23 奈津と亜希の冒険④
昔は何も考えずにぱっと行動してもどうとでもなったが、今は当時から数百年の時が過ぎておりフェイフェイはこの場所からほとんど動いてもいなかったので、人間の世の中がどのようになっているかをいまいちちゃんと把握してはいなかった。せっかく自分たちの為に力を貸してくれた人間の子供に下手なことをして迷惑をかけるのもなぁと思い、ふむ、と顎に手を当てて考え込んだ。
『お迎えを呼ぶのが一番よね……ああ、母親、が、探してる……?』
双子の兄妹を見つめていたらふとその強い気配を感じ取った。感じたと思った途端にその気配はぐっと強くなり、まるで至近距離で睨まれながら迫られているような迫力でフェイフェイに迫ってきた。
『お? おお……だ、大丈夫だって、言われなくても返すから! ここまで迎えに来てあげて! そしたらちゃんと返すから! 無事だから! 寝てるだけだから!』
途中から泣きそうになりながらフェイフェイは声を張り上げた。実際精霊であるフェイフェイが涙を流すことはないのだが、感情を持っているが故に戸惑いを見せることはある。人間ほどの感情のふり幅は広くないので傍から見ると至って冷静に見えるけれども。
『……お、来るか。あ~びっくりした』
フェイフェイはポリポリと頬を掻きながら零した。フェイフェイには遠くにいる母親の姿が見えていた。いつからこんな能力が身に付いたのかわからなかったが便利なので考えないことにしている。靴を履いて慌てて家を飛び出して走ってくる母親の姿を見ながら、この母親が子供の力の原因か、とぼんやり考えた。
双子のお迎えを、と考えた瞬間にこちらに母親の意識が向かってきた。ずっと二人を探し続けていたのだろう、拡散されていた意識の糸が一つに集約されて一気に自分のところへ伸びてくるのはちょっとした恐怖だった。
『ナツとアキを返して!』と思念を飛ばされてきたのにも正直驚いた。人間にそんなことをされたのは初めてだったからだ。今も母親は急いで走りながらこちらに思念を飛ばしてきている。『二人は無事なのね!?』と問われ、フェイフェイは『無事だよ、無事無事。あ、その角左だよ』と、ビシビシ当たってくる礫のような意識をあしらいながら道案内をしていた。
人間にもこんな強い力を持ったものが現れたんだなぁ、昔より精霊の力は弱まっているというのになぁ、時代かなぁ。なんて考えながら待っていたら、少しの後で現れたものは人の形をした人とは違うものだった。そう、それはまるで……人型を取る自分と似たような。
『……あなたは、ひと……じゃ、ないよね?』
思わず開口一番でそう聞いてしまった。中空に浮いた状態で訝しげな表情を浮かべたフェイフェイを見遣った母親は、肩で息をしながら子供たちの元へ駆け寄った。
ぺたぺたと子供たちの顔を触り、呼吸を確かめ体温を確かめた母親は、そこでふう、と息を吐いてようやく安心したようだった。くたりと座り込んでからフェイフェイを見上げて言った。
「私は人間じゃない。でもあなたも人間じゃない……精霊、よね? まさか地上にこんな強力な精霊がいるなんて思ってもみなかったけど……一体うちの子供たちに何をしたの?」
再び睨まれてしまったフェイフェイは、何をどこから説明しようかと一瞬迷った。そしてその一瞬の間に、招かれざる珍客が現れたのだ。
【その辺の事情はボクから説明してあげようか、アルシェネ。あー、でもメンドクサイし、知る必要もないことかなぁ】
存在しなかった第三者の声が聞こえピクリと反応するフェイフェイ。眉を寄せ、気配を探してみるも、何かが近くにいる感じはしない。それなのに奇妙な圧迫感とどこからともなく響く声だけは確実に聞こえてくるのだ。
【やぁ、風の大精霊フェイフェイ。人間の世界は楽しいかい? ボクはキミがほんの小さな子精霊だったころに会ったことがあるよ……ん? ああ、そのせいで界渡りしちゃったのか、ごめんごめん。でも別にいいよね? それがキミの運命だった】
風は柔らかに吹き抜けていく。虫も何事もないかのように鳴き続けているし、川の流れも止まらない。でも何かがおかしかった。空間がぶれているような、奇妙な感覚。ふと見ると、子供たちの母親が枯れかかった大樹の幹を睨みつけるように見つめていた。あの子が一体化しているあの木に、何かがいると言うのだろうか。太い太い幹を同じようにじっと見つめてみても、何も見えては来ない。遠くのことが見えるフェイフェイの目にも映らない何かが、そこにいるのか。
