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太陽の咲く庭で、君が  作者: 蔡鷲娟
第二章
87/128

19 ハルの成長

大変お待たせしましたm(_ _)m



 ぼくのお父さん   1ねん2くみ ひなたはる


 ぼくのお父さんは大工です。大工というのは家をたてる仕事です。おじいちゃんもおなじ仕事をしています。

 このあいだ、お父さんとおじいちゃんはぼくたちの新しい家をたててくれました。とても大きな家です。庭も大きいです。おばあちゃんがあとでたくさんお花をうえるといっています。

 新しい家にはぼくたち兄弟の部屋もあります。二かいの右がわで、とても広いです。しょうらいは弟と妹といっしょにつかいます。とてもたのしみです。

 新しい家は木のいいにおいがします。たたみもみどり色です。ぼくは新しい家がとても好きです。こんなすてきな家をたてたお父さんはとてもすごいとおもいます。ぼくも大きくなったらお父さんのようにりっぱな家をたてたいです。


「……『かんじをたくさんつかえてすごいですね』、か。はは、懐かしいな。一年生の時のか」


「ちゃんとしまっておいたのよ。記念になると思って。あの時はね、『作文書くからお母さん、漢字教えて』ってハルが言うから、辞書の使い方を教えたのよ。そしたら『新しい』とか『庭』とか『家』とか気になるものを引いて使ったみたい」


「一年生でこれだけ漢字使ってるのはすごいって言ったんだよな。しかも文章の間違いがなくて……」


 おれと葵がいっしょに覗き込んでいたのは、小学校一年生の時に羽留が書いた作文だった。テーマは「お父さん」。授業参観で発表したものだった。

 羽留にとっても葵にとっても初めての授業参観で、おれはどちらかというと葵の方が心配で、仕事を半日休んでついて行った。昔もそうだったが、父親が授業参観に来る家庭というのはそんなに多くなく、まして両親揃って来ている家もなかったのでちょっと視線を感じてしまったが、そんなことはどうでもよかった。一緒について行ってよかったと素直に思った。

 授業ではひとりひとり作文を読み上げるのを聞いた。親のひいき目が入っているのは重々承知の上で、と普通は言うのだろうが、ひいき目などあってもなくても、羽留の発表を聞いて感心していない親は一人もいなかった。それほど素晴らしかった。普段家の中で話しているときも、小学校一年生とは思えないほどのしっかりした口調で話すとは思っていたが、周りの子と比べるとそれが一層はっきりした。声も大きくよく通っていたし、つっかえることもない。堂々とした態度で背筋を伸ばしすらすらと読んだ。

 作文の内容も、おそらく先生は大きく訂正しなかったのだろう、文章になってないようなものもちらほらあった中で、羽留のものは群を抜いて出来が良かった。

 帰り道で思わず羽留を抱き上げて、「ハルは本当にすごいなぁ!」と言ったが、羽留ははにかんで笑うだけだった。


「お父さんお母さん何してるの? ……え、なにそれ、そんな昔の恥ずかしいやつ見ないでよ!」


 偶々やってきた羽留は、おれたちが見ていたのが自分の書いた作文と知ってすぐに取り上げてしまった。怒ると頬をぷくっとふくらますのが葵とそっくりで微笑ましい。


「昔ってハル。たったの二年前だろう? それにいいじゃないか、とてもよく書けてるんだから」


 おれが笑って言うと、羽留は眉間にしわを寄せて手元の作文に視線を落とした。


「……ぜんっぜんダメ。こんなの恥ずかしくて残しておけないよ」


 と、作文を握っていた手に力を込め、破きそうになった。だが、あ、と思った瞬間、葵がさっと動いてまるでマジックのように羽留の手から作文を救出してしまった。


「ダメよ、ハル。今恥ずかしいと思うならそれはハルが成長した証なの。お母さんは取っておきたいから破いちゃだーめ」


 一瞬のうちに何が起きたのか、羽留がぽかんとしているうちに葵は少し皺になってしまった作文用紙を丁寧に伸ばしてからたたみ、元の箱の中にしまってしまった。ちなみに箱はクッキーが入っていた大きな缶だ。一年ほど前にみんなで有名なテーマパークに遊びに行った時のお土産で、まさかそれが取ってあって、しかも子供たちの思い出の品が入っているとは思わなかったからおれは思わずにやにやしてしまった。葵はいったいどこからそんな収納法を学んだのだろう。

