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太陽の咲く庭で、君が  作者: 蔡鷲娟
第二章
80/128

12 嫌な夜

大変長らくお待たせしました…!

間が空いてしまったので、前話からの読み直しを推奨いたしますm(_ _)m




 何が起きているのかを把握するのには情報が足りな過ぎた。そしてまた、情報を持っている存在などどの世界にも存在していないことも分かっていた。

 私たちにできるのは、ただ、待つことだけ。その時が来るのを素知らぬ顔して待ち続けることだけだ。

 私たちはそういう結論に達した――私と、雲じいは。


  *


 夢を渡って再び私の元に訪れた雲じいに、先日日向家でおきた出来事をすべて吐き出した。自分ひとりで抱えておくには重たすぎて、誰か分け合ってくれる人を心の底から求めていた。

 アルには話せない。あの子は記憶を封じられて何もわからない状況だから。唯一話の分かりそうだった羽留も能力を封じられて今では普通の赤ん坊だ。そして日向さんにはわかりようもない次元の問題。だから雲じいが現れてくれたことは、奇跡にも近い救いのように感じられた。


『創世の神、じゃと?』


「おそらく……あの感覚と力は普通の神ではなかったし……羽留が直前に言っていた内容も併せて考えると、そう思うのが正解かと」


 あの夜、アルの体を乗っ取って話をしていた存在の正体を、私はこう結論づけた。――創世の神。

 天界においても最早いるのかいないのか、半ば伝説と化している幻のような存在。私だってまさか実在するとは思っていなかったし、他の可能性もたくさん考えた。考えたが……。

 『私のことを排除する』、そう言った時の圧力と言ったら。他人の体を使っているにも関わらず零れすぎていた力の密度、圧迫感。感じたことのない眩暈や吐き気すら感じて、黙り込むしかできなかった。あんなことをできる神は、天界にはいなかった。

 そもそも天使である私を『排除』することは、神といえどもそう簡単な話ではない。私を嫌った上司でさえ、地上に追いやることでしか私を遠ざけることができなかったように、天使の存在を消そうとすれば神にも相応の負担が跳ね返ってくる。天界の常識とも言えることを、あの神はなんということもないように口にした。まるで指一本、言葉一つで私を消せるかのような気楽さで……。


『ふうむ。そうか……そういうことか……』


 雲じいは顎に手を当て、思案顔で言った。何か納得いく推論に達したらしい。


『絡んでいるのがあれであるなら、アルシェネの痕跡が何一つ残っていなかったことにも納得がいくのう。わしにも手はだせん……。なにせ創世の神と言ったらわしらとは持ってる能力がちと違うものでな。それにあれが本気を出して何かをするつもりになれば、天界の誰にも知られずどこかの世界を消すことも、天界の律を変えることだって可能じゃ……さて、何をしようとしているかはわからぬが……』


 創世の神の存在をあっさり認められ、正直言って面食らった。私が天界にいないからこそこんな風に話すのかもしれないが、雲じいと言う神は私の知っている神とは少し違っているようだ。

 しかし、そんな雲じいでさえも具体的な話は避けた。相当な力があること以外、なにも分からない。ただ、神でさえ知らぬことを天使である私が分かるわけもなく、また雲じいが詳しい話を私にしないだろうということも悟っていた。


「それで……ならば結局私にできることは何もないし、アルもこのまま過ごしていくしかないということですよね」


 今出せる結論はこれだけだ。あの恐らく創世の神と疑われる存在が次に現れるまで、私たちにできることは何もない。“この夫婦に干渉しないように”。私に告げられたのはこれだけだ。不都合が起きれば排除される。だが一体何が不都合になるかはわからない。


『そうじゃのう、まったく意図は見えんが……わしもこちらで探ってはみるがのう。すまんがアルシェネのことはよろしく頼むぞ、アーレリー。わしは本来アルシェネを連れ戻すつもりであったが……そうもいかんようじゃから』


