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太陽の咲く庭で、君が  作者: 蔡鷲娟
第二章
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14 体の学習?



 双子の妊娠と言うのは、非常に母体に負担を掛けるものらしい。


 助産婦さんからの驚きの報告を聞いてから後、おれは本屋に駆け込んで双子に関する本を買い漁った。羽留が生まれる前ももちろんいろいろな本を買って読んだのだが、


「双子ちゃんはまたちょっと違うんですよ~いろいろ大変なこともありますねぇ、なにしろ定員一名の子宮に二人分、ですから」


 なんていう助産婦さんのセリフを聞いて慌てずにいられようか。

 だが、確かにそれは大変そうだ、と慌てたおれに対し、葵は最初こそ驚いていたが、「一度に二人生まれるなんて幸せ!」とはしゃいでしまったのだからどうも共感できそうにない。

 ともかくおれはものすごい勢いで何冊もの本を読破し、知識だけは頭いっぱいになった。……そして、結論。


 危険、だ。


 羽留を産んだ後の葵を思い出せは、葵の体が双子の妊娠に耐えられるかなんて考えなくても分かる。無理だ。

 双子は通常よりも妊娠中毒症などの確率も上がるというし、子供も未熟児で生まれてくる可能性が高いという。

 ……ああ、何だって二人一度に生まれてこようとするのだろう、順番に待っててくれたらよかったのに。

 葵の体も子供の体も心配で心配で、おれは一人であたふたするばかりだった。


 けれどもそうこう悩んでいる間にも子供はお腹の中で順調に成長していき、葵のお腹もみるみるうちに膨らんでいった。二人分だけあって、羽留の時よりもお腹は早く大きくなっているようだ。

 心配ばかりしていたけれど、だいぶ大きくなった頃に落ち着いて振り返ってみると、今回の妊娠はだいぶ順調だった。助産婦さんも定期的に検診に来るたび、成長の速さに驚きつつも順調であることにホッとしている。

 葵は全く動じることなく普段通りに生活し、前より体力もついているように見えた。やっぱり二度目だから耐性が? ……いやいや、そんなはずないよ、と思いつつ、でも葵は天使だから、それもあり得るのかな、なんて大きくなったお腹を触りながら変なことを考えたりしていた。


「……学習したのね、体が」


 そういったのはアンナさんだった。

 仕事が休みの日曜日、アンナさんはよくこうして家に遊びに来てくれる。決まっておじいさんも一緒で、おじいさんは今、一階で羽留の遊び相手兼うちの親父の将棋の相手になってくれている。


 いま考えていたことを読まれたような気がして驚いて顔を上げると、どうやらアンナさんはおれの考えを読んだわけではなかったようだ。葵の大きなお腹をじっと見つめたまま考えに耽っている様子で、たぶんアンナさんもおれ同様に悩んで似たような結論を出したらしい。


「そうかもしれないわ。羽留の時よりも体が楽だもの」


 「でもそんなことってあるのか」と続けようとする前に、葵がのほほんと笑って応えた。

 体が楽って……。葵、そんなことおれには一度も言わなかったのに、アンナさんの前では言うんだな。

 ちょっとした敗北感に打ちひしがれていると、女性二人はおれの存在を無視したように話を進めていく。


「確かにお腹は重いんだけど、うまく体が支えてるっていうか……気分が悪くなることもないしね。よかった」


「多分、体の機能が学習して勝手に作り変えてくれたのよ、適応するように。よかったわね、先に羽留を産んでおいて。初めから双子じゃ、あなた体が持たなかったかもしれないわ」


 葵とアンナさんはくすくすと苦笑しながらそれぞれのマグカップを手に取り、啜った。季節は三月に入りだいぶ春めいてきたとはいえまだ肌寒い。ホットカーペットの上にクッションを置いて座り込んだ二人が飲んでいるのはホットミルクとコーヒーだ。おれも自分のコーヒーが手元にあったが、このまま空気になって二人の会話を聞いていようと、葵の隣で身じろぎせずにいない振りを続けた。


「それにしても……双子だなんて。あなた、もう三人の子持ちになるのね。すごいことよ、本当に」


「ふふ、嬉しいわ。本当はハルが産まれたときから考えている計画……というか願いがあるから。実現できそうよ、双子ちゃんが生まれてくれたら」


 羽留が産まれたときから考えている計画? 願い? なんだ、それは。初めて聞いたぞ。

 おれは耳の機能を全開にして(もちろんただそういうつもりで)意識を葵の言葉に集中させた。


「あのね、今度はもう決めてるのよ、赤ちゃんの名前。ただ漢字を何にするかはまだなんだけどね……楽しみだわ」


「あら、男の子か女の子かわからないのに、大丈夫なの? 市役所にも偶にいるわよ、女性かと思ったら男性、男性かと思ったら女性っていう名前の人。天界ではそもそも女性名、男性名なんてないから気にならなかったけど、こっちでは気にするみたいね。よく担当の人が言ってるわよ、また変な名前! って……」


