後日談2
「ねぇねぇ、お母様
今日は街でお祭りなんでしょう?」
「そうよ、後でお父様も一緒に行こうね。」
「ふーん?それっていつ?」
「このお仕事が終わったらね。
リーチェだってお勉強があるでしょう?」
「えー!?なんで!?
せっかくのお祭りなんでしょう!?」
そう言ってわかりやすく不貞腐れるのは五歳になった私の娘。リーチェ・ノースヴェイル。
五年前、私がお腹を死ぬほど痛めて産んだあの子はリーチェと名付けられ、皆に愛されながらすくすくと元気に育っていた。
最近はお姉さんぶりたいお年頃なのか、私の化粧道具を使ってお化粧をしてみたり、意味もなくドレスやアクセサリーをつけてはお姫様ごっこなんてことをしていることが多い。
それはそれは可愛らしいけれど、「お姫様の命令よ!」なんて言っては料理長にお菓子をねだったり、掃除をしている侍女の仕事を中断させてまで絵本を読ませたりと、ちょっぴり我が儘が目立つ。
どうやら私の子供の頃にそっくりらしいけれど、私の我儘はここまでじゃなかったわ。多分。
注意をしても、「なんで」「どうして」「やだやだ」と聞き分けも悪い。
父であるユリウスに「一言言ってよ」と伝えてもこれがまるで役に立たない。
ユリウスは私のことが大好き。
私にそっくりな娘も大好き。
リーチェもお父様のユリウスが大好きだから。
「可愛らしいプリンセス、どこかへお出かけかな?」
「お祭りパーティの時間までお庭をお散歩して来ますのよ!」
「気をつけて行っておいで。」
「こら!ダメよ!
もうすぐ家庭教師の先生がいらっしゃる時間でしょう!?」
「嫌よ!早く逃げないと!!」
「ここは私が食い止めます。
プリンセスは逃げてください!!」
「ちょっと!?」
くすくすと笑いながら私を意地悪なドラゴンに見立てて遊び始め、それに私が怒ると素早い逃げ足で、あっという間に庭の方へと駆けていってしまった。
また甘やかしたと威厳のある父親とは程遠いユリウスをジトッと睨みつけてみたけれど、返ってきたのは苦笑いだけ。
というか、ユリウスってば、私のことだってお姫様扱いなんてしてくれた事なんてないのに。
「……ユリウス」
「…ごめん。リーチェが可愛くて。
時間になったらちゃんと連れてくるから。」
私がいくら言っても聞かないのに、ユリウスが迎えに行くとリーチェは嫌いな授業もちゃんと受ける。
それがわかっているから強くも言えない。
怒ってばかり、注意してばかりの私は母親として不甲斐ない気持ちで落ち込むことも多かった。
「リーチェはフィオナに甘えてるだけだって」
「でも、いつだって私が悪者みたいじゃない…」
「そんなことないと思うけどな」
ユリウスが労わるように頭を撫でてくれたけれど、私の口からは重いため息しか出なかった。
最近の私は父から少しずつノースヴェイル当主としての役割を引き継いでおり、仕事も増える一方。
娘との時間も大切にしたいから仕事の合間を縫っては会いに行っているが、その度にこれでは正直寂しいし、落ち込む。
かと言って間違っていることを注意しないという選択肢もなかった。
「…フィオナ様、急ぎの書類です」
「…わかったわ」
「頑張れよ、俺はリーチェを回収してくる。」
「うん、お願いね、ユリウス」
リーチェのことで頭を悩ませていても仕事は休みなく増えていく。
急ぎの書類の正体は先日起きた山火事の状況とそれに伴う損害についてだ。
どうやら旅人の火の不始末が原因らしい。
幸いにも燃え広がることなく食い止められたが、林業を営む東の村には金銭であったり物資であったり何かしら生活への支援が必要になるかもしれない。
後は、見回りを増やすとか、旅人が途中で休息しやすいようにキャンプスペースを作るなどして再発防止に努めるか。
今回はたまたま気づくのが早く小規模で済んだけれど次もそうとは限らないのだから。
もう二度と、雪崩のような大災害を起こさないためにも。
「パドリック、この書類を東の村の村長へ送ってくれる?」
「かしこまりました」
「それで、一度現地を確認したいのだけれど…」
パドリックといつものように仕事の打ち合わせをしているとトントンと部屋のドアを叩く小さな音が聞こえた。
「お母様…?」
「リーチェ?授業は終わったの?」
「うん。先生が褒めてくれたよ。
今日は足し算がちゃんと解けたの!」
「すごい!たくさんお勉強してたものね!」
「うん!」
つい先ほどまで駄々を捏ねていたと思ったのに
仕事に集中していたせいか、時間の流れに気が付かなかった。
いつの間にか二時間もの時間が経過していたようだ。
ちゃんと授業は受けたようだから、あの後ユリウスがしっかりと回収して先生の元へ送り届けたのだろう。
勢いよく私のお腹に飛びついて「聞いて聞いて」と一生懸命お話しをしてくれる娘が可愛くて私と同じ色の髪を優しく撫でた。
「じゃあ本当にできるかチェックするわよ?
