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太陽の咲く庭で、君が  作者: 蔡鷲娟
第二章
92/128

24 不安な夜

たいっへん長らくお待たせしてすみません……!!!

一話前からの読み直しを推奨いたします<(_ _)>




 ありえないはずのことだった。


 双子が失踪し、無事に見つかった日の夜。朝から走り回り、感情もアップダウンして疲れ果てたおれは、早々に風呂に入ってすっきりし、早めに寝てしまおうとベッドにもぐりこむところだった。


「……栄、ちょっといい?」


 そこへ葵がやってきて、どこか暗い表情でおれを呼び止めた。葵も疲れてるだろうから今日は早く寝ようと、風呂に入らせている間におれは子供たちを寝かしつけて来たので、葵だってもう寝る準備はできているはずだ。でも葵は寝ようとはせずに立ったままおれに言った。


「あのね、栄……あの、ちょっと話があるんだけど……」


 葵にしては煮え切らない態度だった。普段話をするときこんなに言い惑うことはないのに。不思議に思ってベッドの淵に座り、葵を手招きした。


「どうしたんだ? 何かあったのか?」


 しかし葵は座らずに立ったまましばらく俯いて考え込んだ後、顔をあげておれを見た。意を決してという言葉がぴったりくる顔だった。


「栄、あのね……。子供が、できたの。お腹の中に……いるの」


「……え?」


 葵の発言は双子失踪事件の衝撃を上回るダメージをおれにもたらした。

 なぜ、とかどうして、とかどうでもいい疑問符ばかりが浮いて、ショックに声も出なかった。だって子供は。もうこれ以上葵に負担がかからないようにと……


「それでその子が……強い力を持ってしまっているの。昨日まではそんなことなかったのに」


 葵は困惑した様子でそう言った。まだ膨らんではいないお腹を擦り、ふぅ、と深く息を吐いた。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ! ど……どういうことだ? えっと、え~っと。子供ができたっていうのは確かなのか、葵? 病院……助産婦さんには診て……」


「……もらった。妊娠してるのは確かよ。ちょっと整理ができなくて……なかなか話せなかったんだけど」


 そう言って疲れた様子で葵はおれの隣に座った。どさりと体を投げるようにして座るなんていつもの葵らしくない。


「わかったときにすぐに話さなくてごめんなさい。今日……あの森でなにかがあったんだと思う。全然覚えてないんだけど、こんなに急に力の大きさが変わるなんておかしいもの……」


 きっと葵はおれが喜ばないと思って言い出せなかったんだろう。双子が大きくなってきた頃に、子供はもう三人で十分だな、という話をして、葵は思うところがありそうな顔をしながら曖昧に笑っていた。羽留が産まれた時の葵の衰弱の仕方は、今思い出してみてもやっぱり異常だった。双子の時はそうでもなかったが、数日は寝込んでいたし。

 おれとしては葵にこれ以上の負担を掛けたくなくて「子供は三人でいい」と言ったのだが、葵はおれがもう子供は要らないと思っていると考えたに違いない。妊娠したと分かったらおれが怒るとでも思ったのだろうか。

正直その、対策はきちんとやっていたはずで、まぁそれだって100パーセントの確率じゃないことくらいはおれだって知っているし子供は授かりものなのだと分かっているのだけれど、なんだか腑に落ちない。子供が欲しくないわけでも嬉しくないわけでもない。ただ不思議で仕方がないのだ。

 それにしても葵の思考は、急に変わったお腹の中の子供の力のことでいっぱいらしい。もうできてしまった子供をどうこうしようとは思わないので、おれもそちらに考えを切り替えてみる。


「えっと……元々お腹の中の子に力があることはわかってたんだな?」


「うん、さすがに三回目だから……。まだ話しかけてきたりはないんだけど、私の力が移動したことは分かってたの。でも今日になって力が一気に大きくなって、それもなんだか私の力じゃないものまで混ざっているような感覚なの。不思議で……不安で」


 葵が不安を口にするのは本当に珍しいことだった。それも子供のことで。

 これまでの三人の時は、不安に思っていたのだろうけど一人で考えて乗り越えてきてしまっていた。おれが一人でばたばたしていただけで、葵はお腹の中の子供と意思疎通を取ってうまいことやってしまっていたのだ。それが今回は違う。葵は一人ではどうにもならない不安をおれに打ち明けてきたのだ。これは相当の不安に違いない。