 しかしそのニヤついた顔が、羽留には自分を馬鹿にしていると思えたらしく、苛立ちの矛先がこちらに向いてしまった。


「むー。お父さん? 何にやにやしてるのさ。お母さんには攻撃できないけど、お父さんにはできるんだよ!」


 言うが早いか羽留はさっと立ち上がり、無防備な状態のおれの肩を目掛けて蹴りを放ってきた。


「おっと、ちょっと待て、ハル!」


 何とか左腕で防御したおれは、片膝を立てて逃げの体勢をつくる。が、羽留の追撃は止まず、今度は右側からおれの頭を狙ってきた。


「急所突くのやめろ! くそっ、やっぱり洋一に任せたのが間違いだったか~!」


 羽留の蹴りの威力は全く本気ではなく、半ばじゃれている状態なのだが、右から左から立て続けに放たれてくる攻撃は明らかに急所狙いだ。体勢を変えながらひたすら防御しつつ、いつの間に羽留はこんなに喧嘩っぽくなってしまったのかとおれは思わずため息をついた。


  *


 そもそも事の発端は羽留が小学校三年になりたての時、他のクラスの男の子とちょっとしたけんかになったことだ。ありがちな話ではあるが、他のクラスのある男の子が羽留のクラスの女の子が好きで、でもその子は羽留のことが好きで……といういわゆる三角関係的な状況の元、一方的にけんかを売られたらしい。

 羽留としては女の子の気持ちに気づいてもおらず、男の子の心境などさらに知る由もなかったので寝耳に水状態で首を傾げていたのだが、その様子が相手の男の子の勘に障って本格的なけんかになってしまった。その子は空手を習っており強さをひけらかしたいタイプの子で、目の上のたんこぶ的な存在の羽留を前々から叩き潰してしまいたかったらしい。ところが羽留は持ち前の運動神経の良さを発揮して、その子の攻撃は当たらなかった。けんかはダメだとなんとなく知っていた羽留は、相手に攻撃を仕掛けることなくひたすら避け続け、異変に気付いた先生が来て親が呼び出され……といった流れだったのだが(たまたま休みだったのでおれが学校に行った)、相手の子がひとりで疲れていただけで羽留は無傷であったし、向こうが不完全燃焼なのは致し方ないが吹っかけてきたのもそちらだし……と特に処分もなく、相手の親にひたすら謝られて帰って来た。


 その帰り道、腑に落ちない顔でずっと何かを考えていた羽留が不意に言ったのだ。


「……ねぇ、お父さんってけんか強いんだよね?」


「は? なんだ急に……」


 ようやくおれの腰の高さまで背が伸びた羽留が、じっとこちらを見上げている。この目は……あれだな、何かを期待している時の目。


「お父さん昔『魔王』だったって洋二さんが言ってた。ねぇ、僕にもけんか教えてよ」


 がくっと膝が折れそうになるのを踏ん張ってみたが、肩はがっくり落ちてしまった。……また洋二か……。あいつは余計なことしか言わないのか。ってか何十年前の話だ、魔王なんて。おれはすでに現役引退しだぞ。……じゃなくて。


「……ハル。洋二の言っていることはあんまり信じなくていいぞ? お父さんは別にけんか強かったわけじゃ」


「だって何回も助けてもらったって洋二さんが言ってたよ? お父さんと洋一さんは洋二さんのヒーローなんだって」


 なんと、本当に洋二はおれたちのことをヒーローだと思っていたのか。しかしなんて話を羽留にしているのだろう。確かに父親は子供にとってのヒーローでありたいとは思うが、一体どのあたりの話をしたのやら。そもそもおれは洋二の前でどんちゃんやった覚えはないので、かなり話を美化したのではないかと推測はできるが……。


「あのね、僕さっき思ったんだけど、もっとかっこよく防御とかしたいんだよね。避けるので精いっぱいだったからカッコ悪かったなって」


 いや、攻撃をすべて避けきるなんて、そっちの方がすごいんじゃないか? と思っていたが、羽留は興奮気味に続ける。


「もし次にけんかするときはね、相手の攻撃が読めるようになりたいなぁ。そしたらもっと楽に避けられるし、ささっと防御もできるよねぇ!」


「……おー、まぁな~」


 遠い一点を見つめてキラキラと輝く瞳。その妄想の広げ方は洋二とそっくりだぞ、羽留。馬鹿が移るぞ……なんてこった、もう半ば感染しているのか。


「いやいや、ハル。そんなしょっちゅうけんかなんかすることないし、そもそもけんかはよくないぞ。殴られたら痛いし、怪我するかもしれないし。殴った方だって手とか結構痛いんだぞ?」


