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太陽の咲く庭で、君が  作者: 蔡鷲娟
第二章
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32 父と双子



 リズムよく階段を上がっていくと、


「ひっ、ううう~おかあさ~ん」


 という亜希の声がはっきりと聞こえてきた。やっぱり泣いているみたいだ。どうしたんだろう、ベッドから落ちたかな?

 急いで上がって行って子供部屋をのぞくと、ベッドに腰掛け目を擦っている亜希と、隣に座って亜希を慰める奈津がいた。おれの顔を見て奈津はほっとした表情を浮かべた。


「おとうさん」


「どうしたんだ、アキは」 


 奈津に問いかけると、奈津は困り顔で答える。


「それが……さっきまでねてたんだけど、きゅうになきだしたんだ。よくわかんないけど、こわいゆめをみたみたい」


 ふむ、怪我をして泣いていたわけではないらしい。なら一安心、とおれもベッドに腰掛けてひくひく啜りあげている亜希を抱き上げた。最近は赤ん坊ばかり抱っこしていたからなんだか妙に亜希が重く感じた。成長してるってことだな。

 亜希の髪を撫でながら――この髪の毛も葵と似ている。ふわふわでくるくるなのだ――もう片方の手でとんとんと背中を叩く。


「どうしたんだ、アキ。どんな夢だったんだ? 夢は人に話すと正夢にならないっていうからな、話してみないかお父さんに」


「……っく、っく、あ、あのね、ゆめのなかにね、おかあさんがでてきたの」


 亜希はしゃくりあげ、おれにしがみつきながらも話し始めた。

 おれは奈津と目を合わせ、無言で頷きあった。とりあえず話を聞いてみようということだ。


「おかあさん、だれかにいじめられてた。だれかとね、おはなししてるの、おかあさん。でもすっごくつらいかおしてたの、くるしそうだった。あき、いっしょうけんめいよんだけどね、おかあさんきこえなかったの。おかあさんのことぎゅってしてあげたかったのに、あっちにいけなかったの……」


 亜希の話は要領を得ないが、とにかく夢に葵が出てきたが自分には何にもできなかった、ということなのだろう。おれは亜希の背中を撫で、また隣で不思議そうな顔をしている奈津の頭を撫でて言った。


「わかったよ、アキ。とにかくもうお父さんに話してくれたから、アキのその夢は正夢にはならないから安心しろ、な? お母さんももう少ししたら起きてくるだろうからその時ぎゅってしてやってくれ。アキもナツも。きっと喜ぶから」


 奈津はおれの話を聞いてこくりと頷いた。そしてベッドに座ったままおれの腰にしがみついてきて言った。


「おかあさんはよるにちょっとしかおきないんだもんね? でもそのうちひるまにもおきてくれるよね? またおおきなたまごやきつくってくれるよね?」


「……ああ、大丈夫だ。もう少し待っててくれ」


 奈津の通りの良いまっすぐな髪を梳きながら頷く。すると奈津は嬉しそうにしておれに顔を摺り寄せてきて、両腕を腰に回して抱き着いてきた。可愛い。

 亜希は安心したらしくおれにがっしりしがみついたまま沈黙している。


「ありゃ……? また寝ちゃったのか?」


 ふっと笑いながら呟いて、亜希の髪を撫でる。安心したならいいか。


 双子はまだ小さい。ずっと眠ったままの葵についての嘘を、全面的に信じてくれている。


 母親がずっと飲まず食わずで眠ったままというのは子供の目からみても異常だったらしい。三日目を過ぎたあたりで羽留に尋ねられ、困った挙句に、お母さんは夜中みんなが眠ったころに少しだけ起きてご飯を食べているよと言ったのだ。ちょっと疲れて眠っているからそっとしておいてほしい、と。

 羽留は疑いの目をおれに向けながらも、おれが困った顔でへらっと笑っているとしぶしぶ納得してくれた。あまりに賢すぎてどう誤魔化したらいいか全く分からないおれは、羽留が黙っていてくれるのをいいことにこの話を棚上げさせてもらった。

