森人の掟
深き森の。
奥のさらにその奥。
知らぬ生き物の声が響く未開の原生林の園
夜になれば、色を変え、幻想の植物に仄かに照され、あたりは微かに幽光し、霞みとともに、夜だけの生物が花を開く。
霞光
その須臾の夢を神秘的な霞彩と共に
日晷を泳がせ、闇の狭間に植物たちも共に呼吸をする。
光彩陸離の花たちは、
夜に華を咲かせる植物もいれば、朝の淡き揺蕩う陽光へ 共に旋律を準って舞う花もある。
眼前に写る猩紅の着物を羽織る篝を、受容しようとする幽玄な月華の元、
彼岸花が万緑一紅に、淑女の家を際立たせ、
海へ佇む盲亀浮木の芍薬を連想させる
「篝さん」
「ここへは、いつから」
彼女の切なさを帯びた蘇芳の瞳は、森の理へ抱かれ、彼女の喪失を慰める。
紅一点に包む彼女の家は、梅雨の時期にのみ、月華と共に咲き誇る。
「ここは、師匠と私が出逢う前に、精霊の棲んだとされる古の隠れ家」
「師匠は、獣傷を追い、満身創痍だった私を、此の地に連れて、癒してくれた。」
彼女は、昔日への哀愁と微かな笑みで森の鼓動を繋ぐ
忽然、宵風が、彼女の髪を靡かせ、彼岸花の華弁が宙へ舞った。
彼女の惜愁に、夜風は肌寒く、
僕は暫く悩み、彼女へ聞く。
「僕の母は、、」
聞きたいことは山程あるが、彼女の悲愴に、耳を傾ければ、余所者の僕では、要らぬ言葉を伝えてしまうかも知れない。
「んーん、なんでもない。。」
「わからないことが沢山だから、。」
僕は、心に抱く憂慮と森の谺に、言の葉を噤むいだ。
ただ、愁嘆に呑まれず、僕は周りを見渡し、しばらく、篝と月夜を感じる。
彼女は暫くして、口を開く。
「絢煚。
子供の御主に話すべきではなかったな。。」
「また、絢煚が大きくなったときに、話すとする。」
五歳には、少し早いと思ったのだろう。
すると、篝は少し肌寒そうにして、暖を求めるように僕の背へ寄り、肩に手を置く。
「すこし辺りが寒くなってきた、。夜は冷え込む。一度、家へ入ろう」
篝はそのとき、純粋無垢な涙珠を背に、僕へ気丈に振る舞っていたようで。
僕は、その彼女の涙に、気づかないフリをした。
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僕は暫く篝と外で、森を五感で触れた後、
篝と壮観な露台で風光明媚な森の絶景を感じ会った。
此の土地は、無人だ。
篝が棲んでいるというのは、森の奥地。
周囲には、様々な生態系に包まれており、その中に、孤立無援の木樹の庵、否、規模が大きく、樹木と同化している故、僕も見たことがない。
梅雨の時期になれば、家全体が、彼岸花の色に染まり、夏になれば、その姿を変えるらしい。
まるで、その家が呼吸をするが如く。
精霊は今は、滅びたとされており、確認はされていないが、無主地の奥地では、今も密かに小さな規模で暮らしているらしい。
まさに、この千変万化の庵こそ、その精霊の力を借りて、自在に生態系と共存しているのだ。
「篝さん」
「僕は、ここで、しばらく二人で棲むことになるの、?」
純粋な眼差しで、五歳児らしく振る舞ってみる。
「ん?あぁ、そうだが。ここに住むのなら、一つ頼みがある。」
篝は僕の眩しすぎる瞳にも微動だにせず、淡々と答える。
「絢煚。うぬには、母の仇を取る志はあるのか。」
篝は、夜風と切なく朧に瞳を微睡ませ、
縹渺と揺れる眼で僕を見つめた。
杳然のなか、僕の志を訊ねるが如く。
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「篝さんが憎む仇なんでしょ。」
僕は篝の悲壮を間近で触れていた。
べつに篝が憎む宿敵を、知る訳でも母を殺されたことに憤慨することもない
僕はどこまでいっても、ナヒだから。
僕は絢煚の記憶を持っていないし、ナヒとしての記憶すら、大半は思い出せず、幽玄の廻廊に眠っている。
ただ、それは別だ。
僕は、転生し、この土地へ来て、いま、篝のおかげでここにいて。
篝がもし、母の弟子だというのなら、息子である僕が手伝うのが、筋だ。仮に母の記憶を失っていたとしても。
それに僕は、彼女の悲しむ姿はみたくない。
あの瞬間、手を伸ばし、運命の出逢いを果たしたあのとき。