ここに五つのお菓子があります。」
「はい!」
「お母様とリーチェで食べたら残りは何個になるかしら?」
「0個よ!」
「え!?なんで!?」
「だって全部食べちゃうもの!」
「…そうね、お母様の問題が間違ってたのかも。
正解よ。リーチェは賢いわね。」
「そうよ!」
えっへんと胸を張るリーチェに苦笑いをこぼしつつも、ご褒美にお菓子を一つ、私もお菓子を一つ取って、さりげなくお皿に残っているお菓子の数を見せてみたけれど、お菓子に夢中で気づくことはなさそうだった。
「…フィオナ様」
「あ、話の途中でごめんなさいね、パドリック。
現場確認の日程だけど、明後日なら時間が取れそうよね?
村長さんにその旨を伝えておいて
急遽必要なものがありそうなら先に連絡してちょうだい。」
声をかけなければリーチェと話し続けてしまうから折を見てパドリックが仕事の話に引き戻してくれるのはいつものことだ。
そして、パドリックと仕事の話をしているうちに退屈になったリーチェが部屋を出てしまうのも。
ドアから出て行く後ろ姿が視界に入ってまたやってしまったと一人落ち込む。
私は子供の頃どう思ってたかな。
お母様やお父様にもっとたくさん褒めてほしかったはずなのに私は今それをできてるのかな。
「…仕事後回しになんて…」
「ダメです。次はこちらの書類です。」
「…パドリックの鬼。」
「なにか言いましたかな?」
「いいえ、何も。」
ギロリと睨まれて渋々書類へと向き直った。
急いで取り組めばあと一時間もあれば終わるはずだ。
これでもいつもよりは少ないのだからパドリックなりの気遣いなんだろう。
「リーチェ様とユリウス様には準備しておくように伝えておきますから」
「私も頑張って終わらせるよ…はぁ…」
残った書類へ視線を向けると内容はまだ五歳のリーチェへの釣りあい書だった。
私とユリウスが婚約したのは七歳の時だし、早すぎると言うことはない。
ただ、親の贔屓目かもしれないが釣りあい書の写真の少年はどこか意地悪そうな顔をしているように見えた。
「…却下。」
「え?ですが…よろしいのですか?」
「そうね、この婚約をするにあたって事業提携をしたいという話自体は悪くないけれど、リーチェが結婚する相手はアルバートくらい良い子じゃないと認めないわ。」
「レイラー家のアルバート様ですか?」
「そうよ。アルバートなら生まれた頃から知っているし、少しお兄さんだけれど、三歳くらいなら全く問題ないでしょ?
アル兄様アル兄様ってリーチェもよく懐いてるし、姑がサンドラならなんの心配もない。
そうよ!すぐ手紙を書きましょう!」
「フィオナ様、お待ちください。」
「……なによ?」
「アルバート様はレイラー家のご嫡男でいらっしゃいますし、リーチェ様もノースヴェイルを継ぐのであればそれは難しいかと…」
「はっ…」
「勝手に話を進めてしまってはレイラー家にもご迷惑がかかりますよ。」
「ううっ…良い案だと思ったのになぁ
サンドラと委員長に迷惑はかけたくない。
でも、少なくともこの縁談はお断りします。」
「……かしこまりました。」
私とユリウスは婚約から始まる恋だったけれど、リーチェはまだ五歳。
これから同じ年くらいの子供たちの集まるパーティーに参加することもあるだろうし、いくらでも出会いはある。
だから急いで決める必要もない。
私情を挟むなら、今も変わらず仲のいい親友のサンドラと義家族になりたいけれど、アルバートにもリーチェにも、自分の生きる道を選ぶ権利がある。
ノースヴェイルは比較的安定しているし、余程の問題でもない限り、私と同じように本当に好きになれる人と一緒になって欲しいと思う。
辛い時に愛する人がいるのとそうじゃないのとでは全然違うことを私は知っているから。
「…よし、これで最後ね」
「……お疲れ様でございました。
お二人は玄関ホールでお待ちですよ。」
パドリックからの了承を得たところで急いで執務室を後にした。
「お母様遅い!」
「仕事は大丈夫か?」
「ごめんね、なんとか終わらせたわ!」
「じゃあお祭りに行けるのね!?」
「もちろんよ」
リーチェは嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねると、私とユリウスの手を握り、急かすように強く引いた。
屋敷の外に出ると、空は少し暗くなり始めていたけれど、街は屋台の灯りで明るく照らされている。
中央広場には子供達の笑顔、お客さんを呼び込む威勢のいい声、太鼓や鈴の音が溢れていて、大人になっても変わらず、その特別な雰囲気に私の胸は期待で高鳴っていた。
「おや、リーチェ様今日は家族でお祭りかい?」
「ジャスさんこんばんは、そうなのよ。
お父様、私串焼きが食べたい!」
「そうだな、まずはこれを食べないと。
ジャスさん、串焼き五本包んでください」
「あいよ!」
「え?五本?」
「リーチェの分と、フィオナの分。
あとは俺の分。」
「ユリウス、三本も食べるの?」
「もちろん」
「お父様すごーい!」
「ユリウス様はウチのお得意さんだからな。
はい、お待ちどうさん!