 亜希と奈津は素直に受け入れてくれて、葵の眠っている部屋の周辺では騒がないようにしている。静かにしていればお母さんの部屋に入っていいぞと言ったら、時々枕元で何やら囁くように話をしているのも見た。微笑ましかった。


 葵が本当は人間ではなくて天使だということを子供たちに伝えるかどうか、それをおれは葵と話し合っていない。葵はたぶん話した結果どうなるかまで想像はできないだろうから、首を傾げるくらいだと思うけれども。

 おれとしてはあまりにファンタジーな事実をもし子供たちが――特に双子が――幼稚園などで話してしまったとしたら。信じないひとが大多数だとは思うけれど、だからこそ信じてもらえないことに子供たちが傷つくような気がして、だから明かさないほうがいいだろうと思っている。羽留はなまじ頭がいいから自分の出生に本気で悩む気がして、こっちも大変なことになりそうだから言わない。遺伝子がどうとか、身体のつくりがどうとか研究し出しそうだ。


「……と、ナツも寝ちゃったのか?」


 考え込んでいてはっと気づと、二つの寝息が響いていてまた笑った。昼寝の二度寝とは、なかなかやるな。ってかこのままだと夜寝ないんじゃ……?

 子供特有の高い体温に包まれて、温かさを噛みしめながら時計を見た。午後二時半。そろそろ下の赤ん坊が起き出してミルクをせがむ時間だ。とんとん、とふたりの背中を叩いてみたが反応はない。おれという人間カイロがちょうどいいんだろう、余計にぴったりくっついてぎゅっと掴まれる力が増してしまった。


「おいおい……。まいっか」


 とにかく下に下りないとな。そう思ったおれは正面にくっついている亜希を左腕で支え、右からしがみついている奈津を右腕でぐっと持ち上げてふたりを同時に抱っこした。


「う、重っ……」


 亜希は自分から足をおれの腰に巻き付けるようにしていたから安定していたが、奈津は腕だけでしがみついていたので危うい。上に放るように持ち上げて太ももの下に腕を通すと、奈津は一瞬薄目を開け、それからおれの首に腕を巻き付けぴたっとくっつき落ち着いた。前から思ってたけど眠っている子供って、安定する場所を探すのがうまいよなぁ。今絶対一瞬起きたはずなのに、一秒後にまた寝に入るとか。


「まぁこの重さだと、いつまで抱っこしてやれるかってとこだけど……。二人同時はやっぱりきついな」


 何度かふたりを揺すって、おれ自身が抱っこしやすい位置に安定させると、ふうと息を吐いてから部屋を出た。階段、すべりおちないように慎重に下りないとな。


「ん……おとう……さん……」


「だっこ……」


「はいはい、今してるって」


 むにゃむにゃと呟かれる寝言に苦笑してからハッとする。そう言えば赤ん坊が生まれてから、ふたりを抱っこしてやってなかったな。面倒をみるのは羽留にまかせっきりだったし……。悪かったなぁ、今日は二人と一緒に風呂でも入るかなぁ。


「おとうさん……これ……」


 ん?


「……まずい……」


 なんだ?

 左右からスピーカーのように聞こえてくる寝言に首を傾げる。どうもさっきから会話がつながっているようなのだが、ふたりは同じ夢でも見ているんだろうか。

 首を引いて亜希の顔を見ると、むにゅむにゅと口を動かし、何か嫌なものを食べているような顔をしている。奈津も渋い顔だ。


「「……カレーが、いい……」」


「ぶっ!!」


 笑って階段を踏み外さないようにするのに必死になった。なんとか集中して階段を下り、一息つく。

居間の方から赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。ちょうど起きたようだ。よっ、ともう一度双子を抱え直し、廊下を歩いていく。