【……アルシェネ、そんなに睨みつけてもボクの姿は見えないよ。見えないようにしているんだもの、ボクがここにいることに気づけるのはすごいと思うけどね】
やはり、木の幹に何かが宿ったのか。根元で眠る大切な人間をちらっと確かめ、フェイフェイは見えない存在に向き直る。
【大丈夫さ、フェイフェイ。キミの大切な“この子”に影響はない。……ああ、しかし。なんていう日だ、今日は。たまたまアルシェネの様子を見に来ただけだったけど、大収穫だよ、本当に。まさかこんなところに結界を張って隠れてたなんて思いもよらなかった……というより、早々に死んじゃってたと思ってたからなぁ。何百年も頑張ってたなんてね。……ああでもやっぱりボクの勘て正しいんだね。後で役に立つかもしれないと思ってあの時介入しておいてよかったよ。一人の人間を生かすために四体の精霊が頑張ってたからさぁ、物珍しくて力を貸したけどまさかこんな風に働くなんてね。やっぱり未来予測って難しいけど面白いよねぇ】
見えない何かは楽しそうに話し続けた。フェイフェイはその言葉を聞いて首を傾げるばかりだった。数百年前のあの日、おそらくこの存在が言っているのはあの日のことなのだろう、でもあの日、私たちが大きな決断をしたあの日に、私たち以外はあの場にいなかった。私たち以外にこのことを知るものはいないはずなのに。それに、「力を貸した」って……?
【やだなぁ、ひとの生き死になんて、精霊にどうこう出来る問題じゃないじゃない。たとえ大精霊が三体、力を合わせたとしても、魂を引きとめて肉体の時間を止めようなんて、いやいや、無理デショ。ふつうに】
フェイフェイは愕然とした。
あの日、あの場所で起きたことは、そしてその結果は、あの子の今は。
私たちの力によってもたらされた奇跡であり、だからこそ何百年も待ち続けているというのに。
何者かが介入して、そして気まぐれに貸された力によって成された結果だったなんて。
【いや、そんなにがっかりすることじゃないでしょ。ボクが力を貸さなければ今その子は生きている状態ではなかった。キミたちの望みはその子を生かすことだっただろ? だったら成り行きがどうであれ、その願いが叶っていることを喜ぶべきだ。……まぁ結果、何百年も眠り続けるなんて予想はしてなかったんだろうけどねぇ……。うーん、そうだね、土の大精霊の言う通り、火の力が足りないんだね。バランスが悪すぎる。しかし……本当に運命って面白いよねぇ、アルシェネの子どもの力によって、かなりの部分が補われた。だから数年後には覚醒できるだろうね。ただまだ少し……足りないんだな】
そう言って言葉を区切った後、見えない存在の視線が母親の元へ向いたのが分かった。姿形が見えないのに、視線を感じるなんておかしいが、そう思うしかなかった。
【……ねぇ、アルシェネ。隠したって無駄なんだよ? 宿った命は止めようもなく成長してやがて生まれる。キミが周囲にそれを隠したところで結果は変わらない、そうでしょ? そしてボクにはどんな隠し事も意味を成さない。本当はこのボクからその子の存在を隠したかったんだろうけどね……残念ながらキミに宿る前から知ってたんだ。最後の、四番目の子供のことは】
アルシェネと呼ばれた母親は、顔を歪めてお腹を両手で覆った。話の内容から察するに、あの母親は新たな子供を宿しているらしい。しかし見えない存在と人間ではないらしい彼女の関係がフェイフェイには全く分からなかった。
【さて、ここで願ってもないチャンスがやってきた。世界を救う鍵となりうるものが一つ増えた。でも完全ではない。力が足りない。そこでアルシェネの子供。まだ世界に生まれ落ちていない子供が更なる鍵になる】
どうやら母親には話が見えているらしい。はっと何かに気づいた顔をした後、お腹を押さえたまま唇を噛みしめた。感情を押し殺しているのがフェイフェイにもわかった。一体何が起こるというのだろうか。
【……その子に炎の力を与えよう】
簡潔に言われた言葉は、きっとその場で言霊になったのだろう。母親のお腹の辺りがふわっと赤く光り輝き、一瞬で消えた。母親が一筋の涙を流すのが見えた。