焼きたてだから気をつけて食べるんだぞー」
ジャスさんの笑顔に見送られながら熱々の串焼きを早速家族で頬張った。
私やリーチェが一本を食べ終わるよりも早く三本を食べたユリウスは相変わらずだ。
「美味しかった!次はあっち行きたい!」
「こらリーチェ、口元を拭いてからよ」
「うぅ…もうお母様!自分でできるわよ!」
「ほら、動かないで。」
うずうずと落ち着きがないリーチェの口元を拭う私をユリウスはどこか楽しそうに見守っていた。
見てないでユリウスからも言ってくれればいいのに。
「このままじゃ服が汚れるから」って。
「もういい?お母様?いいわよね?」
「ちょっとリーチェ!?迷子になるからお父様とちゃんと手を繋いで!」
「リーチェ!」
拭き終わったのを確認すると、我慢できなかったのか、するりと私の手をすり抜けて気になる屋台の方へと駆け出して行ってしまった。
あっという間に見失ってしまいそうな小さな影を追ってユリウスも人混みの中に消えていく。
私もその後を追いかけようとしたけれど、たまたま通りかかった団体の観光客に全く別の場所へと流されてしまった。
「……嘘でしょ、まさか今年もなの?」
リーチェが生まれてからというもの、何かと忙しくてお祭りには行けていなかったが、どうやら年月が経っても私は迷子になってしまう運命らしい。
大人になったから大丈夫と思っていたのに。
私のおかげで迷子を探すのが得意なユリウスが追ったからリーチェはきっと大丈夫だと思うが、少し遠くなったお祭りの音に思わず小さくため息が漏れた。
とりあえず案内所の方へ行くべきだろうか。
「…フィオナ様?」
「……だれ?」
「俺ですよ、ウェイドです。」
「ウェイド…ウェイド…ええ!?
随分と大きくなったね!?」
「ここ数年で一気に身長が伸びたんですよ。
それよりフィオナ様はこんな所で何を…」
「…なんだと思う?」
「まさか、迷子?」
「当たり。」
「ユリウス様の言うこと本当だったんだ。」
迷子になった私を見てくすくすと笑っている青年が、お祭りの中、迷子になって泣いていた少年だと誰が気づくだろう。
すっかり成長した姿を感慨深く上から下まで眺めていたら、ふと腕に残る痛々しい古傷に目が留まった。
「…あぁ、これ、気になりますよね?