「うん、手は痛くなりそうだから足で攻撃する。お父さんもアシワザがすごいんだって洋二さんが言ってた」


 ……くそ洋二が。今度会ったらシメる。

 

「だからさ、お父さんけんかのしかた教えてよ! 僕強くなりたいんだ! いつも女の子にかばわれてるからそれも悪いし」


「へ? 庇われてる??」


 なんだか話が意外な方向へ伸びてきた。

 羽留は恥ずかしそうに頬を掻きながら、視線を下げて言った。


「実はね、本当のけんかになったのは今日が初めてだったんだけど、いままでもけっこうあったの。男の子に呼び出されてね、文句付けられるのはしょっちゅうなんだ。でもその度に女の子たちがみんなで来て、『ハルくんをいじめるな!』って言ってくれて、それで……」


 ははーん、読めた。なんだ羽留はモテるのか。それもそうか、頭はいいし、顔も整っている。商店街を歩けばそこらじゅうから「ハルちゃ~ん」と呼ばれる始末で人気は高い。親馬鹿なのかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。


「もうね、女の子にかばわれないように、僕が自分で何とかできるようになりたいんだ! だからお父さん、けんかのしかた教えて!」


「う~ん……」


 さて困ったぞ。モテモテ羽留の事情を察するに、この先トラブルは多そうだ。洋一が若かった時のことを思い出せば、いろいろ想定もできるというのもで……。ん? 洋一?


「……そういえば洋一も、女の子にもてすぎるんで武術習い始めたんだっけ……?」


 親友のかつての姿を思いだしてみると、小学校の高学年になったころから急にモテ始めた洋一は(顔がすっと整った頃だ)、同級生やら上の学年やらの男子たちに何かと因縁をつけられ、けんか三昧だった。巻き込まれる形でおれもけんかに強くなっていったのだけれど、洋一はもっとちゃんと力をつけたいと、近場のとある道場に通い出した。

 そこは空手でも柔道でもなく、まったく聞いたことのない体術を教える道場だったものだから、近所にあったけれども通っているという人などついぞ耳にしたこともないような怪しさ満点の道場だった。ところが数か月後、何をどうしたものか洋一は華麗なる足技の使い手になっていて、来るものを次々と薙ぎ払い飄々と笑うあの戦法がいつの間にか確立していたのだ。数か月で達人のようになってしまった洋一に驚きつつ、おれも技を適当に盗んで足で戦うようになったのだ。


「洋一も恐ろしいがあの道場が怪しすぎる……。でももうないんだよな」


 その道場は洋一が一年くらい通ったと思った頃にはなくなってしまっていた。洋一曰く、「師匠は修行の旅に出るんだって。僕があんまりにも吸収がいいんで、追い抜かされそうで嫌なんだってさ」とのことで、汚い字で『免許皆伝』と書かれた紙を見せてくれたっけ。


「うーん、しかしなぁ、けんかの為に武術を習うのもなぁ。武術を習ってる人はけんかしちゃダメなんだぞ?」


「だからお父さんに言ってるんだよ、僕は別に空手とか柔道とかがやりたいわけじゃないんだもの」


「う~ん……」


 さて、どうしたものか。男の子なのだし、自己防衛の方法として多少の武術の心得も必要ではないかと思う。しかしおれが教えると言っても、おれがけんかが強かったのはただの勢いであって、そもそも強かったのかどうかも怪しい。おれのがたいの良さに相手が勝手にビビッて自滅というパターンもあったし、力もあるから体重さえ乗せていけば簡単にダメージを与えられたのだ。


「教えると言ってもなぁ、教えられることなんてないし……」


 適当だもんなぁ、おれの戦い方なんて。洋一みたく計算して動かないしなぁ。……ん?


