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 秋の夕暮れの中、現場検証の彼らは馬車で連行されていった。


 騒ぎを聞きつけたのか、近所の住民の人だかりの向こうに新聞記者が警備の隊員に大声で質問を投げかけている声が聞こえる。

 この状況からして明日は無理としても明後日には事件の内容が新聞に乗るだろう。


 問題のアパートから出て馬車の前で鎖に繋がれた王子が解放されるのを待つ。


 その時間にどうしてあの時ハイトがいたか疑問に思って話を聞くと、ハイトとジュリアンは私が出かけた後、何か感じるものがあったのか、レックスに頼んでジュリアンは使用人の服、ハイトも同じように服を借りて後を付けてきたらしい。

 そこで、このアパートに入っていく私の姿を見つけ、道に詳しいジュリアンは急ぎでハートリー家に戻り、ハイトは私の後を付けることになった。

 そして、ジュリアンの話を聞いたレックスが過去の人脈を使い、軍の采配を振るった。軍隊は時と場合において警察と同じ捜査権限が与えられる。

 今回は捜査と武装両方を使った。


 助けにきた経緯を聞きながら、一応助けてもらったのではあるが、元はと言えば従兄妹の持ってきたトラブルに巻き込まれたトラブルだったので、どこか納得いかないというか損した気分がじわじわとあふれ出てくる。


 暫くして金髪にアクアマリン色の青い瞳の、若干背が低いあどけない表情のヴィンセンテ王子の手足を拘束していた鎖が取れたようで、慌ててやって来て平身低頭で謝り倒した。

 彼は鎖を外して貰っている間に兵士から私の正体を聞いたようで大変恐縮している。


「すみません、本当にご迷惑をおかけしました」


「ヴィヴィ、あんな賊に誘拐されるとは情けないぞ」


「はい、本当に申し訳ありません、ハイト様」。


 ん?

 二人のやり取りに妙な違和感。


「寿命が縮む思いだった。

 こちらのレナ・キャロライン・ハーリー公爵の活躍がなければ、お前はまだここに居たことになる」


 苦笑いを浮かべたハイトが王子の頭を軽く小突いた。


「本当に、申し訳ありませんでした。お許しください。

 ハートリー公爵殿、初対面の挨拶がこんな状態で恥ずかしい限りです」


 この会話のやりとり。

 まさかと思うが、そのまさかなのか?


「今ハイト様って呼んだ?

 ちょっと待って、誘拐されたのって王子のあなたじゃないの?」


「まさか!

 僕はヴィルフリート・サンテと申します。王子の部下です。

 ヴィンセンテ・ローレンハイト・レニエ・エリスフレール様はこの方です」


 誘拐され、助けられたことが恥ずかしいのか、恐縮して小さくなっているヴィルフリートさんが、違う違うと手を横に振った。


「なんですって?

 ジュリアン?」


 思わずジュリアンの焦った表情を見て、救出された「王子」が偽物だと悟った。


「ジュリアン、ハイト、私を騙したということっ?」


「いや、その、あのなあ。

 いつ気が付くかなあと思って、お前が思い出せるか試したんだよ。

 レックスですら気が付いたのにお前は全然昨日思い出さなかったし」


「私が悪いってこと?」


「いや、あのな。

 これで分かっただろ?

 お前が貴族や各国の王族の名前を憶えていないことは問題なんだぞって。

 覚えていたら最初にローレンハイト・レニエってこいつが名乗った時にミドルネームって気が付いただろ」


「だからって、教えてくれてもよかったじゃない。

 もう、私、王子を愛称で、しかも呼び捨てにしてたわ」


「いや、その、犯人のカードに「王子」って書かれていたし、まあお前勘違いさせといたほうが、犯人も勘違いしてるみたいだし、こちらはいろいろ動きやすいかなと思ってさ」


 しどろもどろになるジュリアンとは正反対にハイトは跪いてレナの両手を取った。


「だましてしまって申し訳ありません、レナ様。

 昔から私が父の銀髪、彼は我が母に似た金髪で、両親ともに同じ髪の色なものに加え、幼少から一緒に育ったせいかよく間違えられていたのも事実なんです。

 今回は犯人の勘違いを利用して、そのままあなたにも黙っていることになってしまいました。

 あなたという人柄を知ってから打ち明けるつもりでしたが事が急展開に進みすぎてしまって。

 どうぞこのまま、ハイトと呼んで仲良くしてください」


「えっと、呼び捨てはさすがに。これからハイト様とお呼びしますが……」


 一国の王子に跪かれ、謝られると頷かざるを得ない。だが、いくらなんでも今回の件は素直にこの状況を飲み込みたくない。


 だが、私を懐柔する秘策をハイト様は既に持っていた。


「ああ、さっきガラスで縄を解かれた際、左手首を怪我されたのですね」


 先ほどの緊張状態で自分の怪我に気が付いていなかった手の傷に、跪いたままハイト様が唇をあてた。


 予想もしない親密すぎる行動の衝撃に腕を引こうとした両手を逃がさずに立ち上がった。

 まるで逃がすつもりが無いかのように。


「ハイト、お前、レナに、レナに何してる!」


 一連の行動を見ていたジュリアンが違う意味で血相を変えてハイト様の肩を揺さぶった。


「私のために命の危険にさらされた方だよ。

 ジュリアン、私はレナ様がいいというならあの話、正式に進めようと思う」


「ば、馬鹿言うな!」


 どうやら男達だけで通じる話があるらしい。


 思いがけず傷を唇で触れられるなんて、違う意味で傷口が熱く感じる。


「なるほど。その反応、やっぱり予想通りだな。

 君が社交界の男達に従兄妹殿に「近づくな」と牽制(けんせい)しているというのは、自分から盗られたくなかったからだろう?」


「ええ?

