第六十四話 水浴び(男二人)
それから俺とコングは何件かの家屋の解体作業を手伝った後、領主の館へと戻った。
稜線の向こうに夕日が消えようとしている。屋敷の煙突から、夕餉の支度をする煙が上がっているのが見えた。
扉を開けて玄関に入ると、ちょうど二階へと続く大きな階段から下りてくるルーンと鉢合わせした。
「おや、おかえり。ずいぶん遅かったね。こっちは書状をとっくに書き上げて待ってたんだけど――」
そう言ってから改めて俺たちのなりを見ると、さっきまでの労いはどこに行ったのか露骨に眉をしかめる。
「なんだいその薄汚い恰好は。せっかくホーリーが頑張って屋敷の掃除してくれてるってのに、野良犬よりも汚い男たちが入って来たら台無しじゃないか」
酷い言われようだ。しかし改めて自分たちの姿を見ると、そう言われても仕方がないくらいの有り様だった。俺とコングはお互いを見て苦笑する。
ルーンは一階まで下りてくると、俺たちの前で仁王立ちして宣言した。
「その恰好のまま中に入る事は、あたしが許さないよ。入りたきゃ、裏の井戸で身体を洗って来るんだね」
「マジか」
俺とコングの声が重なる。冬ではないが、陽も落ちかけた頃に水浴びとなるとちょっとばかしキツい。だがルーンの目つきを見る限り、そんな事はまったくお構いなさそうだった。
「ひゃ~、冷て~……」
汲み上げた井戸水を桶から直接かぶると、さすがに鋼鉄の筋肉で覆われた肉体を持つコングも寒そうに震えた。
屋敷には中庭があり、そこには生活用水用の井戸がある。普段はここで水を汲み、夏以外は厨房の竈などでお湯にしてから身体を拭くのだが、屋内に入る事をルーンに禁止された俺たちにできるのは行水しかない。ちなみに夏はもう終わっている。
「ほらよ、お前もやれよ」
コングが俺に向けて桶を差し出す。暗がりの中で見る井戸水は、いつもより冷たそうだ。
「本当にやらなきゃだめか?」
「お前もルーンの顔見たろ。あの顔してる時はマジだから、何言っても無駄だ」
あの顔、とはだいたいホーリー絡みの時で、そういう時の彼女は絶対に折れない。下手をしたら殺されるかもしれない、とスレイの記憶が俺に教えてくれる。
観念して俺も頭から水をかぶる。どうせ全身の炭を洗い流さないと屋敷には入れないのだ。だったらずっとこうしていても始まらない。夜になってこれ以上寒くなる前に済ませないと。
「冷たい……」
しかしながら、何が悲しくて男二人で行水などせにゃあならんのだろうか。これまで狼やゴブリンだった頃はどうとも思わなかった事だが、人間になって無用な知識や情報が入ってしまうと途端に恥ずかしかったり情けなくなったりするから不思議だ。
それに特にこの、道徳だとか倫理などという情報の何と無駄な事か。生きる上でまったく役に立たない情報のくせに、ヒトとして生きる上では遵守しなければならないとは実に厄介だ。そしてこのスレイという男は、これの中でも正義だ仁義だなどの義のつく精神的束縛を好み、自ら進んで面倒を背負い込もうとする。アホだ。本当にアホだ。
けど今は、俺がそのアホとして生きてるんだよなあ……。




