カレン姉さんの一喝?!ー王太子視点ー
寸胴鍋の前に立つ少年…いや青年に視線を定める。真剣な眼差しで調理するその鍋から香るのは、海近くの磯臭い異様な匂いで。
コンプ(海に生えている草)
カツ(血生臭い魚の名前)
しいた(木に生える奇妙なキノコの名前)
揃えたのは、それだけだ。
笑顔満面でお玉をグルグル回す姿からして、あの匂いは正解らしい。
まさかの毒ではないのか?
妹に食べさせていいものなのかどうか…正直迷う。が、彼女は限界が近い。あのままならば恐らくあと数日。ならば一縷の望みに賭けたいが。
しかしながら、カズキ殿とは不思議な青年だ。
こんな絶望的な状況でも、頓珍漢な話であってもオカシナ匂いがしても何故か僅かな希望を抱いてしまうのだから。もしかして、と…。
そんな彼の部下だと名乗るレナトゥス殿は更に不思議な御仁だった。様々な能力に加えて、一瞬で制圧したあの技、そして今や出来る人間は存在しないと言われる転移魔法。
間違いない。人型を取ってはいるが人間ではないの のだと。それにしても、彼がまだ戻らぬのが気になるのだが。
「王太子様。彼は何者です?」
城から駆けつけた妹の側仕えが不安そうにカズキのの鍋から香る匂いに顔を顰めつつ尋ねるも答えを持ち合わせていない。カズキ殿とは何者なのだろうか…。
考えこむ私は、外の喧騒に気づいた。
何者かが騒いでいるのか?
まさか…妹だろうか?
(近所の空き家を利用して監禁してはずだが…)
「大変です、王太子様!!町人がこちらへ押し寄せて参りました!!先程呪われた者達に配った食糧を自分達にも寄越せと口々に叫んでおります!!」
なんと…遂に恐れていた事が現実となったのか。
間に合わなかった。尽き始めた食糧が人々を駆り立てたのだ。
『暴動』……だ。
これだけは避けたかった。
民に向ける剣を持ち合わせていない近衛隊が苦戦しているとの報告が次々と入る。怪我人も出ていると。
前線は迫っている。このままでは足手まといになるだけだと、逃げる算段をすれば。
と袖を引かれて下を向けば。
クイクイと、我が袖を引っ張るのはカズキ殿の連れているルーナスとか申す子供だ。
「カズキも逃げなきゃダメ?
美味しいモノが出来るよ。絶対凄いモノなのに!!」
カズキを信じる子供の必死の願いも、答えは変わらない。
「逃げる。命あってこその食べ物だ。」
自信を持って答えた私にまさかの反論が後ろから聞こえた。なんとカズキ殿だった。
「いや、それは違う!!
食べ物は命そのものなんだよ。それを呪いが壊してるから、今は逃げちゃダメだ。もうすぐに完成だからやり切らなきゃ。」
初めて見る強気のカズキ殿の様子に私について来た近衛隊の隊長まで驚いている。カズキ殿の豹変についてゆけないのは、私も同じだ。しかし…。
「しかしながら、あと数分でドアが破られます。我が主人と貴方達をお守りするには今が最後のチャンスなのです!!」必死に訴える隊長にカズキ殿は首を横に振る。
時間がない。
遂には、それを無視して隊長がカズキ殿の手を引っ張った。
「ダメーーー、離して!あと少しなんだから。灰汁取りをしなきゃ濁りが出ると味が落ちるから!!あ、ダメだぁ…助けてよレナトゥスーー!!」暴れながら叫ぶカズキ殿の声と同時にまたもや、転移魔法の気配に皆が固まった。すると…。
目の前にたくさんの人間が姿を現した。
(転移魔法は二人くらいが最高位だと聞いたのに、こんなに沢山とは。レナトゥス殿はいったい。。)
「主人よ、呼ぶのが遅すぎる。とにかく、カレン姉さん表の騒動をお願いします。」見知ったレナトゥス殿の声に
「分かったわ。任せて!」と美しい見慣れぬ女性の声が答えた。
突如現れた不審者に、隊長以下部下達が剣に手をかけるのが見えた。
俄かに起きたこの場面の中、見覚えのある顔を見つけて私は肩の荷を下ろした。
刀に手を掛けたまま固まる部下に目配せをして止める。
もう大丈夫だ。
もし、目の前にいるのが『彼』ならば恐らく外の暴動は一瞬で制圧するだろうから。それも双方無傷で。
「主人よ、アルクトスから預かったモノを渡そう。いるか?」その緊張感の中、レナトゥス殿とカズキ殿は関係なく鍋を覗いていた。
「さすがアルクトス。俺の作りたいモノを分かってるねぇ。ナイスだよ、レナトゥス!!」
二人の話し合いが終わった頃には、外の喧噪が歓声に変わっていた。
なんと、暴動は、終わったと言うのだ。
俄かには信じ難い武力でない方法で収めたというのだ。
彼らが制圧したのが暴動に参加した人々でなく、彼らの不満そのものであったからだ。
信じ難いが事実だ。
方法はこうだ。
大量の穀物。
大量のニワの卵。
大量の肉類。
それらを人々の前に差し出し、更には、お菓子や軽食まで並べた後。
カレン殿だったか…彼女の一喝で全ては終わったのだと。
「文句で腹は膨れないよ!!家族を腹一杯にしたいなら、正気にかえりな!!!」
『食べ物は命そのもの』
カズキの台詞が頭の中をよぎった。
しかし、最大の問題『呪い』は、まだ解決されてない。と、その時!!
「出来たー!!」カズキ殿の歓喜の声が響いた。
不安の残る鍋の匂いに顔を顰める私には、この鍋の凄さを知る由もなかったのだ。。