 ハイト様、何を仰っているんですか?

 ジュリアンが、そんなわけないでしょう」


 今まで誰にも言われたことが無い事を言われ、思いっきり否定すると、ジュリアンも顔をトマトのように赤くして加勢する。


「俺はレナに変な虫が付かないように心配しているだけだ!」


 従兄妹同士が目をむいて喰ってかかる姿に、ヴィルフリートがなぜか納得した表情を浮かべた。


「おやおや、ジュリアンがむきになっていますよ、やっぱりハイト様の予想通りですね。

 エリスフレールの王宮でハイト様にハートリー公爵殿との縁談話が持ち上がった時、普段ならどの女性でも王子に対して肯定派の彼が反対したのはそういうことだったわけですね」


「え、縁談? 私が?」


 爆弾発言を投下されて、手を握ったままのハイト様を食い入るように見つめる。

 ジュリアンはその光景に「ハイト、止めろって」と横から口を出したが、当の本人はしてやったり、と言った表情でジュリアンを見た後で私に視線を戻した。


「ええ。

 とはいっても、我が家の家族の食卓で出ただけの些細な話ですが、そこに参加していたジュリアンが、女性に関して今まで誰かれ構わず私に勧める人間だったのに、あなたに関しては猛烈に「止めておけ」と否定的だったので興味がわいたのです。

 だから彼の大事な従兄妹殿がどんな方か知りたくて渡航したのですよ」


 手を絡めながら神をもうっとりとさせる微笑みを浮かべた。


「私に会いに?」


「レナ様、本当はこんな風に出会う予定ではありませんでしたし、この事件であなたに立場を偽っていたことで心証を悪くされたと思いますが、もし許していただけるなら、私にこのウェンズレイの街など案内して頂ければ幸いです」


「そ、それは、街の案内は構いませんが」


 腰砕けになりそうな甘い声と、(とろ)けそうな微笑みで懇願されると、さっきまでの怒りの勢いはどこに向けていいかわからなくなる。


「そんなの、俺一人で案内してやるよ」


 ジュリアンが割り込もうとするのを「まあまあ」と両手をあげてヴィヴィ様が止める。


「ヴィヴィ、ハイト、とにかくレナの姿は見ただろう。

 目的は済んだんだからお前ら速攻、レッドフォード公爵家の船で帰れ!

 レナ、結婚なんてまだだろう?」


「ううん。

 そんなことないわ。今まで誰かさんのお陰で縁遠かったんだし、邪魔しないで。

 ハイト様がそう言って下さるなら明日にでも街を案内しますわ。

 でも、ジュリアンのお友達と言うことは危険な方かもしれませんから、まずはお友達でよろしいでしょうか?」


「ハートリー公爵、ハイト様はジュリアンと違って恋人を多数作る方ではないので安心してください。

 まあ、それはおいおい知っていただけ充分分かっていただけると思いますが」


 私の「ジュリアンのお友達」と言う言葉に反応したハイト様の腹心の部下は主人の性格を分かってもらおうとフォローをすかさず入れる。


「レナ様、あなたは昨日が初対面にも関わらず、我々に力を貸して下さった。

 しかも、女性であるにもかかわらず私の身が危ないと、気を使って下さったばかりか、銃口に立ち向かった姿に私は感銘を受けました。

 それなのに私達は立場を偽ったままでいたのだから、印象が悪くても仕方ない。

 信用できないとおっしゃるなら、これからご一緒する際は、ジュリアンでも、レックス殿でも誰が供でも私は一向にかまいません」


「ハイト様・・・・・・」


「レナ、こいつをそんなにうっとり見つめるな!

 ハイト、そんなこと言われなくても俺はついていくからな」

 

今にもハイト様にとびかかりそうに睨みつけるジュリアンに余裕の表情。

彼は「エリスフレール風の約束を」と呟くと、ジュリアンの「待て!」という叫び声を無視して、皆の目の前で堂々と私の唇に素早くキスをした。


「ハイトッ!」


「では、レナ様、約束通り明日から宜しくお願いいたします」


「は・・・・・・、はい」


 突然のキスに頭が真っ白だ。


 キスの衝撃で身分を騙されたことなど一気に頭から吹き飛んでしまっている。


 ――キ、キスされちゃった。


 突然のキスと、いきなり訪れた恋のチャンスに甘い溜息がこぼれる。

 縁遠かった上にいきなりの公衆面前のキスで顔を上げられない私を秋の夜の闇の馬車にエスコートしてくださるハイト様。


 目の前で二人のキスを見せつけられ、馬車に乗り込んだ二人に猪突猛進とばかりに突っ込んで行きそうなジュリアンをヴィヴィ様が羽交い絞めにしている。


「くそ、やっぱり、こんなことなら意地でも連れてくるんじゃなかった」


 ジュリアンは必死になってヴィヴィ様の腕を振り払おうとする。


「まったく。友人の恋の可能性を潰しちゃだめですよ。

 ハイト様、彼は僕が押さえておきますから」


 馬車の扉の向こうでヴィヴィ様が馬車の御者に先に行くように指示を出す。


「レナ様、私はジュリアンに邪魔されても、めげませんから覚悟して下さいね」


 ハイト様の碧い瞳に見つめられ、頬が熱くなる。


「覚悟はしますけど、お手柔らかに」


 二人きりの初めての空間。

 真っ直ぐな瞳に見つめられる視線を外し、窓の外に輝く夜空の星に視線を移した。



 ――完――


読んでくださってありがとうございます。

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