第一話 王女アイリーン 五歳
「姫さま〜! 姫さま、どちらにいらっしゃるのですかー!」
うにゃにゃ、猫族の侍女見習いは、あたしを見つけられないわ! あたしは白虎族よ!
もう五歳になったんだもの、そう簡単に捕まってなるものですか!
朝ごはんのあと、侍女見習いの隙をみて靴を脱ぎ、背負い、自室から窓の外に出た。
獣化した自慢の手足で壁のでっぱりをしっかりと掴み、しっぽでバランスを取りながら王宮の外壁をのぼっていく。
普段の手足は人間とそう変わらない。
手足だけ獣化したり、全身獣化することで身体能力を上げることができる。耳としっぽは変えられないのだけど。
それにしても今日はいい天気だ。風が気持ちいい。
初夏の清々しい青い空に映える、白い王宮が美しくて気に入っている。
一見登りにくいように見えるが、案外爪をひっかけるところはあるものだ。
目指す場所は決まっている。
美しいヴァイオリンの音が風にのって聞こえてきた。お兄様はちょうど音楽の授業中らしい。
窓から中の様子をのぞき見る。
いたいた! 今日もお兄様は美しい。
お父様譲りの金髪碧眼が窓から差し込む陽の光にきらめいている。伏目がちな目元が陽の光を受けてキラキラしている。
お兄様と同じ瞳の色であることが嬉しいわ。
髪の色は違うけれど、あたしの銀髪はお母様譲りだから、それはそれで嬉しいの。
目も耳も幸せでぽけーっとお兄様を見つめていた。曲の最後の音が奏でられ、その音の余韻をじんわりと噛みしめていると、目が合った。
「おはよう、アイリーン。今日も元気そうだね」
お兄様の微笑みは天使のように愛らしいと評判だ。
その上今日はなんだか儚げで、ステンドグラスから降り注ぐ光のようにずっと見ていたいのに、どこかに行ってしまうかのようだ。
急いで窓から部屋の中に飛び込んで、手足の獣化を解き、靴をはく。
教師から合格をもらったカーテシーを自信満々に披露する。
「おはようございます、セオドアお兄様。今日もお兄様に会えて、アイリーンは感激です」
「うん、僕も毎日会えてうれしいよ。カーテシーが上手にできるようになったんだね。えらいえらい」
にゃふにゃふ。お兄様が頭を撫でてくれてうれしい。お兄様はいつも優しくて大好きだ。
しばし、なでなでを堪能していると、できる侍女があたしを見つけた。
「ご歓談中失礼致します。アイリーン王女殿下、教師の方がご到着されました。至急お部屋にお戻りください」
んにゃ!? もうそんな時間だなんて……無情だ! もっとお兄様とお話したかったのに〜!
はぁ、しかたにゃい。
「お兄様、あたしはもう行かなければならないようです。とっっっても残念だけれど、またすぐに会いにきます」
「ふふっ、そんなに僕に会えてうれしいのかい?」
うれしいですとも!! だってかっこいいし! やさしいし!
一緒にいると思わず笑顔になっちゃうもの! お兄様大好き! という感情をお兄様に伝えるため、満面の笑みでたくさん頷く。
「ありがとう、僕もまた会えるのを楽しみにしているよ。さぁ、行っておいで。しっかり勉強してくるんだよ」
お兄様はまたあたしの頭を撫でる。
もしかしたら頭を撫でるのが好きなのかもしれない。妹の特権ね!
「では行って参ります」
作法通りに綺麗に辞して、早足で自室に向かう。
お兄様に成果を見せるためにも、しっかり勉強しなくては!
お兄様はとっても優秀だから、あたしも頑張って恥ずかしくない妹にならないと!
授業が終わり、愛想のいい笑顔できっちりと先生を見送る。
扉が閉まってもしばらくは気を抜いてはいけない。以前大目玉を食らってしまった。
きっかり五分姿勢を正したまま、テーブルでお茶をしていたけど、もーいいでしょう!
「あ゙ーちかれたー」
テーブルに突っ伏す。
察しのいい侍女がテーブルの上をスッキリさせているから、思う存分よりかかれる。
ほんっとうに疲れた。なんで授業ってこんなに疲れるのー。とくに座学。
まだ五歳なんだからもっと手加減してくれてもいいじゃない。
「はぁ〜、ふぅ〜、へぇ〜」
ため息が止まらにゃい〜。でも仕方ないの。お兄様はもっと厳しくされているのだから。
こんなことでため息ついているなんてお兄様に知られるわけにはいかないわ。
はぁ、癒されたい。お兄様に会いたい。うん、そうだ、会いに行こう!
勢いよく椅子から飛び降りて、にぎり拳をつくり、侍女に宣言する。
「あたしお兄様に会いにぃ(グゥゥゥゥゥー!)」
……そういえばお腹が空いていたわ。
「姫さま、お出かけの前に昼食にいたしましょう。すぐにご用意いたします」
まずは心の癒しよりお腹の飢えを満たさないといけないみたい。恥ずかしがることないわアイリーン、時がきたらお腹は空くものなのよ。
……おいしい、おいしいわ。特にこの牛のステーキが絶品よ。
頬張ればお肉の香りが広がって、噛めばジュワッと肉汁があふれだす。外側は少し固めだけど内側はやわらかいのがたまらないわ。
始めは塩胡椒でシンプルにいただいて、次に添えてあるソースに絡めていただく。
これは確か、シャリアピンソースといったかしら。甘辛で旨みがあってたまらないわ!
「白米をよそって頂戴」
「承知いたしました」
とまらない、とまらないわ!
ステーキを一枚、二枚、三枚。ふぅ、美味しかったぁ〜。
夢中になって食べてしまったわ。うっ、しばらく動けないかも……。
優秀な侍女頭は消化にいいお茶を淹れてくれる。ちょっと食休み。
「ごちそうさまでした! とっても美味しかったわ。料理長にお礼を伝えなくては」
「それはよろしゅうございました。料理長も喜ぶことでしょう」
「授業で習ったのだけど、このエヴァーヘイヴン王国はさまざまな土地から人々が移り住んで、できた国だとか。もしかして今しがた食べたものも、とおい土地から伝わった料理なのかしら」
「私も詳しくは存じませんが、確かにこの国にはさまざまな文化が混じり合っていると感じます。この国の料理が美味しいのも種類が多いのも、さまざまな土地から持ち込まれたゆえかもしれません。料理の詳細は料理長が詳しいので、ぜひお尋ねください」
「そうね、そうするわ。もっとこの国のことを知らなければ」
「姫さまのご成長が、嬉しゅうございます」
生まれてから気づいたときには側にいた、この優秀な侍女頭に慈愛の眼差しでほほえまれて、照れくさい。
照れくさいからとりあえず料理長のところに行こう。
もちろん壁伝いに窓から。
「では行ってくるわ」
「あ、姫さま! 扉から出入りしてくださいませー!」
侍女頭の声を後ろにききながら、窓から壁に飛び移る。目指すは厨房よ!