「葵、その……」


 言うべき言葉を探しながら、隣に座る葵の肩を抱きこちらに引き寄せる。大人しく体重を預けてくれた葵の頭が、おれの胸のところに納まった。


「……ごめん、おれには正直わからない次元の話だから……役に立てなくて……」


 本当は葵の不安を作り出したのが誰なのか、勘付いていた。葵と奈津、亜希を翻弄し記憶を消したもの。それはきっと、あの時会ったあの存在。


『理解が早くて助かる。キミのような人間がいたことが世界の救いだ。……ああ、そろそろ時間切れだな。奥さんの体、返すね。何も覚えてないけど思い出させる必要はないよ。時が来ればすべてわかる。だからそのままで。キミは奥さんを愛してあげればそれでいい。よろしくね、キミに期待しているよ』


 葵の声で告げられた言葉を思い出す。あまりに衝撃的で、そっくり頭の中に残っていた。


 ……時が来ればすべてわかる。キミに期待している。


 一体何のことなのだろうか。何を期待されているのだろうか。あれから散々考えては見たけれど何も情報がないし、想像すらできなかった。


 きっとあの存在が。

 アンナさんも恐れる何かが。

 また葵の前に現れて何かをしたんだ。


 おれは葵の背中に腕を回し、ギュッと抱きしめた。葵の不安が伝染したように、おれも不安でいっぱいになってきてしまう。

……一体何が起こるのか。葵に、子供たちに。

 まだ体すらできていないだろうお腹の中に芽生えた小さな命さえ、あの手に握られている。


「……でも、守るよ、きっと守る。葵も、子供たちも。おれにできることなら何だってする。だから……」


 自分がどれほど無責任で、軽い言葉を口にしているのかは分かっていた。守りたい、その気持ちだけが空回りしていることも。だっておれはただの何の力もない人間で、天使とか神様とかそういう存在の中では蟻んこみたいなものだって分かっている。分かっているけど何とかしたかった。それを強い気持ちで口にしたかった。せめて今、葵の不安を和らげるだけの力を持っていたかったのだ。


「栄……ありがとう。……ありがとね……」


 葵もいつの間にかおれの背中に腕を回し、ぴったりとくっついて顔を埋めていた。くぐもった声からは葵の気持ちは読み取れないけど、もしかしたら泣いているのかもしれない。

 おれは葵の背中を擦りながらもう一度繰り返した。


「葵、大丈夫だよ。きっと大丈夫。大きな力を持っていたとしてもナツとアキみたいにコントロールできるかもしれないし、そうしてもらえるように話をしよう? その子がもう少し大きくなったらきっとお兄ちゃんたちを真似して話しかけてくるだろうから、な? 葵ならきっとできるさ。おれも……手伝えることがあったら何でもするよ。大丈夫さ、その子を元気で産んであげよう、な?」


 葵の肩が震えているのに気付きながら、気づいていない素振りでおれは話し続けた。撫でている背中から、少しでも温かさが伝わればいいと願いながら。

 結局自分にできることが見つからないまま、葵を手助けしてあげることしかできないと分かっていながら、軽薄な言葉を紡ぐ。


 ……一体何が、葵の周りで起こっているんだろう。

 おれには何ができるんだろう。


 不安ばかりが押し寄せて何もわからなくて、ただ葵を抱きしめていた。頭の隅っこで、今度アンナさんに話を聞きに行こうと、それしか思いつかなかった。葵も何も言わずただおれにしがみついていた。

 しばらくしてから体を離すと、今日一日さすがに疲れたのだろう、苦しそうに眉を潜めたままで眠ってしまっていた。起こさないようそっとベッドに横たえ、布団を被せる。


 ……確かにここにいるのに、いつかいなくなっちゃうなんてあるんだろうか。


 不意に頭をもたげた恐ろしい考えに一瞬ぞっとしたが、腕の中にある葵のぬくもりを抱きしめて目を閉じた。

 なんとか眠ってしまおうと思い、ぎゅっと目を閉じながらも思考はぐるぐる止まらない。


 こわい、こわい、こわい。


 どうなるんだろうか、これから。

 疲労で眠りに落ちようとする一方で、頭の中の淀みが消えない。


 考えなければ……。でも一体何を? おれに何ができる? どうしたらいい?


 出口のない真っ暗な迷路を彷徨いながらいつの間にか眠りに落ちていた。




明日続けて投稿します!

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