彼女は、喪失のなか、いまも精一杯、気丈には振る舞おうとしているが、本人の意識とは反して、手が震え、胸の哀傷に、必死で眼を反らして、誤魔化そうとしている。
僕はそんな彼女を支えてあげたい。
「僕は、篝さんが仇を討つのなら、共に刃を振るう。」
真剣な眼差しで篝の不安に揺れる瞳を、僕は見つめ、言葉を続ける。
「篝が、いたから、いまここに僕はいる。」
あの時、僕は篝に助けられなければ、今、こうやって、二人で綺麗な景色を見ることもできなかっただろう。
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。。。
「実は、あのとき、僕は記憶の全てを失ったまま、あの場所にいた。」
刹那、彼女は、唖然と目を見開いた。まるで、天壌無窮である常識を疑うかのように。
しかし、
私は、しっかりと嘘偽りなく、篝へ伝えることにした。
これから、彼女と共に過ごすのなら、嘘を続けるのには、無理がある。
それだけでなく、彼女に嘘をついたまま、関わるのは、あまりに不誠実で、私の、ナヒとしての心構えとしても、それは、本望ではない。
それに、ルナも喜ばない。。
この先、篝と共に住むならば、
母を通人気取りで、語るのも心苦しい
そんな救いのない嘘をつくくらいなら、正直に言うべきだ。
「あのとき、あの場所に残されるとき、僕は遠いところからの夢を見た。」
「まるで、本当にそんなことがあったかのような。」
僕は篝に全てを伝えることはできない。
前世があったかもしれない。そう伝えれば、篝の母への想いは、より一層錯綜してしまう。
僕自身、ナヒ・ヴァレンチノとしての記憶がないのなら、無理に話すこともない。
ただ、
「僕はその記憶を全て手にするまで僕の戦をしたい。」
「母の仇を討つ。」
「。」
嗚呼、そうだ。ナヒ・ヴァレンチノとしての僕は、半端だ。
でも、篝を想う気持ちはとうに芽生え、この人を助けるとわが魂に誓いを建てることもできる。
一から始めるんだ。
絢煚として、生きていく、森人暮らしを
いままで為せなかった執念すらも置き去りにできるような。
豪華絢爛な愛する人を守る暮らしを。
それに、疲れたら、
静寂のなかで、森と共に呼吸をしたらいい。
大地と共に、この土地で。
傷を癒し、
宿敵を倒すため、武芸を磨く。
これから、篝から森の道理や生き方、様々なことを學ぶだろう。
この土地は、常に変幻無窮である。
道理が解らなければ、森の餌になるやもしれない。
いま、僕は篝を想う。共に最期までいれることを。
あの時、ルナと出会ったとき、僕は性懲りもなく、彼女の笑顔をまた華やかに包みたいと想ってしまった。
だからこそ、記憶の全てを呪わず、いま、この土地で為せるだけの鍛練を積んでいこうと想う。
ふと、僕は意識に揺れる烈焔な心火に、幼子らしからぬ熱き闘志を燃やし、篝へ尚、言葉を綴る。
「篝の話を、聞いていたら、母は、偉大で優しく勇ましい人だったって。それがわかるんだよ」
篝は、ふと、目を潤ませる、
あの日、篝が、僕と出逢ったのは、母からの思し召しなのかと今、感じている。
ナヒ・ヴァレンチノがこの身に生の息吹を吹き込んだ理由は、まだ分からない。
ただ、あの仰天怨地の神巖で、絢煚の本来の魂の火が尽きていたとすれば、僕があの場で、ナヒとしての憎しみが濾され、ただ、純粋にこの世界へ抗うことになった理由が納得できる。
それは、僕ではない五歳の絢煚が、心から願った救いだとするのなら、私は、その願いに誠心誠意応えよう。
この宿り身に恥じぬように、強く逞しく、黒龍をも凌ぐ最強の剣豪にでもなってみせよう。
「主は、、」
篝は、僕に問いかける。
「御主は、本当に絢煚なのか、、」
「まるで、あんたの父親をみているかのような、、」
ふと、篝が言葉を紡ぎかけたが、僕の心意気に感銘を受けたのか、気炎万丈な瞳に気圧されたのか、彼女は開きかけた口を噤んだ。
そのとき、森は密かにどこか、僕たちの出逢いを
祝福するかのやうに、月下美人の花が、白月の許、篝を囲むその、哀愁と熱望のなか、鉄樹開花を成し僕たちの園へ、咲き乱れる。まるでそれは、珠斕斐が私たちを見てくれているかのようで。




