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太陽の咲く庭で、君が  作者: 蔡鷲娟
第二章
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17 幸せの構図



 双子で産まれた奈津と亜希はその後すくすくと成長した。小さな赤ちゃんをふたり同時に面倒見なければならないことは、想像以上に大変な仕事であったが、お袋も親父も協力してくれたし、休日にはアンナさんやおじいさんも手伝いに来てくれて、めまぐるしく過ごす間に月日は過ぎ去っていった。

 羽留も最初の頃こそ赤ちゃん返りをしていたが、次第に兄としての自覚が芽生えて来たのかふたりのことをよく見張っていてくれて、何か起きたら大声で大人を呼んだりとかなり役に立ってくれた。力はなくとも羽留が賢いことが証明されたようなもので、お袋も「将来が楽しみね」とご機嫌だ。


 親父はと言えば、孫が三人になったところで不意に「家を建てるぞ」と言いだし。実は前から構想は練っていた、と設計図を取り出してきた。

 いやにでかいその家の設計図を見ながらよくよく話を聞いてみたら、羽留が産まれた頃からおれたちの新居を構えるためにいろいろ考えていたそうで、既に土地の確保も済んでいて後は建てはじめるだけなのだという。全く、どれだけ気が早いんだと苦笑しつつも、自分たちのために考えてくれていることが嬉しかった。


「でもさ、別に新しい家なんて建てなくっても、ここで十分じゃないか。それにおれたちが引っ越すってことは、親父もお袋も、ハル達に毎日会えなくなるってことだぞ?」


 それでいいのか? という疑問を込めて親父を見つめると、親父はしれっと言った。


「別に同じ町内だし、会いに行こうとすれば毎日会えるさ。それにお前、子供が三人ってことは将来三つ部屋が必要ってことだぞ? 今の家じゃ部屋数が足りないし、窮屈だろう」


「うっ……。それはそうかもしれないけどさ。でもそんなこと言っても……第一、おれには新築の家建てるほどの金はないぞ?」


 普段の生活を賄って、子供たちの将来の為に貯金をしておくくらいの余裕はあったが、自営業のおれに果たして銀行がローンを組んでくれるのかはわからない。大工は仕事がなければお金も入らない、ある意味不安定な職でもあるのだ。特におれたちのような小さな工務店ではどうなのだろう。もちろん一括ですべての費用を賄えるような蓄えもない。


「そんなことは気にするな。おれが建ててやる。そもそもこの家だっておれの親父がおれに建ててくれた家だぞ」


「へ?」


 なんだか理解し難い展開になってきたので、眉を顰めながら素直に聞き返す。


「だからな、代々そういう風にやってきてるんだよ、うちは。要するに、曾じいちゃんの家が昔ここに建ってた。で、曾じいちゃんがじいちゃんのために家を建てた。ほら、お前もむかーし行ったことあるだろ?」


 同じ町内の、そんなに離れたところではないじいちゃんの家を思いだし、おれはこくこくと頷いた。……ってことはまさか。


「おれたちも昔はその家に住んでた。でもお前が産まれた後で、じいちゃんがこの家を建ててくれた。そして引っ越した。じいちゃんの家はもう更地にしてあるから、そこにお前の家を建てる。おれが」


「その法則で行くと……ゆくゆくはここに、ハルかナツの家を建てる……と? もし大工を継いでくれれば」


「別に大工を継いでくれなくても構わねぇよ。ま、図面はおれが引いたけど、建てるのはお前だからな、栄。金はおれが出すし、必要なものは手配する。多少の手伝いもしてやる。だが基本的にお前が指揮を執って家を建てろ。……いい練習台だろ?」


 にやっと笑った親父の顔を見て、ああ、それが本来の目的なのかと納得した。大工として一人前になるための修行のひとつなのだ、これは。じいちゃんの代から工務店を立ち上げたわけだけれど、じいちゃんは親父にも同じようにして家を建てさせたはずだ。


「わ……かった。ありがとう、親父」


 だったら設計からやりたかったと口をついて出そうになったが、きっと設計は親父が自分でしたかったんだろうと飲み込んだ。多分、自分が一番いいと思えるような家を息子に建ててやりたいと、そう思っているのだ。

 親父の気持ちを察し、何も声を掛けずに去っていく背中を見送る。どことなく照れくさそうな後ろ姿に、親父も親父なりに孫がたくさん産まれてくれたことを喜んでいるのだと思った。