 アンナさんの言っているのはもしかして最近問題にもなっている、名付け騒動だろうか。

 子供におかしな名前……天使ちゃんとかつけたがる親がいるのだそうだ。確かに産まれてきた赤ちゃんは親にとっては天使もどうぜんであろうが、その名前を貰った子供はどう思うのだろうか。それこそ葵が羽留に付けようとしていたものすごい漢字の『覇朧』だって似たようなものだが。自分の名前を書くときに画数の多さにイラつくことは間違いないし(そう考えると『栄』はなんてシンプルなんだろうかと親父に感謝したくなる)、大きくなっていじめられそうな気配すらする。

 ああ、あの時葵を止めておいてよかった。まだ『羽留』なら男の子にしては可愛らしすぎる気もあるが、許容範囲だろう。『はる』と読めるし。そうなってくると次の双子が生まれたときも、やはり漢字には注意しなければならないだろうなぁ。葵はやたら難しい漢字を好む傾向にあるし……などとあれこれ考えていたら、いつの間にか葵とアンナさんの会話を聞き逃していた。


「とにかく何か異変があればすぐに知らせて。恐らく大丈夫だとは思うけどね、今の様子なら。でも万が一の時は私も手伝えるかもしれないし……ハルの時はなんにも教えてくれなかったからね」


 どれくらいの間ぼんやりしていたのかわからないが、気が付いたらアンナさんは立ち上がっていて、もうバッグを手にドアのところに立っていた。


「分かったわ。でもハルの時のはわざとじゃないのよ。だって私にも訳がわからなかったんだもの。……また遊びに来て? このままお腹が大きくなったら、外に出かけるのも大変になりそう」


 葵は先ほどと同じ姿勢で座ったまま、アンナさんに手を振っていた。もう片方の手で大きくなってきたお腹をさすりながら。


「わかったわ」


 そのまま去っていこうとするアンナさんに、おれは慌てて声を掛けた。


「あ、アンナさん! また来てくれよな、葵も気晴らしになるだろうし。今日はありがとう」


 いくらなんでも挨拶なしというわけにもいかないだろうと早口でそういうと、アンナさんは苦笑して手を振ってくれた。おれがさっきから自分の思考の世界に潜っていることに気づいていたんだろう。それをいいことに二人だけの秘密の話をしていた可能性もあるが。

 おれは階段を下りていくアンナさんの足音が途切れてから、葵の方をちらりと見た。


「……なぁ、葵? ハルが産まれたときから考えてる計画って……何だ?」


 葵はもうぬるくなってしまっただろうホットミルクを飲みながら、ふと目線を上げた。こくりと喉が動いた後で、瞬きをひとつして小首を傾げる。


「あれ、栄、聞いてたの?」


 そりゃ一緒の部屋でしかもこれだけ至近距離にいたんだから、聞いていて当たり前だろうと思って葵を見返すと、葵は少し困ったように笑った。


「うーん、栄には、まだ内緒。でもすぐにわかっちゃうと思うわ? だから気にしないで、ね?」


 小首を傾げて上目使いで見上げてくるのは、可愛い。何度も言っているが可愛すぎる……が、もしかして計算なんだろうか。葵もだいぶ人間の所作に慣れてきて……というかおれがたじろぐような動作がどんなものかを知ってしまっているので、もしかして、という疑念がぬぐえない。でもそんな風に思いつつも目の前の葵はもう可愛すぎてどうにもならない。

 おれはたとえ計算だとしてもどうだっていいだろ、すぐにわかるって言っているんだし、なんて自分自身を納得させ、葵に向かって深く頷いたのだった。



 *



 さて、アンナさん(とおれ)の予想通り、葵の体は以前よりも頑丈になっていて、双子がお腹の中にいるというのに変わらず元気だった。羽留の時より倍くらいに大きく膨れたお腹は、本当に動きにくそうでハラハラしたのだが、当の葵は全く意に介さずごく普段通りに生活していた。

 このことに関しては助産婦さんも驚きを隠せなかったが、診察しても何の異常もなく、ただ葵がものすごい体力を持っているということで納得せざるを得なかったようだ(しきりに『昔、何か運動とかされてましたっけ』など、羽留の時には聞かなかった質問などを投げてきて葵が元気すぎる原因を知りたがっていたが、途中で諦めた)。


 そんな風にして月日は去り、七月。初夏の風が吹いてくる頃。

 

 やはりと言うべきか何というか。まだ見ぬはずの兄を見習ったにしては早すぎるほどに。

 双子たちもまた、出産予定日を待たずに産まれようとしていた。





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