【泣くようなことじゃない、アルシェネ。その子の力はここで眠る……もはや人間とは言い難い存在を確立するために働き、そしてその子自身を守るために働く。……世界は動くんだ、アルシェネ。その時キミの子供たちは力を持っていたことに感謝するだろう】
予言めいたその言葉に、母親は初めて噛みつくように反論した。
「私は……! 私はそんなもの望んでない……! 世界なんて関係ない! 子供たちには力なんて与えたくなかった、 ただ栄と……家族みんなで幸せに暮らせたらそれでよかったのに……!」
叫んだ母親の姿が示すのは悲痛そのものだった。抱えてきた感情を爆発させるかのように、彼女は泣き出した。
【でもそこにキミ自身は存在できないことも分かっているんでしょ?】
声は端的に告げた。母親は泣くのを止めた。だが涙は静かに頬を流れ落ちて行った。彼女の意思ではなく、勝手に流れ落ちるただの現象のように。
【母親っていうのはメンドクサイものなんだねぇ。子供を守るために必死か……。アルシェネ、キミにはボクに関する記憶はないはずだよね? 前に二度会った時の記憶はボクが消してる。だからキミがボクを威嚇するのはキミの本能的な何かが反応しているってことだ。持って生まれた天使の力か、はたまた子供を守りたい母親の本能か】
母親は涙を流しながら訝しげに眉を寄せた。何を言っているんだ、と戸惑うように。
【何年か前のキミは、ボクの正体を知ってボクに従ったよ。そう、最初の子が産まれる前だ。もう一度繰り返してみるかい? 変えることのできない運命に絶望してみる? ひとに近づきすぎて、神に対する畏怖を失ったかな?】
老木の幹の表面で、何かが揺らぐのが見えた。一瞬人の形に見えたがすぐに何も見えなくなってしまった。と、母親が見てわかるくらいにブルブルと体を震わせていた。歯はガチガチと音を立て、押さえつけている手も指も、自分では調整できない様子で震えが止まらない。何が起きたのかフェイフェイにはわからなかった。しかし一瞬のうちに何者かが母親に何かをしたのだ。
……何者か……神、が? 先ほどそう言っていなかったか? 神なんて存在していたか? ああ、とフェイフェイは記憶を探る。そうだ、数百年前、神の力に触れた友人がいたじゃないか。神の子とも会ったじゃないか。
【……少しは思い出した? キミがボクに逆らえないこと。キミが今この世界にいることは、ボクによってもたらされた。そしてキミが四人の子供を産むことも、ボクはあの時予告したね? ……変わらないんだよ、どう頑張っても。キミの意思では世界の運命は変えられない。キミの子供たちの存在が世界の運命を変えるのとは反対にね】
母親はうなだれて沈黙した。泣いているようにも見えたが、フェイフェイにはよくわからなかった。ただ絶対的な力が彼女を屈服させたのだと理解した。どういう関わりなのかいまだによくわからないが、彼女の子供たちの運命は神に握られているのだと分かった。
【さて……フェイフェイ。キミにとっては喜ばしい日になったね。キミたちは数年後にはここを動けるようになる。彼の人格がどう出るかはいまいち予測ができないけど、そのうち目覚めてくるだろう。よかったね、望みが叶うよ、ようやく】
フェイフェイは微妙な表情を浮かべたまま、頷くことができなかった。確かに長く望み続けたことが叶いそうだった。ほんの少し前までの心配はすべて解消され、あと数年待つことくらい、数百年待ち続けた自分たちにとっては大した時間ではなかった。でも、それがどうも目の前でうなだれている母親と眠っている子供たちの力に依ることであり、母親にとってそれがとんでもない苦痛であるらしいことが、フェイフェイを単純に喜ばせはしなかった。
【おや、どうやらキミもひとに近づきすぎたようだね。本来精霊にはそこまでの感情は備わっていないはずなのにね。長く存在するとやっぱり変わるよね……ふふ、面白い】
くすくす、と笑う声に合わせて老木の葉が揺れた。フェイフェイはそこで枯れかかっていた老木が少しずつ元気を取り戻していることに気づいた。もう死んでいたはずの枝が再び水を通し空の方へ伸びあがり、どこか倒れそうだった幹全体がどっしりと根を張るようになっていた。なんということなのだろう。 自分たち精霊にもどうにもできなかった老木の“老い”を神という存在は姿も見せずに止めてしまうのか。