 ……そう、私に向けられた警告は雲じいに向けられたも同然だった。“夫婦”に干渉しない、というのが命令なら、アルと彼を引き離すことも“不都合”そのものだろう。雲じいがたとえ神とはいえ、あの存在と能力差があるというのなら、ひょっとしたら神同士であっても“排除”されてしまう可能性は高い。


「……わかりました。とにかく見守ります。……あの、ひとつ伺っても?」


 私がアルを見守っていくことは、あの子がこの世界に来た時からもう決めていたことだったので何も変わっていない。けれどもひとつ、気になっていることがあった。


『うん? なんじゃね?』


「世界を越えてまであなたがアルシェネを探してきたのは……何か理由でも?」


 雲じいが夢を渡って現れたときから不思議で仕方がなかった。ただの天使を神が探しに来るなんて。

 確かに天使は神の仕事を手伝う優秀な助手ではあるが、それ以上ではない。感情を持たない天使は話し相手にはならないし、ただそこにいるだけの置物にだってなれる……それが仕事であるなら。

 そんな天使に執着を持つ神がいることなど今まで耳にしたことはなかったし、いるとも思わなかった。実際、自分が接していた神が、天使同様感情を表さない冷徹な神だったからかもしれないが。

 何か特別な理由があるのだろうかと思っていたけれど、当のアルは記憶を操作されて雲じいのことを覚えていなかった。……これも引っかかった理由だ。なぜよく知っているはずの神の存在を忘れさせられたのか。もしかしたら雲じいは何かを知っているのかもしれない。めまぐるしく変わっていくあの子を取り巻く環境の中で、恐らく雲じいも、何かの鍵を握っている。

 雲じいは私の問いになんとあっけなくも答えてくれた。


『ああ……それはの。アルシェネはわしの娘のようなものじゃから』


「……え?」


 ――娘? それは一体どういう意味だろう。私は意図せず思考停止に陥って、しばらくの間“娘”という言葉の意味を捉えかねた。


『驚くのも無理はないかのう。天使というのは通常、神が生み出すものではないからのう。お前さんも気が付いたら存在していたのじゃろ?』


「え、ええ。私は……気が付いたら宮にいました。宮の廊下に……」


『そう、天使がどこから生まれるか。実は知っておる神も少なくなっておる。じゃが今はその話ではなかったの、アルシェネの話じゃ……。あの子はのぅ、わしが欲しかったから造りだした存在なんじゃ』


 自分がどこから生まれたかなんて考えたこともなかった私にとって、雲じいの話は衝撃だった。言われてみれば、気づいたらこの姿のまま宮の廊下に立っていたなんて変ではないか? それも羽留がアルのお腹から生まれて大きくなっていくのを見ていたから感じる、新しい感覚だったのだけれど。


『心を持った天使を、生み出そうと思ったのじゃ。……それが失敗だったと雨じいはいまだに言うんじゃがな、わしは失敗とは思っておらんのじゃ』


「心を……持った天使を……」


 アルの持っている謎が、少しずつ溶けていくような気がした。なぜあの子だけ、感情を持っていたのか。なぜ一人悩んでいたのか……そもそも最初から、それを意図して作られたのならそれもまた当然と言える。


『少し力を与えすぎての、大天使にしてしまったのは誤算じゃったが……今のアルシェネの話を聞く限りじゃと、結果よし、じゃったな』


 私は自分でも気が付かないうちに口をぽかんと開けて雲じいの話を聞いていた。もっとも、夢の中での出来事なので、現実私の体は眠っていて恥ずかしい姿は誰にも見られていない。


 ……いろいろな話が、自分の想像を大きく超えている。


『人間同様になって、結婚し、子供を産むとは……いやはや。力を持っていたからこそなしえたことじゃ。普通の天使にはそんなことはできん』


 それはよくわかっていることだったので、目を見開いたままでこくりと頷いた。だが雲じいは、そこで不意に表情を緩め、とても――この上なくいいことがあったような笑顔で微笑んだ。


