第四十八話 領地
王城から戻った俺たちは、さっそくもらった領地に引っ越しを始めた。
これまで根城にしていた酒場の二階を引き払い、預けてあった全財産を受け取る。そのままだと嵩張って移動に支障が出るので、報奨金とまとめて宝石に替えた。手数料などで多少目減りしたが、身軽になるのと管理のしやすさを考えると妥当なところだろう。
だが晴れて家持ちとなったというのに、ホーリーたちの表情は冴えなかった。それほど今までの宿に愛着でもあったのだろうか。俺にとって巣など、雨風が凌げればどうでもいいので、わからん感傷だ。
王都を出て数日も馬に乗ると、面白いくらい風景から文明が消える。俺にとってはこちらのほうが馴染みがあるのだが、他の連中は露骨にハズレを引いた顔をしている。特にコングなど、酒場の無い土地には一日も住みたくないと断言するくらいで、これから向かう領地に酒場がなかったら即回れ右して王都に引き返す勢いだった。
しかしさらに数日経つと、景色の中に焼き討ちにあったような民家や、恣意的に踏み荒らされた田畑など、明らかに戦火の爪跡のようなものが出て来た。
「こりゃあ噂以上ね」
訳知り顔でルーンが呟く。
「噂って?」
こっちは訳がわからないので尋ねると、これくらいの一般常識知っておけよ、みたいな顔をされた。
「あたしらがもらった領地って、隣国との国境付近なの。だからしょっちゅう小競り合いの戦があって、領主はすぐに逃げ出すか戦死するかでころころ変わるわ、領民と領地は度重なる戦で疲弊してるわで本当にいいとこなしなのよ」
「つまり、体よく利用されたって事だ。ったく、俺たちゃドラゴン殺しの英雄サマだぞ。本当なら王都の上層階に私邸を下賜されてもおかしくねえってのによ。あのクソ王、死ぬほどしみったれてやがる」
ルーンの説明をコングが補足してくれる。なるほど。別に宿屋との別れが惜しいわけではなく、これから向かう領地に不満があったのか。どうりでみんなの表情が冴えなかったわけだ。
「だったら、小競り合いを終わらせればいいだろ」
俺がそう言うと、コングたちは一斉に驚いたように目を見開いて俺を見、そして盛大に溜息をついた。
「お前、相変わらず馬鹿だな。ここら辺の小競り合いをはもう何十年って続いてんだぞ。いくら俺たちがドラゴン殺しだからって、たった四人で戦をどうにかできるわけないじゃないか」
「そうよ。どうせあんたの事だから、自分が単身乗り込んで敵将と一騎打ちすればいい、なんて甘い考えしてるんだろうけど、戦ってのはそう簡単に自分の思った通りに事が運ぶもんじゃないんだからね」
「そうなのか?」
「当たり前じゃない。小競り合いったって、街のゴロツキたちが喧嘩してるのとはワケが違うんだから。きっとあんたの想像してる十倍は規模が大きいわよ」
小競り合いと聞いて、俺はてっきり十人対十人くらいの規模を予想していたのだが、どうやら違うらしい。
「いくらスレイでも、百人を相手に立ち回りはできないよね」
ホーリーの声は挑戦的ではなく、むしろ制止をかけるような調子だった。確かに俺一人で百人を相手にはできない。それはこのスレイの身体を使ってもだ。いくらドラゴン殺しの戦闘力でも、圧倒的数の差は如何ともし難い。
百人か。さて、どうしたものか……。
俺が戦に頭を悩ませていると、コングが俺たち全員に聞こえるような大声で言った。
「見えたぞ、領地だ」