 ……さて、忙しくなりそうだ。


 子供たちが大きくなる前に家を建てなければならない。請け負っている他の仕事の合間を縫って、作業を進めないとならないなぁ。

 おれは頭の中で段取りを思い描きながら、親父からの意外な贈り物の話をしに、葵の元へ向かった。


   *


 子供たちはそれぞれのペースであっという間に大きくなり、それを見守っている間にあっという間に時間は過ぎていった。

 羽留は五歳、奈津と亜希は二歳になった。

 ついこの間産まれたばかりと思っていたのに、成長するのが本当に早い。撮りためていた三人の写真をそれぞれ整理しながらふっと笑みが零れた。

 産まれたばかりの双子の本当に小さな時の写真。ちょっと大きくなって顔立ちがしっかりしてきてからの写真。これはまだ首の座っていない奈津を羽留が抱っこしたがって、ちょっと騒ぎになった時。こっちは羽留の四歳の誕生日の写真。大きなホールケーキを前にご満悦だ。双子の一歳の誕生日の写真……この時は羽留が張り切ってろうそくを吹き消してたなぁ。お兄ちゃんがやってあげるなんて言って。

 最近は奈津と亜希も達者におしゃべりをするようになってきた。亜希の方がしゃべりだすのが少し遅かったが、奈津には亜希が何を言いたいのかよくわかっていたらしく、亜希の気持ちを代弁しておれに伝えてくれていた。


「ぱぱ、あき、たべる」

「まま、あき、ねる」


 なんて、自分のことより先に亜希のしたいことを報告してくれてその頃は本当に微笑ましかった。今でこそ亜希は自分で言えるようになったが、それでも時々、奈津は亜希が話すよりも先に亜希のことを伝えてくれる。先に産まれてきた自覚なんてないだろうに、ちゃんとお兄ちゃんをしているのだ。そしてもっとお兄ちゃんな羽留は、奈津に負けじと亜希を構い倒している。どうやら二人とも、妹が可愛くて仕方がないらしい。

 この間スーパーへ買い物に行った時などは、どっちが亜希の手を引くかで入り口で相当もめた。おれとしては三人仲良く手を繋いで大人しくしていて欲しかったのだが、羽留も奈津も一人で亜希の手を引きたかったらしい(本当はみんなで仲良くショッピングカートに乗っていてくれるのが一番なのだが)。入り口入ったところのスペースでしばらくの間、二人のお兄ちゃんがやりあっているのを見ていたが(方法としては無言で亜希の手を取り合いっこするという静かなものだった)、最終的には亜希がキレた。両側から引っ張られていた腕を意外なほどの力で引きはがし、一言。


「や! ぱぱと」


 おれの足に抱き着いてきた亜希を受け止めながら見た、二人の驚愕の表情を忘れることはできないだろう。

 兄二人はそのまましばらく固まっていたが、やがて苦渋の表情のまま顔を見合わせて頷きあった。どうやら反省したらしく、「ごめんね、アキ」なんて言いながら、亜希のご機嫌取りを始めたのだった。

 ちなみに先ほどのセリフが亜希が初めてまともにしゃべったセリフであった。本当は頭の中ではたくさんおしゃべりをしていたのだろう、一度声になって口から出た後は、スムーズにおしゃべりできるようになった。

 子供たちがもめている間に一人さっさと買い物を済ませてきた葵は、「あれ、アキは話せるようになったのね?」なんて家に帰った後でのほほんと笑っていた。葵はもはや母親の貫禄十分で、外見は以前と変わらない華奢で柔らかな印象なのに、精神的にはずいぶん落ち着いた。子供たちに何が起きてもほとんど動じないでいつも笑っている。チョロチョロ動き回る三人に囲まれてあたふたしているおれを、ちょっと離れたところでにこにこ見ているのだ。「パパ頑張ってー」なんて言ってないで、ちょっとは手伝ってほしいのだけれど、葵の笑顔を見られることもおれには嬉しいことなので、仕方なくも三人と遊び倒すのだ。普段昼間は葵に任せきりだから、夜や休日は自分の出番だと認識している。


「あれ、こんな写真いつのまに撮ったんだろ」


 いつもはおれがカメラを持っていることが多いので、写真の中の人物は基本的に子供たちと葵、もしくは親父とお袋が多い。でも手元の写真にはおれが三人と庭で遊んでいるところが写っていた。

背中に羽留がくっついてはしゃぎ、足元で奈津と亜希が羨ましそうに見上げている。おれは苦しそうにも楽しそうにも見える不思議な表情で一応笑っていた。そういえば庭の花壇の柵を直していた時に、羽留に飛び掛かって来られた時があったっけ。

 続けて撮られたのだろう次の写真には、背中に羽留をぶら下げて、両腕で双子をそれぞれ抱っこするおれが写っていた。羽留の腕が絡みついて首が苦しそうだ。双子もどんどん成長しているから、まだ二歳とはいえ二人同時に抱っこするとすぐに腕が痛くなる。確か双子にせがまれて大変だったんだよなぁと、ちょっと前の出来事なのに不思議と懐かしい気持ちで思い出す。

 三人にしがみつかれて慌てているおれと、はしゃいで笑顔を見せる子供たち。なんていう対比なんだと思いつつ、幸せそうな自分の姿に苦笑してしまった。たぶんこれを撮った葵も、同じように苦笑しながらシャッターを切ったんだろうな、なんて思いながら。




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