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太陽の咲く庭で、君が  作者: 蔡鷲娟
第二章
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18 新しい家




 真新しい木と畳の香りに包まれての昼寝は最高だ。午前中の初夏の風が頬を爽やかに撫でていく。いつもは騒がしい三人の子供たちもいないし、ちょっと今だけ……。


「パパー!! どこ~?」

「パパパパー!!」

「おとーさーん? いるんでしょ、出てきてー!」


 元気のいい不揃い三重奏。聞こえていたが返事はせず、閉じていた目にさらにギュッと力を込めた。自然と眉が寄ってしまったのも仕方あるまい。せっかくの静寂を邪魔されてしまったのだから。


「おとうさーん、かぎ開けてよ~。荷物もってきたんだから~」


 六歳になってとてもしっかりした羽留の声が近づいてきている。玄関が開かないのを確かめ、庭に回り込んでくる足音が聞こえる。きっともうすぐ発見されてしまうだろう。

 おれはふーと大きく息を吐き、目を開けた。と、天井の隅に何やら汚れを発見してしまった。なぜだ、ちゃんと気を遣って作業したはずなのに。


「あ、いた、お父さん。聞こえてたんでしょ? 開けてよ、げんかん」


 何かを両手で抱えた羽留が、開け放した縁側で寝ていたおれを発見し不満げな声を上げた。


「ああ、悪い」


 本当はそんなに悪いとも思っていなかったから、ぼんやりそう答えた。視線は先ほどの汚れに固定されたままだ。うーん、あの辺の作業は洋二に任せていたんだよな……。おれの家だからいいけど、お客さんの家だったら減給もんだな。

 じっと天井を睨んでいたおれの視線を追って羽留も天井を見上げ、首を傾げていた。たぶん隅っこの汚れまでは見えないのだろう。 そのまま荷物を置いた羽留は、おれが動かないのを悟って靴を脱ぎ、廊下から奈津と亜希が待っている玄関へと向かった。羽留は小学校一年生だというのに、もうすでに高学年の子と比較しても遜色のないほどの落ち着きを持っている。察しの良さと機転の利きようは大人顔負けだ。

 ガチャ、ガラガラ……と玄関扉の開く音が聞こえ、にぎやかな和音が盛大に不満を言った。


「あ~つかれた~こしがいたーい」


「てがしびれたよ~のどもかわいたよ~」


 三歳になった奈津と亜希は大人のようにしゃべったり振る舞ったりするのが最近のお気に入りだ。たぶん羽留が小学校に通い出したのが大きい。黒いランドセルを見つめては、羨望の眼差しを羽留に送っている。そして親父やお袋が話すあれこれの会話を真似しては、二人で言い合って面白がっているのだ。

 汚れのことは後で洋二を叱りつけよう、と心の中で決め、おれは立ち上がって玄関に向かった。子供たちは靴を脱いで既に上り込んでいる。


「わぁ~すごーい、あたらしいね~」


「ひろいね~おおきいね~」


 奈津と亜希が目をキラキラさせて素直な感想を述べる。完成した新しい家に子供たちは今日初めて来たのだ。

 双子が生まれた頃には設計図が出来上がっていたのだが、実際家が建つまでに三年ほどの月日を要した。別にそんなに時間が掛かる大邸宅を建てたわけじゃない。他の仕事との兼ね合いを見ながら、空いた時間で作業を進めたため、取り掛かりから完成までだいぶゆっくりだっただけだ。


「お父さん、ぼくたちの荷物はどこにおいたらいい? とりあえず自分の荷物だけもっていきなさいってお母さんがいうからもってきたんだ」


 小学校一年生にしてこの冷静さ。もう少し感動を表してくれたっていいだろうに。下の弟妹がまだ小さいから余計そうなのかもしれないが、ちょっと可愛げがない。


「二階に子供部屋があるぞ。階段上がって右手だ」


 そこに置いてきたらいい、と言い終わる前に、羽留は足取り軽く階段を探しに走りだしてしまった。その後ろ姿を見送りながら、微笑ましさに声を上げて笑ってしまった。大人っぽく振る舞っていても、本当は羽留も喜んでくれているのだ。


「はるにいちゃん、どこいくのー?」


 置いて行かれた奈津と亜希は、あちこちを走り回る羽留を追いかけて顔をあっちこっちに向けている。羽留は階段を見つけ出せないようだ。親父の渾身の設計だが、階段に関して言うならばまぁ確かに、変な位置に付いている感も否めない。羽留も自分で探したいだろうと放っておくことにし、おれは亜希に話しかけた。


「アキ、ママはどうした?」


「んー? ままは、かえったの。にもつせいりするからかえるねって、さっき」


「そっか」


 どうやら葵は、子供たちを送ってきてまた戻ったらしい。同じ町内、歩いても十分十五分くらいの距離だから、新しい家に興奮して騒ぐ子供たちを先に連れてきて、落ち着いて荷物整理をしようとしているようだ。そうなると、今度葵がこっちに来て子供たちを見ていてくれないと、車は動かせないなぁ。電話はもう通っているから後で連絡するか。