【この存在がボクにとって大切な鍵だからさ。せっかく見つけたのになくなられては困る。この木もかなり頑張ってくれたからね、ご褒美ついでにもうちょっと頑張ってもらおうかなって。……さぁ、フェイフェイ。キミはもう戻るといいよ。精神体で出過ぎるのもこの体には負担だ。いま中でバランスを取り出した頃だからね、キミも戻っておかないとまたバランスが偏る。……数年後目覚めるときが来たらまた会おう。立派に完成されることを願っているよ……おやすみ】
「おやすみ」と言われた直後に、フェイフェイは自分が彼の体の中に沈み、眠りにつこうとしているのを認識した。なんたる強制力。こちらの意思とは何ら関わりなく、相手をその通りに動かしていくなんて……。まだまだ解決していない疑問やらもやもやを抱えたまま、強制的な力によってフェイフェイは深い眠りの中へ落ちて行った。
【……と、これはどうしようかな。アルシェネは気を失っちゃったの?】
老木の周りに開けた広場では、話をする者は一人しか残されていなかった。そういうように仕向けた張本人は「う~ん」と考え込む素振りをした後で、さして考えずにこう呟いた。
【さっき炎の力に変換するときにちょっと力出し過ぎちゃったかな? その後のかな? ま、いっか。ハルに呼びかけてみよっと。ちょっとだけハルの力を解放して~……おーい、ハル、ここにいるよ、迎えに来てあげて~】
いまだ姿を隠形したままだったので誰にも見えていないが、本人は口に両手を筒状にして当てて声を張り、至極楽しそうに振る舞っていた。機嫌が良すぎて今宿っている木にまた影響を与えてしまい、枯れ枝から葉っぱと花と実を同時に出してしまった。ありえない光景。花は瞬時に枯れ、実はどんどん成長した。手のひらに収まるほどの小さな実はみるみる赤く色づき、熟して枝から落ちた。
【……よし、ハルが応えた。そしたらここは封印するから、とりあえず移動してもらおうかな】
言いながら落ちてきた実を取り、しゃくりと噛り付いたのは少年のような、少女のような姿。
ひとさし指をひょいっと上にあげると、草の上に寝ていた三人の親子はふわりと持ち上がった。そしてその指をくるりと左に返すと三人の姿はぱっと消えた。
【森の入り口辺りに寝かせとけば大丈夫でしょ。さてここは……えいっと】
楽しそうにひとり呟きながら、今度は老木へ向き直った。両腕を木の方へかざし、下から上へ振り上げる。すると一瞬の間に木はなくなった。なくなったというのは見た目だけの問題で、実際のところは誰にも見えないように分厚いカーテンを掛けたようなものなのだが、そんなことは誰にもわからないので。
【いつかあの四番目の子がここへきて封印を解けるようにね……細工しとかなきゃね、ふふ】
森の中の広場は迷い込んだ人には発見されないように、広場に見えないように細工された。ここへ来た人はいつの間にか回れ右をして元の道を戻るようになっている。ただの人間には絶対に入って来られない。
【ああ、面白かった。今日は本当に面白い日になったねぇ、記念日的だ。さて、あと何年後なのかな……四番目の子は何歳になってるかな。ああ未来が楽しみになるのは久しぶりだ。……アルシェネには残念な未来かもしれないけれど……】
楽しい素振りを見せていたのに最後は意味深に呟いてにやりと笑った。性別も年齢もふわふわと動いて掴ませないような雲のようにはっきりとは分からない。強い強い力を持った存在は、自分の思い描く未来に向けて駒がそろってきたことを喜びながらその姿を消した。知らずに掛けていた圧力から解放された鳥たちが一斉に飛び立つ異様な光景を見ることはないまま。
*
「うわっ、何だあれ、何かあったのか」
フロントガラスの向こう側、向かっている方角で鳥たちが一斉に飛び立った。ぎゃーぎゃーと声をあげるカラスも、鳩も雀なんかも一緒くただ。ひと時の間空は鳥で黒っぽくなり、しばらくの後で落ち着いた。
「なんだろうね……ちょっと怖いね」
