第百一話 計画
「ほう、センキが笑うとは珍しいな。お前ほどの男でも、ドラゴン殺しは気になるか?」
そう言って豚王はセンキに俺がドラゴンを殺して領主の地位を得たなど説明する。
「左様ですか。こいつ――いや、彼が噂の」
再びセンキが俺を見る。これまでどんな敵に睨まれた時にも感じなかった重圧に、俺の背中に厭な汗が伝う。
「だが今は領主としてここに来ておるゆえ、仕事の話が先だ。忙しい余の身を煩わせるでないぞ」
「御意」
頭を下げてセンキが一歩下がると、首を締められているような息苦しさがなくなった。だがほっと息をつく間もなく、豚王による質疑応答が始まった。
俺は豚王の傍らに控えるセンキが気になって、はっきり言って何を訊かれてどう答えたのかまったく憶えていなかった。
上の空だった質疑応答がどうにか終わり、俺は解放された。謁見の間を出て、長い廊下の途中でふと立ち止まる。
さて、どうやってセンキと接触しよう。中身が虫とはいえ、身体はこの国の将軍だ。いち地方領主がおいそれと会って話ができるとは思えない。
だが俺の心配をよそに、
「おい」
向こうから声をかけてきた。
肌が泡立つような気配に振り向けば、やはりいた。センキだ。まあこんな禍々しい気配を垂れ流す人間が他にそういるわけもない。
「少し話そうか」
そう言うとセンキは顎で着いて来いと示す。誰に聞かれるかわからないこんな場所でする話ではないのだろう。願ったり叶ったりだ。俺は黙って彼の後を歩く。
石像が動いているかのようなセンキの後を追って懸命に歩く。スレイの足は短くないが、さすがにセンキと比べると歩幅が違いすぎる。やや小走り気味に着いて行くと、城の中庭に出た。
「ここなら誰も来ないだろう」
センキが軽く周囲を睨むと、鳥たちが逃げるように飛んで行く。とんでもない眼力だ。
「で、話って何だ?」
だいたいの察しはついているが一応訊いてみる。
「単刀直入に言う。貴様、俺と組む気はないか?」
「は? 天下の大将軍サマが地方領主と組んでどうするって?」
「白々しい芝居はやめろ。貴様も気づいているはずだ、わしの正体を」
俺は黙る。これを言われたらもう誤魔化しようがない。こりゃ腹をくくるしかないな。
「まさか王宮に仕える将軍が虫に寄生されてるとは誰も思わないだろうな」
「貴様こそ、地方とはいえ爵位と領地を持つ貴族が虫に操られているとはな」
言って、互いに笑う。
「わしは腹の探り合いは好かん。だから早く答えろ。組むか、否か」
「仮にあんたと組んだら俺に何の得があるんだ?」
「得か」
ふむ、とセンキは口をへの字に曲げる。
「この国をやろう」
「マジか」
でかい。身体だけじゃなく話もでかい。
「わしは貴様以外にも仲間を集めこの国を、いや、いずれは世界を支配しようと考えておる」
「……そりゃずいぶんと壮大な計画だな」
「馬鹿げた話だと思うか? だがわしらの力を使えば、そう現実味のない話でもないと思うぞ」
確かに。俺たち寄生虫が権力者に寄生すれば、誰にも悟られずに国を内部から侵食することができる。現にセンキは将軍という国の軍事力のトップに潜り込んでいる。
参ったな。
まさかこんなとんでもない事を考える奴がいるとは。




