣きそうな顔をするな」
マズいな。母さん達の洗脳……布教の影響が出てる。
何があったか知らんが、俺への態度が一時硬化していたのだが、それが無くなっている。それどころか、商会を出てから向けられる彼女の目が、本当に眩しい。
何と言うか……『好き好きオーラ?』とでも言うべきものが出ている気がするのだ。
「魔力が含まれていなければ、復元魔法が使えると思ってな。そしたら、万が一破れたりしても大丈夫だろう?」
魔力が含まれているみたいだから、それは無理そうだけどな。やはり、魔法によって生み出された物は、元々が魔力を持たない物の複製であっても、魔力を有するようだ。
「その為に……?」
「まあな、ほれ」
既に今まで、かなりの量に写真が配られてきたんだ。今更、クロエのを取ったりはしない。というか、女の子から物を取り上げるなんて、出来る訳がないだろ。
「……ありがとうございます」
俺が返した写真を、大事そうに仕舞うクロエ。鼻歌でも歌いそうな雰囲気だ。
「あー、んー……なあ、クロエ。商会で話した通りだ。俺の事を好きなっても、辛いだけだぞ?」
「構いません」
そう答えるクロエの瞳は、真っ直ぐだった。それは覚悟ある者の瞳。
「お前……」
「私は貴方の傷を知っています。ジョゼ様も気付いています」
「……だろうな」
そうでなければ、不覚にも俺が泣いた時に一緒に泣いた、その理由が見当たらない。『傷』とボカシては言ったが、俺の状況や説明から容易く予想は出来るはずだろうから。
「グレン様が私達の想いに、それだけ真摯に向き合って下さるのなら、私も……私達も、どのような結果になろうと相応の覚悟を持って、グレン様を想い続けます。私もこの想いは大切にしたいので」
そう言って、胸に手を当てるクロエはとても綺麗だった。『恋をする女性は美しい』良くそう言われるが、彼女はその典型だ。
普段はどこか、冷たさの感じられる美しさから、温かみのある美しさになっている。
「っ!」
そして、何ていい女なのか。
クロエだけじゃない。この世界で出会った女性は皆、逞しく気高く美しい。つくづくそう思う。何度思った事だろう。しかし、そんな彼女達に、俺の心は救われている部分がある。
……計画を早めよう。少しでも多く時間を作って、一秒でも長く彼女達の事について考え、その想いに俺なりの答えをしっかり返せるようにしよう。
「……グレン様、耳赤いですよ」
「……うるさい。もう行くぞ」
日が傾き始めてるせいだ、馬鹿な事言うんじゃない。
「…………ふふふ」
「ん?」
小さく飛び込んできたその声に、思わず振り向く。しかし、そこにはいつも通りの冷たい印象を抱かせるクロエしかいない。
「何ですか?」
「今笑ったか?」
小さく、そして不意なものだったから、強化した耳でも聞き逃しそうになったが、確かにそれは笑い声だった。
「?笑ってませんが?」
その顔は至って真面目で、嘘を言っているようには見えない。だが、確かに俺は笑い声を聞いた。幻聴なんかじゃない。その声はクロエのモノだった。
クロエが何故笑わないのかは知らない。何か理由があるのかもしれないし、無いのかもしれない。何にせよ、もしかしたらだが、笑ってくれたのだ。それを見る事は出来なかったが、耳には残った。
「それならそれで良いんだが……。クロエって何で笑わないんだ?」
「必要ありませんから。ニコニコしたメイドと、笑わないメイド。どちらが仕事出来そうですか?」
「それは、後者かもな」
黙々と、テキパキと、如何にも仕事を完璧にこなしそうだ。
だけど、愛想っていうのも必要だと思う。
「そうでしょう。それに、私達メイドは主を世話し、補佐する者。愛想は必要ありませんから」
「それはそうかも……そうなのか?」
少しぐらいニコッとしても良い気がするけど。堂々とした物言いに、一瞬納得しかけたぞ。
「そうなのです。主を立ててこそのメイドですので。影に、背景になりきるべきなのです」
「……そうか。なんか勿体ないな。折角、元が良いのに」
「っ!?」
俺の言葉に真っ赤になるクロエ。笑わないと言っても、こうやって照れたり怒ったりはする。それだったら、ついでに笑っても良いと思うんだけどな。時と場合を選べば、良い事だろう。
「少し微笑めば、男なんてコロッと落ちると思うけど……」
「わ、私が微笑めば、グレン様は落ち、落ちてくれるのですか?」
その声は僅かに上擦っていて、耳は赤い。相当な勇気を持っての問いだ。
「残念ながら、俺はそんなに単純な男じゃないからね」
そう言って俺は、クロエの赤くなった耳に手を伸ばす。
「んっ……」
なされるがままのクロエ。ただ、恥ずかしさの為か瞳を閉じている。
「笑わないならそれでもいいさ。いつか俺だけに笑みを見せてくれる事を願い、そして励むだけだから……。それに、笑みじゃなくても、こうして恥ずかしがっている顔も、怒っている時の顔も、とても魅力的だからな」
「っ!!あ、貴方はまたそういう……!」
赤い顔のまま、俺の手を振り払い距離を取ると、非難するように睨み付けてくる。
「すまんな。でも、俺は結局こういう人間だ。女には良い顔したいし、良い顔させたい。そういう風に育てられたからな」
「女の敵です……!貴方は女の敵です!いつか刺され……いつか刺しますから!」
「その時は、お前の想いごと一緒に受け止めるさ」
受け止めるだけ。応えるとは言ってない。
「っ!?こ、この……、ああ言えばこう言う!」
一時は変えようかと思った事もあったが、幼少からの母さんの教育だ。どうしても変われなかった。なら、もう変えない。これが俺だ。俺なんだ。
「ほら、俺みたいな男は止めて置いた方が良いぞ?」
「ふ、ふん!……ふぅ~~、その内ほ、惚れさせて、こっ酷く振ってあげますから!」
「くくくっ、それは楽しみだ」
クロエの面白い宣言を、俺は愉快に笑う。これだけ想ってくれるのなら、これ以上止めさせようとするのは無粋だろう。ちゃんと向き合っていく事を、今一度心に刻む。
写真の事だけのつもりで、ここまで踏み込んだ話をするのは予定外だったが、結果以前よりも仲良くなったし良しとするとしよう。
「もうっ!行きますよ」
「くくく、はいよ」
珍しく先導して、部屋を出ようとするクロエ。
扉が開く直前、足を止めて肩越しに少し振り返り、こう言った。
「……ところで、私がその、グレン様をす、好、好k……っ!おおお慕いしている事に気付いたのは、いつからなのですか?」
「うーん、俺を見る目が変わったのが、姫様に説教した時だよな?その後はちょくちょく……そうだな、屋敷の門前で少し本性見せた時とかドキドキしていただろ?ヘレンと戦ってる最中とか」
「っ!?」
「決定的に変わったのは、キャメロンを殺った後だったな。キッカケは良く分からんかったけど、ちょっと雰囲気が……あ、ユーゴに呼ばれた後くらいか?あれから、隠そうとしてたよな」
「~~~っ!」
クロエの顔の赤みが段々と増していく。
「まあ、俺には隠せてなかったけどな。ユーゴと何があったんだ?」
「っ……知りません!ちょっと離れていてください!!」
それから暫く、クロエの顔の火照りが冷めるまで、『リキユール』を出られなかった。