『家族が欲しかったわしが造りだした娘が、本当に家族を持つとはのう……不思議なものじゃ……』


 ……アルシェネが人間に、地上の世界に憧れていたその原点は、まさにここにあったのだ。


 雲じいの想いがアルシェネに受け継がれ、だからこそあの子はあんなにも人間に興味を持った――。

 天界にいたときにアルシェネが、人間の世界に関することが記された書物を持って歩いては、いたるところで読みふけり、何かの空想をしていた、その姿を不意に思い出した。そしてその心を誰にも理解されない孤独。


「アルシェネは……ずっと苦しんでいました……」


 いま雲じいに伝えてもなんの意味も持たないことなのに、なぜか口から零れてしまった。言った瞬間にはっとしたが、それも意味はない。雲じいを見ると既に表情を曇らせて俯いていた。……まるで、人間のように。


『ああ……知っておる……。ずっと……知っておったよ……』


 それきり渋い顔のまま黙ってしまった雲じいを、私はただ見ているしかできなかった。

 雲じいも苦しんでいる、それが分かった。分かってしまったからもう、責める言葉もそれ以上の疑問も、ぶつけることができなくなってしまった。

 アルがずっとずっと一人ぼっちで寂しがっていた原因は、すべて雲じいがもたらしたもので。

 でもそのことを他ならぬ雲じい本人が重く受け止めていて。

 傍から見ていただけの私には、何も言える言葉などなくて。


「あの……ごめんなさい。私は……」


『いや、お前さんがアルシェネの良き友達になってくれてよかった。天界にいたときも、今も。ありがとう、感謝しておるよ』


 思わず謝ってしまった言葉を遮るように、雲じいは首を振った。そして素早く続けた。


『これからもよろしく頼む。また折を見て夢を渡ってくるでの。もし何か起きたら……通じるかどうかはわからんが、思念を送ってくれ。夢で繋がっておるから多少は道もできておろう』


 優しく諭すように雲じいはそう言って、微笑んだ。そのふにゃりとした笑い方を、どこかで見た気がして……はっとした。

 

 ――アルと、似ていた。


「わ、わかりました……!」


 繋がっていた夢が途切れる感覚がしたので、急いで返事を返した。雲じいはさっと手を振り、去っていった。……アルとよく似た、でもどこか寂しそうな笑みを、残像のように残して。


  *


 雲じいが夢から消え、私もそのまま夢の世界を後にした。意識を引き上げるようにすれば、睡眠状態から感覚を起こすことは容易い。

 ふっと目を開ければそこには見慣れた自室の天井があった。カーテンの隙間から月光が一筋差し込んで、部屋をほのかに照らしている。冬の夜の空気は澄んで冷たく、すっと鋭く吸い込んで大きく吐き出した。


「……私には、何もできないのね……」


 それが、いまわかることのすべてだった。

 あの存在にしろ、アルの出生にしろ、雲じいの謎にしろ。私には手の出しようのない問題の数々が、そこには横たわっていて。アルの傍にいるのに、そこにいることしかできない自分が何とも情けなくて。

 ベッドに横たわったまま吐き出した息が、月明かりに照らされて白く光った。闇に溶けていく靄を見送り、そういえばあと数日で新しい年か、とぼんやり思った。続いていく日々になぜか区切りをつける人間世界の習慣にも慣れた。でも今回はいつも以上に、浮き立つ人間の間に入っていける気がしなかった。


「……嫌な夜……」


 解決の道が見えない悩みと吐き出せそうにない重い何かを抱えたまま、私は再び布団の中に潜りこんだ。

 夢は見ないように、慎重に意識を調節しながら。



本当に本当に長い間お待たせしてしまってすみませんでした!!そしてなんだか中途半端な発進で、またすみません…!

ここから先はじりじりながらもできるだけ間をあけないように更新していきたいと思っています…!応援よろしくお願いいたします。<(_ _)>

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