助手席の羽留もシートベルトを握り締めながら空を見上げて言った。鳥が騒ぐのはよくないことの前兆だと、この間テレビで見たばかりだった。心霊特集の番組だったので、偶々その部分だけを見て他のチャンネルに回してしまったのだが、羽留はきっとそのことを覚えているのだろう。
「大丈夫さ、もういなくなったし」
おれはそう言いながらハンドルを切り、ほどなくたどり着いた目的地である小高い山の麓にある公園の脇に車を停めた。
公園には誰もおらず、しんと静まり返っている。先ほど鳥が騒いだせいなのか、緑の葉っぱがたくさん落ちていた。
「いや、単に掃除が行き届いてないだけかもしれないし」
と呟き見なかったことにして、羽留とともに山の方へと向かった。山、と言っても大した標高ではないので森のなかを分け入っているうちにいつの間にか頂上を越えて向こう側に下りている、という程度の山だ。森の木々の切れ目でよく人が立ち入る場所を覗いて、はっと声をあげた。
「葵っ、ナツ、アキ!」
まさか森の入り口で倒れているとは思わなかった。おれと羽留は慌てて三人に駆け寄り、体を起こす。呼吸を確かめ、ただ眠っているだけのようだと分かると二人でほっと息をつき、そしてようやく辺りを見渡した。
「なんでこんなところで寝てたんだろうね。ナツとアキはともかく、探しに来たお母さんが寝てるのって変じゃない?」
羽留が至極もっともな疑問を口にした。おれは抱きかかえた葵の額にかかった髪をそっと払い、どこか苦しげな表情で目を閉じている葵の頬に触れた。
「さて……なんでなんだろうなぁ」
何故かは全く見当もつかないが、また葵と双子が何か不思議な存在に振り回されたのではないかという想像はついた。
双子が二人だけで出かけたことについては目が覚めたらちゃんと聞かなければわからないけれど、葵に双子のいる場所が分かったのと羽留が誰かに呼ばれたのはおそらく同じ現象だ。
誰か、がいたのだ。ここに。
子供たちはともかく、葵を呼び寄せて気絶させられる誰かが。
「とにかく、家に連れて帰ろう。ハル、アキを抱っこできるか? お父さんはお母さんをおんぶして、ナツを抱えるから」
言葉通りに葵を背中に背負ってからナツを小脇に抱え上げたら、羽留が目を丸くしておれを見上げてきた。
「お父さん、力持ち!」
そりゃ毎日重たい材木とか道具箱とか担いでますからね、と笑い、亜希をおんぶした羽留と一緒に車へと歩いていく。
――なんにせよみんなが無事ならそれでいいんだ。
今はそう思うほかなかった。早く帰って親父とお袋に無事だったことを報告してやらないと。アンナさんたちも心配してるだろうな。葵はどこまで連絡したんだろうか。
そんな風に思考を逃がすしかできなかった。おれにはどうにもできない次元の問題なのだと頭の隅で悟ってしまったから。
複雑な気持ちを抱えたまま家に帰り、三人が目を覚ますのを待った。
そして少しだけ予想していたのだが、その予想通り……三人とも目を覚ました時には、何がどうなったのかを覚えてはいなかった。双子に至っては、何故あの森へ行ったのかさえ覚えていなかった。ただ不思議そうに二人で顔を見合わせて首を傾げ、思い出そうとするものの何も思い出せないと言うのだった。
おれと羽留は消化しきれない気持ちを持て余すもどうしようもなく、ただただ、無事に帰って来られたことを喜ぶことにした。
原因がはっきりしないのは怖いのだが多分、おれの予想が正しければ、双子も葵もあの山にいた何かに呼ばれ、何かがあったのだ。 それは人の手によるものではないという変な確信があったから、もう考えないことにした。考えてびくびくしても無駄なのだ。不思議な現象なら起こるべき時に起こってしまう。自分たちの意思なんて関係ないのだ。
「栄……、あの、ちょっと話があるんだけど」
何とかおれが自分の中で気持ちの整理をつけたその日の夜、葵が深刻な表情でそう切り出した。
本当は葵は何か覚えているのだろうか、そう思ったけれど、葵の話はそれではなかった。
予想もしないことが、おれたちの周りで起き始めていた。いや、正確に言うならそれはもうとっくに始まっていたのだけれど、思い返してみればそこがターニングポイントだったように思う。
運命の輪が急速に速度を上げて回りだした。それはまるで、行く先を定めて走り出した車輪のように。
また不定期更新になります。ご了承ください<(_ _)>