「あ、そうか。洋一がいたか。なぁ、ハル。ハルはどっちかというと相手の動きを読んで攻撃を避けられるようになりたいんだよな?」


「え? うん、そうだね」


「そしたら洋一に習えばいい。本格的な足技は危ないからちょこっとだけにして、とにかく攻撃を避けられるように。どうだ?」


 それなら葵も親父もお袋も賛成してくれるだろう。身を守るための防御と最低限の攻撃だけなら危なくないし、逆に今後の羽留には必要になる力だ。洋一ならさくっと基本的な部分を教えられるだろう。


「わかった! お父さんありがとう!」


「ああ、危なそうなことを教えられたら必ずお父さんに言うんだぞ? 怪我をしてもダメだし、相手に怪我をさせるのもダメだ」


「うん、わかったよ」


   *


 ……このような(くだり)で羽留は洋一に武術を習うようになった。おれとしてはただちょっとかじるくらいで、反射神経を磨いて攻撃を避けられるようになればいいと思っていたのだが。

やはり任せた相手が間違いだったようだ。羽留は洋一との特訓を開始して数か月、かつての洋一のようにものすごい変貌を遂げていた。


「だー! ハル、もうやめろ! お父さん結構限界だ!」


 ひたすら防御に徹してきたが、攻撃を受け続けてきた腕も足もびりびり痛いし、ちょいちょいボディーにも入ってしまっていた。軽いステップを踏みながら足を動かし続けていた羽留はその声を聞いてようやく足を止め、ふうと息を吐いた。


「やだなぁお父さん。これくらいで終わり? っていうか反撃してきていいのに」


 爽やかに汗を拭った息子を見ながら、こちらはどっかりと座りこみ、盛大にため息を吐いた。


「まさか小学生の息子に反撃なんてできないだろ? ったく洋一め~達人にしろなんて言ってないのに!」


「だって洋一さんが、『中途半端に教えるのは無理だよ、やるなら徹底的に♪ ね?』って言うから。僕はよくわかんなかったけど、教えてもらう方なんだもの、黙ってうなずくしかないでしょ?」


 くっそ、文句付けに行ってやる! ついでに洋二もシメてこないとな。

 

「お父さんも洋一さんに教えてもらったら? このままじゃ僕、お父さんより強くなっちゃうよ」


 にやりと笑って部屋を出ていく姿をぽかんと見送ったら、すっかり存在を忘れていた葵が突然笑い出した。


「はははっ、ハルったら」


「葵……見てたんなら止めてくれよ」


 そもそも葵がさっと作文を取り上げた矛先がおれに来たって言うのに。至極楽しそうに笑う葵を見ながら、じっとりとかいてしまった汗を拭う。羽留のすっきりした表情を思い出すに、ストレス解消には役立てたらしい。……もう二度とサンドバッグにはなりたくないが。


「ハルは栄に似たのね。とってもすごかった。足も高く上がって動きが早かったし。私はあんな風には動けないから、栄に似たんだね」


 笑いながら言われたセリフにきょとんとする。ずっと羽留のあれこれの能力が高いのは葵のせいだと思っていたけれど。

 ……ひとつでも自分に似たところがあるって言われるのは嬉しいもんだな。


「そう……かな、はは」


 照れ隠しで笑ってなんだかちょっと誇らしげな気分になった。そっか、羽留の運動神経の良さはおれに似たのか。

 どちらかというとその運動神経を、武術の達人になる方向じゃなく、もっとバスケとかサッカーとかのスポーツ方面に活かしてほしいものだけれど。

 このままじゃ羽留の言う通り、羽留の方がおれより強くなってしまうなぁなんて複雑な気持ちでいたら、葵が最後に危険な情報をくれた。


「私は戦いには特化してないけど、アーレリーは戦闘もすごいのよ。訓練場で特訓しているのを見たことがあるけど、なんだかぷにぷにした物体をひたすら蹴り続けてたのはちょっと怖かったなぁ……。どーんどーんって部屋全体が揺れるようで……」


 ……羽留VSアンナさんは絶対に当ててはいけない組み合わせだ。羽留がアンナさんに戦闘を習いたいなんて言ったら、確実に人間の域を超えてしまう。


「葵、それ、ハルにも洋一にも言っちゃダメだぞ。アンナさんと戦いたいなんて言ったらどうなることか」


「ふふ、大丈夫よ。アーレリーが強いなんて誰も信じないでしょ?」


 葵はそう言って笑ったが、クールなアンナさんを思い浮かべると鋭い蹴りが飛んできても不思議はないような気がする。


「いや、ダメだ、絶対言っちゃダメ! これ以上ハルが変な方向に行ったら困るから! 頼むよ葵!」


「え~? わかった、言わないよ、はは」


 本当かな……と葵を疑わしく思いながら、気怠い午後の時間は過ぎていった。





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