と、息を荒くした羽留が戻ってきた。


「お父さん、どこにもかいだんないよ? どこ?」


 そのちょっと不満気な顔といったら。やっぱり自分で探し出したかったに違いない。不本意を隠さずに尋ねてくる素直さに内心でにやにやしながら、縁側の方を指差した。


「突き当りだよ」


「え~、そっち!?」


 まさかの位置に驚きと不満を表しながら、荷物を抱え直した羽留は一目散に走っていく。一拍後でハッとして、それを追いかける奈津と亜希。


「階段のぼるのに注意しろよ~」


 そう小さな背中に声を掛けつつ自分も付いていく。慣れない階段で双子が転げ落ちたら大変だからだ。羽留はさっさと上がって行ってしまったので、えっちらおっちらと四つん這いで一生懸命階段をのぼる双子の姿を、手だけはいつでも差し出せるように構えたまま見守る。子供部屋は二階だ、とは言ったが、双子が大きくなるまでは一階で過ごした方が良さそうな気がする。二階に上げるのはまだちょっと早かったなぁ。


「わぁ、広い!」


 一足先に子供部屋に入った羽留が、感嘆の声を上げるのが聞こえた。その大きくて明るい声に急かされるように、奈津と亜希のスピードも上がる。ちょっとはらはらしながら見ていたが、無事に一番上まで登り切り、二人は立ち上がって羽留の声のする方へ走っていく。

 この間まではよちよち歩きだったんだけどなぁ、なんてちょっと感慨に耽りながら、自分も子供部屋に入る。子供部屋、ということで羽留用の学習机とベッド、そして箪笥が置いてある。双子たちの分はまださすがに用意していない。部屋自体も追々大きくなってから仕切りで区切るつもりで各自の部屋というものはなくて、広めの洋間がどーんとあるだけだ。どうせ子供の内はみんな一緒が楽しいのだ。今は必要以上に広いスペースで、子供たちはあちこちを見渡して目をぱちくりさせていた。


「とりあえずはハルの部屋だな。ナツとアキは小学校に行くようになるまで下の部屋で寝起きするんだ」


 おれはカーテンを開け、窓を開けながら何気ない振りをしてそう言った。奈津と亜希の期待値を上げ過ぎないよう、先に釘を刺しておくことにしたのだ。するとふたりは一瞬ぽかんとしたが、うん、と頷いて顔を見合った。


「あれ、いいのか? 下の部屋で」


 反応が予想外だったため、藪蛇になりそうな気もしながらも思わず尋ねてしまった。おれの予想としては二人とも二階がいいと駄々をこねるのではないかと思っていたのに。

 しかし双子の返答は非常に落ち着いたものだった。


「だって……かいだんたいへんだもの」


「それにはるにいちゃんだってしょうがっこういってからなのに、なつたちまだちいさいし」


「そうそう、まだはやいの」


 兄である羽留が小学校一年生でこの部屋を使うのだから、自分たちも同じくらいまで成長しないと使えない、そう思っているのか。なんていう分別。もしかしたら階段をのぼるのが面倒だ、というのが本当の一番の理由なのかもしれないが、三歳にして物わかりが良すぎないか?

 おれはまだ舌足らずなしゃべり方の癖に妙に大人びたことを言う双子をじっと見つめて悩んでしまった。育て方の問題か、はたまた生まれもっての性格なのか。

 ……生まれもって、なんだろうなぁ。

 子供たちを産んだ葵の姿を思い浮かべ、ふう、と息を吐いた。こういうシーンに出くわすたびに、いつも同じようなことを考えてしまう。でも別に、悪いことではないし。その辺のことは気にしないと決めたのだったとかつての自分を思いだし、首を振って悩みを頭から消した。


「さて、じゃあ引っ越しの続きをしないとな。まだまだ忙しいぞ。一旦家に戻って、また荷物を持ってこないと」


 気を取り直してそう言うと、子供たちは張り切った様子でおれの元へ集まった。


「ぼくてつだうよ! 何はこべばいいの?」

「ぼくもてつだう~」

「わたしも~」


 素直な、キラキラと輝く瞳が本当に愛おしい。三人の頭を順番に撫でてやると三者三様に嬉しそうに微笑む。

 ……早く引っ越しを終えて、期待に応えてやらないとな。

 新しい家に大興奮の子供たちは、早くこっちの家で寝起きしたいに違いない。大きな荷物、家具などは徐々に運び出したり買ったりしてはいたが、子供たちの洋服や寝具などは使っていることもあって実家に置きっぱなしだ。今日本格的にわっと運んで、できれば今夜、もしくは明日からこちらでの生活を始めたいという計画なのだ。


「よし、それじゃ一度みんなで戻るか。ちょうどお昼だし、ご飯食べてからみんなそれぞれの洋服を段ボールに詰めような」


「「「はーい!」」」


 綺麗に重なった三重奏が新しい木の香りの中に溶けていった。差し込む初夏の日差しが、わくわくする気持ちをもっと高めていくような、そんな気がした。





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