相変わらず腕の感覚はないんですけどね…」
雪崩の影響は薄れていっている。
けれど、これだけの月日が経っても戻ってこないものもある。
ふとした瞬間、消せない過去を見るたびに私は苦い気持ちになった。
「その…なんて言ったらいいか」
「気にしないでください。
…夢だった騎士にこそなれませんが、ユリウス様が騎士だけが仕事じゃないって色々と整えてくださってるんですよ。
俺、今いる学校を出たらお屋敷に勤めさせていただく予定なんです。」
「そうなの!?」
「えぇ、俺みたいに身体が動かないやつとか、体が弱いやつ、何かしらの問題を抱えてる人でもできる仕事を斡旋してくれています。
そのための教育も。
もちろん贔屓目で見られることがないとは言いませんけど、身体が動かないなら頭を。
考えるのが難しいなら体を動かす。
何事も適材適所なんだって言ってました。」
「ユリウスがそんなことを?」
「え?これ、フィオナ様の人事配置のやり方だって聞きましたけど?」
そんなことを話したこともやった記憶も全くない。
でも私の知らないところでユリウスが領民のために色々と動いてくれたことを知って心が温かくなった。
もちろん慈善事業とはいかないのだろうけれど、昔から誠実で優しい彼らしい取り組みだと思う。
そういうユリウスだからこそ今もまだずっと彼に恋をしているのだけれど。
「俺、今年の祭りの見回り担当なんですよ。」
「そうなんだ」
「喧嘩を止めたり、迷子を探したりね」
「それは…」
「だから、フィオナ様も案内所まで案内してあげますよ」
「……バカにしてるわね?」
「してませんよ。
ユリウス様との約束ですから。
『ウロウロしてるのを見かけたら俺に教えてくれるか?』って」
「…覚えているわよ。」
「それにしても幼いリーチェ様じゃなくてフィオナ様が迷子になるとは…」
「ちょっと、今のはバカにしてるわね?」
「あははっ」
仕方ないから案内されてあげようとウェイドの後を大人しくついていくと、普段街の開発で地図を見ている私ですら知らない近道を通って、あっという間に案内所へとついてしまった。
「それじゃあ俺はまだ見回りがあるんで、もう迷子にならないでくださいよ」
「ありがとう、ウェイド」
「いえいえ、あ、リーチェ様がお待ちですよ。」
「ん?」
ウェイドが指差す方へ視線を向けると瞳に涙をいっぱい溜めたリーチェとそれを慰めるように寄り添うユリウスがいた。
目が合った一瞬、ユリウスに睨まれたのはきっと気のせいだと思う。
「お母様!!」
「ごめんね、リーチェ。心配をかけたわ」
「…また迷子?」
「ごめんってば」
「私、お母様ともう会えなくなるかもって…」
「…そんなわけないでしょう?」
大袈裟だけど、子供の頃、迷子になった私も同じようなことを考えていた気がする。
グスグスと鼻を鳴らしながら私のお腹に抱きつくリーチェを安心させるように抱きしめた。
「ごめんなさい」
「…どうして謝るの?」
「…私、いつも悪い子だから」
「リーチェは悪い子なんかじゃないわよ?」
「でも、さっきもお母様の言うことを聞かなかったからお母様と逸れてしまったわ。」
「それはそうね、急に飛び出したりしたらダメよ。
危ないから次はちゃんと手を繋いでね。」
「……はい」
「じゃあこの話はおしまい。
もうすぐ花火が上がるから移動しましょうか」
「うん、お母様、大好きよ」
「…お母様もリーチェが大好きよ」
母親として不甲斐ないことも多い。
叱ってばかりの私は嫌われてしまっているんじゃないかって思っていたけれど、リーチェはこんな私でも母と慕ってくれているんだって。
リーチェからの大好きの言葉に少しだけ泣きそうになったのを誤魔化すように私は二人の手を引いた。
きっと、私の不安も嬉しさもユリウスにはバレていただろうけれど。
「よっと」
「わー!高い!」
「しっかり捕まっとけよ」
人混みに潰されてしまわないように小さなリーチェをユリウスが背負う。
昔は私がおんぶしてもらっていたのにその背中が娘に取られてしまった。
けれど不思議と寂しくなんてなかった。
「わ!綺麗!」
夜空に大輪の花が咲く度に人々が感嘆の声を漏らしている。
リーチェもまた大きな瞳をキラキラと輝かせていた。
「フィオナ、大丈夫か?
もう少しこっち、寄れる?」
「ん、ありがと。」
人混みの中、逸れないようにと肩を抱き寄せられ、自然と距離が近くなる。
すぐ近くにユリウスの綺麗な横顔があって私の心臓がドキッと高鳴った。
「あのさ、」
「な、なに。」
耳元で囁かれる声。
昔は花火の音に声をかき消されたけれど、今はそれさえ気にならないほど近い距離にユリウスがいる。
「…俺、そろそろもう一人家族が増えてもいいかもなって思うんだけど?」
「……はぁ!?なっ…!?何言って!?」
「お父様、お母様?どうしたの?」
「な、なんでもない!!花火綺麗ね!!」
「お母様、顔真っ赤だけど大丈夫?」
「大丈夫よ!!」
睨む私を見てユリウスが声をあげて笑った。
声は聞こえなかったけれど、続いて彼の口元が確かにこう動いたのがわかった。
『愛してる』って
それから、色々あって、家族が増えたり、リーチェの婚約騒動があったりするんだけど…それはまた別のお話。