「晩御飯はリクエスト通り、まずいハンバーグじゃなくて、無難なカレーにするよ」


 この間作った時のぼそぼその焦げ焦げになってしまったハンバーグを思い浮かべ、笑い出したいのを堪えて呟いた。あの時は何にも言わなかった健気な子供たちだったが、やっぱりまずかったんだな。

 おれには才能がないのは分かっていたが、あの羽留にも料理の才能はなかったらしい。天は羽留にたくさんのギフトをくれたと思っていたが、誰にでも欠点はあるものだ。嬉々として手伝いを申し入れ、楽しそうにハンバーグのたねをこねていた羽留の顔が、フライパンを見つめ始めてから険しいものに変わり、そして一口口に入れてからのなんとも言えない顔……。順に思い出しておかしくなった。あれは羽留だけのせいじゃないんだ、もちろん。でも羽留がある意味おれのダメなところを受け継いだんだと思ったら少し嬉しくなってしまった。器用で完璧と思える羽留の貴重な弱点だ。……おお、さっき話していた羽留のおれに似ているところを発見できたぞ。ろくな部分ではないから言わないけど。


「あ、お父さんいいところに……って、すごい格好だね」


 両手がふさがっていたので居間の障子を行儀悪く足で開けると、羽留がこちらをみて笑った。


「ああ。さすがに結構重い……よっと」


 コタツ布団の隅っこに順番に転がし、布団を掛けた。コタツで寝ると風邪をひくっていうからな、少ししたら起こそう。


「ふー。ハルありがとう、代わるぞ」


 少しだるくなってしまった腕を回しすっきりした後で、起き出してぐずっていた赤ん坊をあやしていてくれた羽留から小さな体を受け取る。さっきのふたりの重さと比べると本当に羽根を抱いているようだ。まるで重さを感じない。


「よくふたり同時に抱っこできたね~。すごいや、お父さん」


 感心したようにこちらを見る羽留にむずがゆくなって笑った。別に大したことじゃない。おれにとっては。仕事じゃ双子より重たいものも運んでいるし、そもそも羽留よりずっと体が大きいのだ。


「たまにはハルに尊敬してもらわないとな」


 冗談のつもりでにかっと笑ったら、羽留はなんだか満足そうに笑ってくれた。


「やっぱり目標はお父さんだ! えっと、ミルク作ってくるね」


 笑顔のまま駈け出して行った羽留の背中を見送る。寄せられる感情にむずがゆくも誇らしくも思えて、赤ん坊を抱えたままじたばたしてしまう。


 いつから羽留はあんなこと言うようになったんだろうな。

 今の表情をもし洋一に見られたら、からかわれるに違いない。多分赤くなっているし、デレデレしているだろう。自覚はある。


 ……ああ、葵。こんなとき葵が傍にいてくれたら。きっと笑って言ってくれるだろう、「よかったね」と。

 うらめしくも和室の方を見てみたが、タイミングよく葵が起きてくるわけもなく。


「ふー……。だよなぁ」


 視線を戻すと、腕の中の赤ん坊がきょとんとした顔でおれを見上げていた。寝起きなのに珍しく機嫌がいいようだ。


「はは、どうした、ふゆ。ミルクは今お兄ちゃんが作ってくれてるからな、ちょっと待ってろよ……?」


 そっと語りかけると何が面白かったのかきゃらきゃら声を上げて笑った。その無邪気な顔が少し葵に似ていて。


「……みんな葵に似てるから、寂しくはないんだけどな」


 それでもおれが逢いたいと願うのは、笑顔を見たいと思うのは、葵なんだ。

機嫌のいい末っ子をあやしながら、いつになったら目覚めるのかという堂々巡りの思考にまた、おれは落ちていくのだった。





双子が栄のことを「おとうさん」と呼ぶのは、ハルのまねっこだと思います。「パパ」と呼ばせるべきか一瞬迷いましたが、たぶん真似をしてるだろうなぁ、なんて。双子の出番があんまりなかったので書いてみましたが、なぜか二人とも寝てしまうという(笑)おかしいなぁ…。

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